12-12 海図の外へ
当然ながら、海に出るには船に乗らないといけない。この前乗ったような手漕ぎボートでもいいから、誰かに船に乗せてほしい。
この街には漁師だっているけれど、残念ながらそんなに数は多くない。サハギンに会いに行くから乗せてくれなんて言っても、世迷い言扱いされて断られるだけだろうし。正当な理由もないもんな。
じゃあどうしよう。
「船を誰かから借りるか、船を持っている冒険者に依頼をして乗せてもらうのが良いですぞ」
「借りられるのか……冒険者が持ってるのか……」
まあ、そんな事もあるかもしれない。
オロゾの説明によれば、貿易港を有するこの街の船が扱う物はことごとくが高価。だから、護衛の依頼が来ることは多いし、そのために船を守る船を所有している冒険者といるとのこと。
海賊でも出るのかな。あるいは、クラーケンみたいな怪物とかが。
「怪物対策が多いですぞ。海の中から船を襲い冒険者を食らう。そんな怪物ですぞ」
「サメとか?」
「それもありますな」
ナタリアの使い魔であるシャーダは、小さくてかわいらしいサメ。だけど海に生きてる本物のサメは、この世界でも畏怖の対象らしい。
俺の世界でサメが恐れられてるのは映画のせいなんだけどな。実際には人はあまり襲わないはず。けどこの世界のサメは、それなりに襲うって性質を持ってるのかもな。
なんにせよ船に乗る手段はあるそうだ。
俺達全員、船を操縦する技術はない。だから誰かに乗せていってもらうのが現実的かな。
その日はオロゾの知り合いの冒険者に声をかけて、ギルド経由で依頼なんかをして、出港のための段取りで終わった。海に出るのは明日を待たなきゃいけない。
仕方ない。準備は怠るべからず、だ。
ところで船に乗る人員だけど、俺達パーティー四人と一匹の他に、オロゾやミーナが乗るのは当然として、ナタリアとクーガンも同乗を申し出てきた。
気持ちはわかる。サハギンに近付きたいよな。ナタリアは特に、あわよくば戦闘になって、一体くらい倒したいよな。
ところが今回は、戦闘になる可能性は低い。それどころか直接サハギンと接触する事もなさそう。それを避けるために、魔法使いを揃えたのだから。
というかそもそも、戦いの素人や腰の悪い老人を連れて行く事自体、あんまりやりたくないのだけれど。
「お願いだ。本当の事を、できるだけ早く知りたい」
「うへー。そうは言われても……どうしよう、コータ……」
ナタリアに真剣に迫られて、リゼもだいぶ困ってる様子。押しの強い相手には割と弱いんだよな、こいつ。
とはいえ俺達にとってナタリアは、今回の依頼主みたいなもの。必要とあれば追加で金を払うと言ってくれた。
参ったな。立場上断れない。
「オロゾ。なんとかしてくれ」
「ほっほ。儂が許しますぞ。行かせてやりましょう。危険はなさそうですしな」
「いいのか……」
「若い内は、いろいろ経験しておくものですぞ」
老人どうし気が合うのか、オロゾとクーガンは並んでお茶を飲んでいる。呑気なものだ。
いや、老人の相手とか俺には荷が重いし、同じ属性の者がいてくれるのは嬉しいのだけど。でもオロゾって、そこまで歳を取ったおじいさんってわけでもないよな。
けど確かに、危険は可能な限り排除した計画でもあるわけで。
「しかたないか……。わかった、ナタリアさんを連れていきます」
なんでお前が決断してるんだ、リゼ。
「でも約束してください。船のでは、わたしの指示に従うこと。勝手な事をしてはいけません。おねーさんとの約束です」
「誰が姉だ」
「むぎゃー」
案の定、ナタリアからツッコミを受けてしまった。指摘自体はいいんだけど、なんで急に姉を主張するかな。相手は年上だぞ。
「コータ! ナタリアさんに言ってあげて! わたしの方が偉いし、わたしはシャーダのお師匠さんだからもっと尊敬しなさいって!」
「シャーダの師匠は、どっちかと言えば俺だな。リゼは魔法使えないし」
「ぐぬぬ…………」
そんなアホな言い合いをしながらも、ナタリア達の同行が決まった。仕方がない。決まったからにはなんとか切り抜けてみせよう。
翌日、出港。俺達乗員が多くなったから、二隻に分乗することとなった。船が増えたぶんの金を払うのは俺達じゃないから、別にいいけど。
一隻には俺達パーティーとナタリア。もう一隻にはオロゾ達とクーガン。その他船を動かす冒険者。
船は手漕ぎボートではなく、小型の帆船だ。もちろん補助の動力としてオールも使用するけど、沖合に出るには人力だけでは疲れるもんな。
先日サハギンが逃げ行った方向はしっかり覚えている。とりあえず、その方向にまっすぐ進む。
探すのは、探査魔法によって見つけるサハギンの影。可能ならさらに接近して、縄張りとしているだろう島も視認したい。
「そっちの方に島なんて無かったはずだがなあ」
船を動かす冒険者が、若干疑い混じりの声でそう言った。海に関しては彼の方がずっと詳しいわけで、それも事実なのだろう。
俺達が向かっているのは、おそらく海図にも載っていない島。この街の住民が踏み込んだことのない海域にあるはず。
まさに冒険だな。ロマンのようなものをこの冒険者と感じているのか、疑いながらも船はしっかりと動かしてくれた。
俺の探査魔法には、まだサハギンの影は映っていない。
周囲には大小の島があり、大きな島には人が暮らしているようだった。一方で無人島も存在する。そこにサハギンが潜んでいる様子はない。
しばらくそんな海域を航行している内に、島の数が少なくなっていく。
もちろん、そこから先に全く島がないって事はないはず。
周囲の陸地から遠く離されている絶海の孤島みたいなのは、俺の世界にもいくつもあった。そこに優れた航行技術を持った民族が大昔に移り住み、独自の文明を築いた例すらある。
だから船を動かす冒険者が言うような、島自体が無いというのも考えにくい。
「ここから先は、俺も来たことがねえ。街の船乗り連中も同じだろう。行くか?」
「はい。お願いします」
冒険者の問いかけに、カイはしっかり頷いた。
街の船乗りということは、彼みたいな冒険者だけじゃない。交易船乗りも含まれるってことだろうな。
つまり街の人には知られていない、完全に未知の海域。そしてサハギンの影は、未だに見つかっていなかった。さて、どこまで行くことになるかな。




