12-11 新たな目撃例
とりあえず全力で風を吹かせる。海面が揺れ、風で押しのけられわずかに凹む。
ヘドロや科学汚染とは無縁な海は比較的澄んでいるけど、既に暗くなった空のおかげで真っ黒にしか見えない。
街の明かりは、海中のサハギンの姿を照らすのにそう貢献してくれない。
「フィアナ! 奴の姿が見えたら射抜いてくれ!」
「え? は、はい! でも何を!?」
「サハギンだ!」
いきなり詠唱を始めた俺は、大した説明をしていない。みんな驚いているけど、同時になんとなく察したらしい。
ユーリは客人ふたりを乗せてゆっくりと後ずさる。カイは剣を抜いてあたりを警戒する。フィアナは海に向かって弓を構えた。
さーて、奴は来るかな? こんな所に来た理由はなんだ? 単に迷い込んだだけか? それとも、人間を狩るためか?
後者なら、襲いかかって来てもおかしくはない。とはいえ俺が魔法を使ったから、俺の存在だって向こうに知られたはず。このまま逃げられるかも。
探査魔法を使わない限りは敵の姿も見えない。まあいいだろう。とりあえず撃ってやる。
「ウインドカッター!」
先程サハギンがいたあたりに可能な限り強力な風の刃を放つ。へこんだ海面ごと切り裂く勢いで、それは水中に入っていく。
しばしの間、静寂があたりを包んだ。敵の反撃はない。
探査魔法で海中を見る。サハギンらしき影は確かに、まだ海中にいた。ただし岸から猛烈な勢いで遠ざかっている。
つまり危険を察知して逃げたということか。あるいは、元から偵察のために来ていたのかも。だったら見つかれば撤退するのも当然。
偵察か。つまり。
「ねえコータ。コータが見たのって、本当にサハギンだったの?」
「…………たぶんそう。俺も実物は見たことないし、探査魔法で影しか見えてないから、わからないけど」
断言はできないけど、そんな生物が他にいるとは思えないな。
俺達パーティーが海中の見えない敵に慌てている最中に、ナタリアとクーガンは特に何もできなかったようだ。
まあ、それでいい。下手に動かれてもやりにくいし。そして俺達がサハギンと接触しかけたという事実は、ふたりにとっては僥倖らしいかった。
「そ、それは本当なのかい? サハギンがいたっていうのは」
「わからない。それっぽい、とだけ」
それだけで十分だった。ナタリアにとっては、自分しか見ていないサハギンに新たな目撃情報が加わった。
ああ。こういう形で喜ばせる事になるとは。どうしたものか。でも、俺だって確かに見たんだよな。
問題は、俺しか見てないという事。それも直接の視認ではないという事。
あと、俺はこの街の住民でもなければ、広く信頼を集めてる人間でもない。ていうか人間ですらない。
目撃者が増えたとはいえ、俺の証言を街の人が信頼してくれるかは別問題なんだよな。
ナタリアが喜んでるのは、自分は間違ってはいなかったと周囲に証明できる機会が得られたからなのだけど、それはもう少し先で。
「コータ、サハギンの行く先はわかるか?」
「いや……どこかにまっすぐ向かってるのだとは思うけど、どこかはわからない。探査魔法の範囲の外なのかも」
サハギンが俺に見える範囲から外れるには、もう少し掛かりそうだ。けれど奴は既にかなり沖合に行ってるし止まる気配もない。このまま見失ってしまうだろう。
「わかった。とりあえず方向だけは、しっかり覚えておいてくれ」
カイに言われて、俺は頷いた。見た感じ、行く先はちゃんとあるという泳ぎ方をしているし。
だったら、その先に何があるかを確かめたい。サハギンの居住する島の可能性が高い。この街の住民が知らないか、知っていても遠いために立ち入った事のない島。
いずれにせよ、そこにサハギンが群生しているのを俺以外の誰かに見せる。街の中である程度の信頼をされている人物に。
そうやって味方を集めていく、か。
「ミーナちゃん! おはようございます! ちょっと話があるんだけど!」
「うわあっ!?」
というわけで翌日の朝、俺とリゼは早速ミーナとオロゾの所へ。
ナタリアの世話は俺達に任せて、自分達は普段と同じ冒険者稼業をするつもりだったらしい。
それは別にいいのだけど、ちょっと事情が変わった。だから付き合ってもらおう。
「実はねミーナちゃん! ちょっと一緒に海まで行ってほしいの! 船に乗ってね! 来てくれるよねそう言ってくれると思ったよありがとう!」
「ちょっ! わたし何も返事してないんだけど!」
「いいから来てー」
「おい。一旦落ち着け」
バカがなんの説明喪しないゆえに、どこまでも無意味な引っ張り合いが起こっている。とりあえず座って事情説明だ。
「………ということなのです。街の魔法使いで、わたし達のこと信頼してる人っていえば、ミーナちゃん達しかいないから」
「なるほどね……」
宿屋の一室でお茶を飲みながら説明をする。協力者を魔法使いに限定したのは、とりあえず探査魔法で見てもらうためだ。
昨日のサハギンがどこに向かったにせよ、そこには大量の仲間のサハギンがいることが想定される。
肉食で人をも襲う怪物が群生してる箇所に不用意に近付きたくない。近付くとするなら、もっと準備を整えて人員を集めてからだ。
つまり、本気で討伐するつもりでの殴り込みというやつだな。今はまだ、その段階ではない。敵の存在を明らかにして情報を得る。つまりは斥候だ。
「ほっほ。なかなか難しい事になりましたな。ナタリアをサハギンのいない島に連れていけば、それで終わりの依頼だったのですが」
オロゾはそう言いながらも、困った様子は特に見せない。状況を楽しんでいるようにも見える。
この人だって、ナタリアがサハギンを見たというのを信じていたわけではないのだろう。けど信じたい気持ちもあったのかも。
「街の近くに怪物の巣があるとすれば、それは由々しき事態だ。冒険者として放っておくわけにはいかない。そうだろう?」
ミーナの頭の上で、トニが言った。その通りでもある。
これはナタリアの心情の問題だけではなくなった。怪物がいるなら討伐する。当然といえば当然のこと。放っておけば危険だし。
どうやら協力は得られそうだった。ミーナ達はそれなりの期間街にいて、他の冒険者や住民からも信頼され始めている。この人達の言う事なら、街も信じてくれるだろう。
早速、船で沖へ行く段取りをつけることになった。




