11-45 港町のこれから
相当な日数で実施されなかった漁も、翌日から早速再開された。そうじゃなかったら漁師たちも飢えるからな。
新たに漁業ギルドの長についたフライナの元、大きなダメージを受けたこの街の主要産業は、傷を負ったなりに再始動した。
フライナは若く経験も浅い。荒くれで体育会系の漁師達とは性質の異なる男。
だけど誠実だし頭がいい。なにより、今回の危機に関して正確な知見を見せたし、解決の立役者のひとりだ。彼は彼なりに、漁師を導いてくれるだろう。
クラーケンが新たにやってくる様子はなかった。どうやら、生物商人との契約は完全に切れたと見ていいらしい。
海の底に沈んだクラーケンの死骸の回収は不可能。死んだ以上は探査魔法でも見えないから、死骸の位置すらわからない。
ただし、巨大な触手は何本か手に入れられた。氷魔法である程度は保存できるとして、使い道はあるかな。
さすがに食べる気にはならない。ならば、首都の研究者なんかを呼んで、この世界の科学の発展に寄与してもらおう。
というか、巨大な生物を使った犯罪なんて、この城塞都市ひとつだけで済む問題ではないもんな。中央行政が関わるのは当然と言える。
ああ。それはそうと、タコは美味だから捕まえたら食うようにとは、街の人に力説しておいた。この街の新たな名物になれば嬉しい。
逃げた生物商人、頬に傷のある男とやらの行方はわからない。たぶん、既に領内にはいないと思われる。
オオカミを放っていた男は、やはり生物商人の手先だったらしい。けれどただの雇われ。雇い主に関して詳しく知らなかったという。
ライフェルの証言も同じ。
彼は観念して、知っている事はすべて話したらしい。クラーケンを放つよう依頼したり、その理由が息子を自ら探すためにギルドの長を辞任する事にあったというのも事実。
けれど、生物商人の正体については知らなかったそうだ。ライフェルの証言を信じれば、向こうから接触してきたとのこと。何かお悩みではありませんか? そう、言葉巧みに話しかけてきたという。
重罪人になったライフェルに、カイはあれから会ってないらしい。気持ちはわかるし、会うべきだとは言えない。
そうだよな。今回の件で、カイは多少の人助けはできた。同時に、自分が原因で父親が狂気に走り、多くの犠牲者を出す事件を起こしたんだよな。
深く考えるなとは言えない。けど、信じてもいいはず。カイは強いと。
ライフェルの捕縛により、彼の企業に属していた漁師達はフライナの企業に引き取られることとなった。
しばらくは企業内の派閥争いとかが起こりかねないけど、聡明なる当主の力でなんとか乗り切ってほしい。
もう一つの懸念事項だった、ライフェルの屋敷で働く使用人の処遇だけど。
「おはよう、カイ。ごきげんいかが?」
「お? ああ。まあまあかな……」
宴の日の翌日、みんなお酒を嗜んだ結果、昼過ぎまで寝てしまうことになった。俺は飲んでないけど、前と同じく水桶に浸かった状態を強いられる。まあいいんだけど。
というわけでパーティー全員がお寝坊さんになったその昼に、ベルが宿屋を尋ねてきた。真新しいメイド服を身にまとっている。
「フライナ様のお屋敷でお世話になることに決まったので、挨拶をと思って」
「そうか。働き口が見つかって良かった」
結局ベルは、俺達には同行しないと決意した。クラーケン討伐についていっても大した活躍はできず、逆に死にかけた。
冒険者としてやっていける力は無い。だから引き下がったという事か。
少なくとも今は、だけど。
「カイ。実は、ギルドで冒険者登録をしたの」
「本当か?」
もうカイとは、家の人間と使用人という立場ではない。対等な口調で接するベルは続けて、驚くべき事を言い出した。
「仕事の無い日に、安全そうな依頼から受けていこうかなって。それで段々等級を上げていって、経験を積んで……いずれは旅に出たい。フライナ様にも、それは話してる」
「そうか…………そっか。いいと思う」
「いつか、カイみたいな立派な冒険者になれるかな」
「俺は立派なんかじゃないさ。けど、俺みたいな冒険者にはなれる」
「うん。じゃあ、いつかカイと一緒に旅に出たいって言っても、いい?」
その問いかけには、少しだけ戸惑う様子を見せた。けど、すぐに笑顔に戻る。
「わかった。その時には、一緒に行こう」
「はい!」
あとそれから、今後の身の振り方を決めた者がもうひとり。
「このまま首都の学者についていって、クラーケンの研究に参加するわ。それが、わたしの卒業研究の内容」
リナーシャが酒場でリゼと夕食を食べながら、そんな事を語っていた。
「そっかー。なるほどねー。いいと思うよ。他の誰も真似できない、お姉ちゃんだけの研究だもん」
「でもいいのか? それ、魔法関係ないぞ?」
この街で漁師さんと協力して研究を進める余裕は、漁師の方に無いだろう。今は元の生活を取り戻すのが優先。
だから、リナーシャが街に来た理由である、魔法学校の卒業研究のテーマ変更は自然なことだ。でも魔法学校なら、魔法に関わる事じゃなければまずいのではなかろうか。
「ああ。心配しなくていいわ。クラーケン討伐には、今の所魔法を使うしかないって事になってるし。それをうまく絡めれば、受理されるはず」
「そ、そうか。わかった……」
魔法学校について、俺は詳しくない。在校生が良いと言うなら、いいのだろう。そういう事にしておこう。
というわけで、この街で巻き込まれた事件も解決した。じゃあ、俺達は本来の仕事に戻ろうか。人探しの途中だったんだよな。忘れてないとも。
「隣の港町まで送っていきますよー」
妙に上機嫌のルファが、馬車の荷台に載せてくれた。なにかあったな。
「今回の件で、多くの漁船が壊されました。漁師さんには船が必要ですから、新たに購入する分の手配を、わたしの商会に任されたというわけです!」
ああ。その手間賃とかで、莫大な利益が出ると。さすが商人、抜け目ない。
「これもサキナさんのおかげですよ。街を救った魔法使いのひとりがわたしの部下だと言ったら、皆さん一瞬でわたしの事信頼してくれましたから!」
「ふふっ。討伐に参加した甲斐があったわね。でも部下って言い方は寂しいわ? 恋人、でしょう?」
「うひゃー!?」
おい。やめろ。俺の前でいちゃつくな。まったくもう。
まあいいや。なんにしても、載せてくれるならありがたい。では、次の街とらやに行かせてもらうか。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。クラーケン編、これにて終了です。
次回からまた新しい章が始まります。引き続き読んでいただけると喜びます。
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次回の更新ですが、一日だけおやすみして、11/22から更新再開していこうと思っています。
では今後とも、この物語をよろしくおねがいします。




