3-18 街への帰還
翌朝は早い時間に村に出たのにもかかわらず、街の門にたどり着いた時にはすっかり夜中になってしまった。
オークに捕まっていた女たちを運ぶのに手間取ったからというものある。彼女たちは自力で歩くことができないぐらい衰弱しているのもいて、なんとかして運ばなければならなかった。
農作業なんかに使う運搬用台車がいくつか残っていたためこれを使わせてもらう。ただし動力となる馬や牛はみんな殺されていたため、人の手で交代で引っ張らなければならなかった。
そういうわけで必要以上の時間がかかったわけだ。それでもようやく街について休めると思ったら……。
「領主様から、ギルドの人間は通行を許可するなと言われてまして…………」
門番に止められた。そうだ。彼らも兵士であの領主が雇用主だ。とはいえなにかおかしいと思っているのは間違いないようで、兵士達は申し訳なさそうだったり困惑した表情をしている。
門番達が説明するには今日の明け方に、不眠不休で馬を飛ばしてきたらしい領主がここまでたどり着いてきたという。そしてギルドの冒険者が反乱を起こして襲われたから逃げてきた。奴らが追いかけてきても絶対にここを通すなと言われたと。
なぜ反乱が起こったかについては領主はなんの理由も言わなかったし、実際には反乱など起こってないのだから当然だろう。咄嗟に嘘の説明をすることもできなかったらしい。そこまで頭が回る人間にも思えないし。
ガルドスはやれやれと呆れながらも本当のことを説明した。オークがこの森に現れたことの原因が領主自身の欲望によるものだというのも。
「村でオークに孕み袋として扱われた女がたくさんいる。早いところちゃんとした施設で保護しなきゃいけない。わかるだろう?」
ガルドスにそう言われれば門番たちも迷う様子を見せる。彼らも領主に雇われているという立場がなければ、すぐに門を開けただろうに。
「ガルドスさんの言ってることは全部本当だ。あの領主は……人でなしだ。あんな奴の命令聞くことはない。ここを開けてくれ」
同僚である兵士のひとりにもこう言われたら、最早疑うことはできないだろう。
門番達も観念したのか門を開けた。彼らなりにも職務と良心の葛藤はあるんだろう。だから門を通るときみんな彼らに声をかける。ありがとう。あとは任せてくれと。
「そういえばレオナさんって騎士はここ通りました?」
リゼだけは別のことを言ってきた。というか尋ねた。そういえばあいつもここを通ってるはずだ。
「今日の昼頃だ。夜通し歩いてきたみたいな様子だった。よほど疲れているのかなにか訊いても、ああとかそうだとかしか答えなかった」
「そうですか……ありがとうございました」
やることは山積みだけど、とりあえずは夜も遅い。この日は宿屋で寝ることに。昨日の宿もこういう部屋だったけれど、ちゃんとした街にある宿屋の中という安心感は心地の良いもので久々によく眠れた気がした。
「簡潔に言えば、領主は今屋敷に引きこもっている」
翌日の昼頃。冒険者ギルドに集まった俺達を前にカイが説明をする。ガルドスや他のギルドの職員は事件の後処理に忙しいらしく、カイがまとめ役になってしまっている。
カイだってもともとこの街の住民ではなく、旅人が少し長く滞在してるだけなのにと戸惑っていたが、他に適任がいるわけでもないというわけだ。
事件の後処理とは村の死体の身元確認に埋葬。あるいは保護した女達の世話や、やはり身元の確認。それから今回の件を国に知らせる事などだ。
通常、領内で起こった犯罪行為は領主の指示で領の兵士が取り締まることになっているという。彼らは警察の役目も負っていると。
ところがこれは領内で収まる問題ではないし、なにしろ取り締まられるのは領の最高権力者だ。外部に協力を仰ぐしかない。こういう場合、首都のしかるべき機関に知らせる。首都には俺の世界でいう警察に相当する組織があるらしい。
これら全ては本当なら領の運営者たるあの領主がやらなきゃいけないことなのに、奴は何もしない。だからギルドが仕事の範疇を超えてボランティアでやっているというわけだ。
幸いにして街の人たちは領主とギルドではギルドの方が正しいことを言っていると信じてくれた。日頃の行いの差だな。
ギルドが領主の仕事の代わりをしてても街はとりあえず平穏を保っているし、領主の悪行は住民の間に広まりつつある。
話によれば、昨日街に戻ってきた領主は反逆行為を取り締まる名目でギルドの活動停止と建物の封鎖を命じて兵士を送ってきたらしい。当然ながらギルドの職員と留守を任されていた冒険者に突っぱねられたようだが。
ギルドは国家機関だから領主の命令に従う必要もないというわけだ。もちろん健全な領ならば、領主とギルドはお互いに敬意を払い合い協力関係にあるものらしいが。まったくあの男は。
さて、その領主が今は何をしているのかと言えば引きこもりだ。もう少しかっこよく言えば籠城か。
食料を買い込み屋敷に鍵を締めて兵士達に守らせている。誰が訪ねて来ようが一切会う気はないらしい。
「籠城してると言っても屋敷は城のような防御機構を持っているわけではないただの大きな家だ。兵士達もそんなに多いわけじゃないし士気もない。正直なところ、放っておいてもいい問題だと思う。そのうち国から役人と軍が派遣されてきて、解決してくれるはず」
大した問題ではない。そういうことなんだけれどカイの表情はすぐれなかった。
「国の人間が来てもあの領主が降伏するとは思えない。勝てない戦いとわかっていても全力で抵抗するだろう。そして軍は容赦なくそれを制圧しようとする。戦う気のない兵士達でも関係なく殺して、首謀者である領主を捕まえる。…………別に領主がどうなろうが知ったことではない。でも」
「兵士達は助けたい、か?」
カイが頷いた。彼の動く動機は人助けだ。
この領の一番偉い人間は最低の奴だ。でもその下で働く普通の人間達は悪い人ではない。そんな兵士達の姿は何度も見てきた。彼らを見殺しにするのは良くない。
「もちろんそんなことは俺達の仕事ではない。ギルドの仕事も放置していいわけじゃないし人手不足は深刻だから、あまり人手を割けるわけじゃないけれど……俺達で領主を捕まえよう。国の人間が来る前に」
カイの提案に俺達は頷く。人助けは気持ちがいい。それに、あのクズには俺達で引導を渡したい気分だ。
決行は早いほうがいい。国が来るまで時間はかかるだろうから準備する時間はあるわけだけど、のんびりもしてられない。
今日作戦を立てて、明日の昼に決行。そういう所までは決まった。あとはどう攻めるかだ。