11-41 海の中へ
「散開! みんなできるだけ散らばって! リゼ、当てられる!?」
「できると思う! わたし優秀だからむぎゃー」
「安請け合いするなよまったく!」
狙いをつけるのは俺なのだから。
イカの進路上を爆発される。対処法としてはさっきと変わらないはず。けど難易度は飛躍的に上がった。イカの泳ぎが速い。それに、さっきのような直線的な動きではない。小刻みに進行方向をランダムに変え、ジグザグに動いている。
イカってこんな動きできるのか? いや、普通のイカじゃないからできるのかもしれないけど。とりあえずなんとか迎撃しようと試みているけれど、無理だ。
探査魔法で見て爆発魔法に切り替えてとなれば、タイムラグがどうしても発生する。的確な攻撃などどうしてもできない。
「こ、コータ!? どうしよう!」
「落ち着け! フライナさんとりあえず、このまま真っ直ぐに船を走らせてください!」
俺の言う通りに操舵するフライナ。イカの動きが不規則である以上、どこに狙いがあるのかは一切わからない。けれど船のどれかを狙っているのは確実だと思う。
俺の乗ってるこの船が狙いなのかも。さすがにイカから、爆発させる魔法をどの船から撃ってるかは容易にはわからないはず。けれど先程一瞬だけ、海上に出たときに俺やリゼの姿を見たのかもしれない。
イカの目は空気中で見れるのかとか、そもそもイカが魔法使いを認識できるのかとか、当然の疑問は頭によぎる。けれどそれどころじゃないし、得体のしれない生物商人とやらがそういう技術力を持ってないとも限らない。
とにかく今の問題は、海面に――。
「来るぞ! 掴まれ!」
結局、爆発魔法では大したダメージを与えられず、再度の突貫を許してしまう。しかもさっきよりも勢いも威力もある。あと、俺の船の近くで。
最悪と言っていい。そして、結果もそれにふさわしいものだった。
巨大な水柱が目の前に現れた。それがイカの巨体が海面から飛び出したものだとはすぐに気付いたけれど、
「うわっ!」
「ぬぎゃー!? コータ!」
「リゼ!」
叫んだのは俺やリゼだけじゃない。船に乗っていた全員がそうだ。下から突き上げるような衝撃と共に船体が数メートルほど浮き上がる。そしてバランスが崩れて船は転覆。乗っていた者全員が海に投げ出された。
「コータ!? コータ! どこ!?」
「ここだ! 落ち着け! 動かずじっとしていろ!」
この街に来て始めて海を目にしたというリゼが、泳ぐという技能は身につけていないのは間違いない。混乱状態の中で溺れるのはまずい。とりあえず力を抜いてじっとしていれば沈むことはないはず。
しかも俺のぬいぐるみの体には、あっという間に海水が染み込んでいく。濡れると重くなり、動けなくなる体。
それでも、リゼと引き離されれば自動的に引き寄せられるのが使い魔の性質。今は引き離されているけれど、すぐに近くに戻れるはず。このまま海の中で行方不明ってことはない。
その他のパーティーメンバーも泳げるかどうかはわからない。とりあえずカイは泳げそうだけど、それ以外はどうだろう。
周りを見れば、ユーリは泳げるらしい。近くにいたフィアナの体を抱えながら、バタ足で近くの船まで向かっていた。カイとフライナはふたりがかりで慌てているリゼをなだめている。
あとはベルかな。どこにいるんだ。周りを見渡して、意外と近くにいることに気付いた。
「ベル! こっちだ! 俺に掴まれ!」
「あ、う、うん!」
ベルが俺を掴んでいれば、いずれリゼに引き寄せられるはず。ベルは両手で俺の体をしっかりと抱える。
よし、これで全員無事が確認された。あとはイカに注意を払いながら他の船に助けてもらって……。
そういえば、イカはどうした? 海面に出てたはずなのだけど。また海中に戻って急襲の構えを見せているならまずい。
状況把握のために探査魔法を使った。
予想していた通りに潜っていてくれたほうが、まだマシだったと悟った。
銛や槍は届かないような絶妙な位置に浮遊しているイカが、こっちの向けて触手を伸ばしている。より正確に言えば、ベルと俺の方へ。
この状況であっても、奴は捕食嗜好を持っているらしい。そしてベルはちょうどいい位置にいた。
「ベル逃げろ! イカに捕まるぞ!」
「うえぇっ!? そんなこと言われごはっ!」
「ベル!?」
その瞬間、抱えられた俺ごと、ベルの体は海中に引きずり込まれる。足の方を見れば、イカの太い触手ががっちりと巻き付いていた。
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「ベル!?」
「コータ!?」
別の船に助け上げられたカイ達は、ベルとコータが海中に引きずり込まれるのをしっかりと目撃した。
「ベル! すぐに助けに!」
「カイ、駄目。考えなしに飛び込んでも無駄」
即座に海に飛び込もうとして、ユーリに止めれた。
「でも!」
「落ち着いて。なにか手があるはず。例えば……」
「ぎにゃー!!」
こっちは大変だというのに、リゼが突然いつもの気の抜ける悲鳴をあげた。
「リゼさんこんな時にふざけないでください! お尻叩きますよ! ていうかコータさんはどうするんですか!?」
「ふざけてないしコータのことも忘れてないもん! っていうかコータのせいだもん!」
船の縁に必死で捕まりながら叫ぶリゼ。海面は揺れてもないのに、なぜか船が傾きだしている。
そうか。主人と使い魔は惹きつけ合う。もし使い魔の方が動けないなら、主人の方がそっちに行ってしまうわけだ。
「リゼ! 一緒に来てくれ!」
「ちょ、ちょっとまってカイ! それは駄目! 絶対良くない! 駄目だってば!」
「コータも一緒に助けるぞ!」
「助けたいけど! でもこのやり方はやだ! あ、お姉ちゃんせめて援護をにぎゃー!」
それだけ言い残して、カイに抱きつかれたリゼは海中に落ちてしまった。
あとに残されたフィアナとユーリは、しばし呆然としていたけれど。
「リナーシャ。探査魔法で、みんなの様子を教えて。あと、爆破魔法で援護を」
ユーリがそう、別の船に乗るリナーシャに呼びかけた。彼女だって妹が海の中に引きずり込まれたわけで、冷静ではいられないはず。それでも努めて平静を保ち、探査魔法を唱える。
一応、今はみんな無事らしい。けれど安心するわけにはいかない。
「みなさん、無事でいてください……」
祈るように、フィアナはそうつぶやいた。




