3-20 領主の屋敷
リゼが領主への面会を願ってから、少しの間沈黙があった。それから扉が微かに開いた。
残念ながら領主ではなく、二人組の兵士だったけど。領主から様子を見てこいと命令されたんだろう。
「なんだお前は。今はそれどころじゃない。儲け話ってのが胡散臭いものなんだったらすぐに立ち去るよう領主様は言っている」
ぶっきらぼうな言い方をする兵士だが、儲け話というものを確かめろという意思が十分に感じられるあたりに領主の欲深さが表れている。そしてここからがリゼの腕の見せ所。
「もちろんです。間違いなく大儲けできる魔術を編み出したので、その土地その土地の権力者にお会いして協力を申し出ながら旅をしているのです。とりあえずこれを見てください」
そう言いながら手のひらに銅貨を一枚のせる。なんの変哲もない、どこにでもある貨幣。
「魔法を使えば何もないところから火を起こしたり水を出せたりします。ということは、何もないところから物質……例えば黄金を生み出すことだってできる。そう考えたことはありませんか? 残念ながらそれは簡単ではなく、実現させた魔法使いはこれまでいないそうです」
リゼは手に銅貨を乗せたまま、パンと手を合わせた。手の中で兵士からは銅貨が見えない。
「銅貨よ、黄金に変われ……」
それだけ唱えてから手を離す。銅貨が金貨に変わっていた。
単純な手品なんだけど、魔法使いの格好をした人間が堂々と魔法と言い張ってやるものだから兵士達は信じてしまいそうになっている。
そこに駄目押しで説明を重ねる。
「すでにある別の金属を金に変えることは出来ると気が付きました。それも簡単な魔法で。……この金貨は差し上げますよ……」
どちらに渡そうかと迷う素振りを見せる。金貨一枚といえばそれなりの大金であり、二人いる兵士はどちらが受け取れるのかと顔を見合わせた。それで再びリゼの方を向いたときには。
「まあ、どっちも受け取れなさそうですけど」
フィアナが片方の兵士の首に弓を引いた状態で向けていて、カイはもう片方の兵士に剣を突きつけていた。
視線の誘導は手品の基本だ。リゼや金貨に目を向けていた兵士達はその隙に迫ってくるフィアナ達に気が付かなかった。
「殺したくないので降参してください。あちらにお仲間の兵士さんがいるのであっちに行ってください」
兵士の腰から剣を抜いて、取り上げて無力化しながらリゼが言う。この二人の説得は仲間である他の兵士達に任せよう。俺達はそのまま開いた扉から中に踏み込む。
見たところ屋敷の中に人の気配はなかった。どこかに隠れているのだろう。
「領主がいるのは上の階の自室だろうということだ。とりあえずそこに行こう」
カイは協力してくれた兵士達から話をできる限り聞いていたようだ。それでも、あの男がどんな行動を取るかはわからない。
「騎士のレオナリアについてはわからない。自分の部屋は持っているらしいが、こういう状況で部屋に引きこもるということはないだろう」
やはりどこかに潜んでいて、こっちに襲いかかる可能性が高いということか。
屋敷はそれなりに広いとはいえ、人が住んでいる場所だ。あまり複雑な作りでもなければ罠が張っているわけでもない。物陰から敵が襲ってこないかだけには注意して進む。
「スリープ!」
曲がり角から兵士がひとり飛び出してこっちに襲いかかってきた。それをすかさず俺が眠らせる。咄嗟にやったことだが、詠唱は殆ど省略して頭の中で唱えるだけでも成功した。
「すごいな。本当に眠ってる」
「多少揺すったぐらいじゃ起きないよ。数時間は眠ったままだから、この人はこのままにしておいていいよ」
魔法をかけたのは俺なのに、カイやユーリから見ればリゼのおかげに見えるってのはどうしたものかな。別にいいんだけどさ。
そのまま階段を上がって二階に。さっきの兵士以外には誰も出くわさなかった。使用人のような非戦闘員はどこかに隠れて荒事に巻き込まれないようにしてるんだと思う。兵士達は…………同じように戦うのは御免だと考えて隠れているのかもしれない。あるいは。
「待ち伏せしてるとか、かな?」
俺たちが屋敷に入ってきたというのは向こうもわかっているだろう。さっき玄関で兵士をふたり捕まえたのは、屋敷の中からでも見えたはずだ。となると、基本的には逃げるか迎え撃つかのどちらかを選択することになる。
領主はなんとなく逃げることを選ぶと思う。けれど、最早この街に彼の居場所はない。領主の悪行は知れ渡っていて味方はいないし、たぶん街から抜け出すことすら難しい。門番すら味方ではないのだから。
実質的に詰んでいる状況で少しでも延命を試みるなら、戦って相手を殺して死中に活見出すとかそういう方針になるだろう。
「窮鼠猫を噛むか」
「え? コータなにか言った?」
「大したことではないけど……あいつも追い詰められてるから、抵抗するとしたら必死になるだろうなと思って」
「本気で俺達を殺しにかかると?」
カイが少しだけ緊張した面持ちで尋ねる。だとすれば敵と剣を交えるのは避けられない。
それでも、こちらに退くという選択肢があるわけではない。そのまま先に進んで、領主の部屋へはあっさり到着してしまった。
中から音は聞こえない。けれど仮に人がいたとしても息を潜めているものだろう。
その扉は両開きの引き戸になっている。カイは剣を構えて俺もリゼの肩の上で集中。フィアナとユーリがそれぞれの扉の取っ手を持って一気に開ける。
「かかれ!」
瞬間、部屋の中から声がした。領主の声だ。それと共に中に潜んでいた兵士が一斉にこちらに向かってくる。すでに剣を抜いていて臨戦態勢だ。
「スリープ!」
咄嗟に俺は詠唱。先頭にいた兵士がひとり眠りに落ちて倒れた。それにつまずいて後続の兵士の動きが鈍る。あるいは、彼らも本気で戦う気などなかったのかもしれない。ただ目の前の領主に逆らえなかっただけ。
――汝にやすらぎを。深淵に身を委ねよ。スリープ。
今度は少し落ち着いて頭の中で詠唱。三人まとめて一気に眠せる。しかしすぐに次が来る。俺の前にカイが躍り出て、敵の振り下ろしてきた迷いのない一撃を剣で受け止めた。
「さすが、騎士さんは強いな。できれば戦いたくない」
「戦いは避けたいのは私も同じだ。だが領主様をお守りしなければならない! 騎士として!」
その一撃はレオナリアの物。カイとレオナリアが剣を交えながら睨み合っている。