3-19 睡眠の魔法
全体の方針としては、説得に応じる相手は説得して連れ出す。応じない相手は殺さないようにしてねじ伏せ捕まえるという風にやろうと決まった。
説得に応じる相手は屋敷を守っている兵士達だ。あとは屋敷の中で働く使用人も大勢いるだろう。応じない相手は領主とそれから。
「騎士さん……レオナリアが屋敷に入ってくのが街の人に目撃されてる。奴は迷っているが、それでも騎士の誓いによって領主を見捨てることはないだろう。実際のところ彼女が一番の強敵だ」
レオナリアとの戦いは避けるのが難しい。しかも騎士を名乗るからには実力も相当なものだろうし。俺の魔法があれば倒すのは簡単だろうけれど、殺さず捕まえるのは難しい気がする。
もちろん本気で暴れられれば領主だって大の男なわけで制圧するのは簡単ではないだろう。もしかすると、領主に忠誠を誓う兵士も何人かいるかもしれない。説得するにしても話しかけようとしたら問答無用でこっちに襲いかかってくる可能性もある。
そして、領主の制圧作戦に割ける人間はあまり多くない。さてどうすれば…………。
「魔法で眠らせちゃえばいいんじゃないかな?」
リゼが言ってみんなの視線を集める。それに戸惑いながらもリゼは続ける。
「こっちに向かってくる敵はスリープ魔法でえいって眠らせればいいんだよ。で、眠ってる間に縛って動けなくする」
「確かにそういう魔法があるのは知ってるが……火を飛ばすよりはずっと難しいって聞くぞ? できるのか?」
カイが尋ねる。それからギルドの別の魔法使いに目を向けた。その魔法使いも、できなくはないけれど確実に何度も使うのは無理という返答。
けれどリゼは自信満々だ。
「大丈夫大丈夫。わたしとコータなら出来る。任せてよ」
正確には俺一人の力なんだけどな。というかやり方知らないんだけど。
結局、それ以上考えてもいい案は出なかった。
リゼの実力に頼ろう。オーク退治でその力はよくわかってるし。そういう結論になった。それから各人の動きを簡単に打ち合わせして、そして味方してくれる兵士達の協力も得ることが決まって今日はおしまい。
屋敷に押し入るのは明日の昼と決まった。
「よーし、じゃあ始めよっか。フィアナちゃん今は眠くないよね?」
「眠くはないですけど……なんでわたしになんですか?」
「他に頼める人がいないからねー」
夕方。宿に戻った俺達は早速スリープ魔法の習得にとりかかることにする。ベッドの上に仰向けで寝ているフィアナが実験台だ。まあ確かに、他に頼める相手もいない。
「でもいいのか? 体に害とかは」
「眠るだけだから大丈夫だよー。むしろぐっすり寝られて体にいいかも。まあ数時間は目覚めないけど」
「怖いんですけど」
「確かに怖いな。俺だって初めてこの魔法使うんだぞ」
「大丈夫大丈夫。わたしを信じて」
「信じているのはコータさんの力でリゼさんじゃないです」
「ううっ。ひどい…………と、とにかくやるよ! 基本的にはファイヤーボールとかと同じ。ただし炎を集めたりはしない。集める物がないからね。代わりに相手の意識を想像する。目の前の相手の意識を遠のかせることを考えて、それから詠唱。――汝にやすらぎを。深淵に身を委ねよ。スリープ」
唱えながらフィアナに両手を向けたリゼ。フィアナに全く変化はない。
「やっぱりリゼさんじゃダメですね」
「そ、そんなことないもん! ちょっと失敗しただけだから! よしじゃあコータやってよ」
「わかった……」
フィアナをよく見てそして彼女が眠る姿を想像する。そして。
「汝にやすらぎを。深淵に身を委ねよ。スリープ…………」
その瞬間、フィアナは目を閉じた。それからかすかな寝息が聞こえる。
「おお。これは成功かな」
「やったね! これで明日も、襲ってくる相手を片っ端から眠らせられる」
「でもギルドの魔法使いはあんまり何度も使えないって言ってたぞ?」
「体力的な問題だろうね。相手の精神を直接操るワザだから魔力の消費も激しい。でもコータなら大丈夫じゃないかな?」
「そんなものかな…………」
とはいえいざという時に使えないのも困る。数時間眠らせたままというのも悪い気がするし、必要ない場面では使わないのも手か。
そして夜は明けて朝が来た。スリープ魔法のおかげでいつもよりもよく眠れたというフィアナ含めて、準備は万全だった。ギルドの建物にてカイたちと合流。
領主の館に踏み込むのは少数精鋭にすることとなった。つまり、俺とリゼ、フィアナ、カイ、ユーリだけ。あとは領主に雇われていた兵士たち数人にも協力してもらうが、彼らは屋敷の周りに立って領主が裏口なり窓からなり逃げ出したら捕まえてもらうための見張りだ。
実は昨日の昼のうちから領主を見限った兵士達には協力してもらっていた。といっても実力行使ではなく呼びかけだ。
じきに国から役人が来てこの屋敷を制圧する。その時に領主に従っている状態であればお前たちも罪に問われるぞと。
その試みは無意味ではなく、屋敷の正面入り口で番をしていた兵士ふたりが心を動かされてこちら側に逃げ込んできた。中にいる人たちにもその声は聞こえたはず。
残念ながら領主は屋敷から人を出さないことにしたのか、扉は閉ざされて入り口の外に番を立てるということはしなくなった。中にいるであろう使用人達が買い出しなんかで外に出るという様子も見られない。
「とにかく扉を開けなきゃいけないな。どうすればいいだろう。ユーリに体当たりしてもらって強引にぶち破ることもできるけど」
それは簡単だけど、扉の向こうに人がいたら危険だ。やるのは最終手段にしたい。
「というわけで、わたしがなんとかします」
魔女のローブを羽織って、今回はなぜかフードを目深にかぶって顔がよく見えないような格好にしたリゼが宣言する。なにか考えがあるらしいが任せていいものか。
リゼは自信満々という様子で屋敷の入り口に近づいていく。
「こんにちは。わたしは旅の魔女。この街の支配者様の家はここでしょうか」
いつものバカっぽい明るさとは打って変わって真面目そうな口調でや屋敷の中に声をかける。フードで顔を隠しているのも合わせて、別人を演じているんだと思う。でもこんなのでうまくいくのだろうか。
「支配者様にお目通り願えますでしょうか。今すぐ大金を儲ける術をお見せしたいのですが」
胡散臭い、というよりは訪問するタイプの詐欺の誘い文句にしか聞こえない。本当にうまくいくのかと思ったが一方でこうも思い出した。
この領主は贅沢三昧で金を常に欲していると。