11-34 黒幕は
なんで戦闘が起こっているかは知らない。戦いの相手の怪物は、さっきまで探査魔法で引っかかってなかった。小さい人間みたいなそれがなんなのかもわからない。
それでも、カイが戦ってるなら助けるのが仲間ってものだ。というわけで屋敷の中に入るべく門を開けようとして。
「まあ、鍵かかってるよね。よしコータ、アンロックだよ!」
「いいのか。勝手に入ると怒られるぞ。せめて誰かに声をかけないと」
「そうだね! すいませーん! ちょっと入れてください! ちょっとお屋敷の中で炎とか弓とかぶっぱなしたいんですけど!」
「言い方!」
行為だけ見ればその通りかもしれないけど。語弊があるにしてもほどがある。そんなこと言われて、はいどうぞと屋敷に招き入れる人だっていないだろうに。
案の定、人は出てきたけれどこっちを胡散臭い顔で見つめている。
「お世話になります。わたしはリナーシャ。ライフェルさんとは今回の怪物騒ぎで協力関係にあります。それでですね……」
俺やリゼが事情を説明するよりずっとスムーズに、リナーシャが話を進めていく。これまでの信頼関係とかがあるからな。そこはさすがだ。
ライフェルとその息子がいる部屋に怪物が押し寄せてきている。そう説明すれば屋敷の使用人も驚いた様子を見せた。すぐに門を開けて俺達を中に迎え入れる。
さすがだ。この国の魔法教育の最高学府の生徒とか、名門の生まれとか、もちろん当主との個人的付き合いとか。そういうのがあれば、すんなり行くんだな。
もちろん、リナーシャが常識人ってのが一番大きいけど。これがリゼだったら、絶対にうまくはいかない。
とにかく門を抜けて、建物の前の庭に踏み込む。そして再び探査魔法。カイはベルを庇いながら、一箇所に留まり剣を振っている。
この位置はと視界を通常に戻して上を見る。三階の窓からベルの姿が見えた。身を乗り出して、そこから出ようとして決心がつかないという様子。
とりあえずこっちの存在を知らせるために、特大の火球を空に放つ。それから。
「ユーリ、狼化して窓の下にいてやれ。落ちてくるカイ達を受け止めるんだ」
カイ達は窓際に追い詰められているか、それとも壁を背に戦う事を選んだかのどちらか。
いずれにせよ、非戦闘員のベルを連れての戦いは困難。というわけで引かせよう。
直後、ベルの悲鳴が聞こえてきた。カイがベルを抱えて窓から飛び降りた。そしてユーリの背中に落ちる。
窓からは緑色の顔した、明らかに人間じゃない何かが身を乗り出していた。直後に、フィアナの矢がそいつの頭部を貫いた。
「カイ。どうなってるんだ!?」
「親父が黒幕だ! 怪物を売りつける商人と手を組んで、俺達を襲った!」
「ライフェルさんが!? でもどうして」
「俺を手放したくないらしい!」
リナーシャはそれなりにライフェルの事を信頼していたのだろう。悪人だと知らされて混乱する様子を見せた。
「なるほど。そのために、あなたを捕まえようというわけですね。……あなたがライフェルさんのご子息で良いのですね? 今の話、完全に真実ですか?」
「ええ。そうです。少なくとも、ゴブリンを俺にけしかけて来たのは事実です」
「わかりました。私は荒事は苦手なので、ここは一旦引かせてください。城主様に、ライフェルの事を報告しに行きます」
フライナは、ライフェルの正体について予想をしていたのだろう。冷静に受け止めていた。カイが頷くのを見て、彼は城の方へ走る。
城主もそろそろ寝る時間だろうけど、城の誰かは起きてるだろう。それに知らせれば、すぐに人が飛んでくるはず。
そして俺達はといえば。
「親父を捕まえよう。それにゴブリンを連れてきた商人も。顔に傷跡のある男だ」
「ゴブリンってのは、あの緑色のやつか」
初めて見るけど、俺の世界のゲームなんかに出てくるゴブリンと、イメージは同じだな。
「ねえカイ。商人から買ったって?」
「そのままの意味だ。ゴブリンを売りつける商人がいる。ゴブリンだけじゃない。狼を村にけしかけるなんて指示も聞くだろうし……たぶん、タコの怪物を作り出して沖合に住まわせる事もする」
「クラーケンも、ライフェルの差し金って言いたいのか?」
「推測だけどな」
推測と言う割には確信があるような言い方。こればかりは、実の父の事だからカイの言うことを信じた方が良さそうな気がする。
いずれにせよ、捕まえて聞き出せせばいいだけの話だ。
「お姉ちゃん。ベルさんと一緒にいてください。中からゴブリンが出てきて襲いかかってくるかもしれないから」
「え、ええ。わかったわ。リゼ、気をつけてね。…………本当はこういうの、お姉ちゃんであるわたしが行くべきなんでしょうけど」
「もう。お姉ちゃんはただの学生さんで、わたしは冒険者だよ? 悪い人の屋敷に飛び込むのは、わたしの仕事です。…………えへへ。今わたし、かっこいい事言えたかな?」
「自分でかっこいいとか言うなバカぐえー」
割と途中まではまともな事言えてたのに。まったく。
というわけで、俺達パーティーのメンバーで屋敷に踏み込む。
どうやらゴブリンが暴れて騒いでいるという情報は既に屋敷の中に広まっているようで、使用人達は逃げ始めていた。
「肝心のライフェルはどこにいる?」
「三階の書斎。蹴り倒したから、もしかしたらまだ倒れてるかも」
「そうだな」
三階には確かにライフェルがいた。カイの言うとおり床に倒れてのびている様子。その周りにはゴブリンがいて、使用人の誰かが助けようとしても無理な状況。
屋敷の中には他にも数人の人間がいる。そのほとんどは使用人だとして、ひとりは例の商人なんだろう。
けど、ゴブリンの指揮を取っているはずだけど、それっぽい動きをしている者は見当たらない。ゴブリンも統率を失って、屋敷の中を散らばって動き回ってる状態だ。
「もしかして逃げたか?」
俺の推測に、カイは少し困った表情を見せつつも頷いた。
仕方ない。ならばとりあえず、屋敷の中で狼藉を働くゴブリンの排除からだ。ほら、ちょうど近くにフラフラとやってきたゴブリンがいて。
「的が小さくて、ちょっと当てにくいですよね……」
フィアナはそう言いながら、一瞬で狙いをつけて矢を射て、ゴブリンの細い首を正確に射抜いた。
たぶんゴブリンは、自分が誰にやられたかも把握できずに死んだはず。まったく、この子はいい子なんだけど、時々怖い。




