3-17 戦いの後始末
いつ戦闘になるかもわからない状況。けれどそれが膠着状態なのは、お互いに戦闘は避けたいという気持ちがあるからだ。
死ぬのは怖いし人を殺すのもいい気分ではないというのは当然だろう。
「わかった! もういい! やめよう!
兵士のひとりがそう叫びながら、槍を地面に落とした。すると緊張の糸が途切れたように、他の冒険者や兵士も武器を下ろしていく。
ただレオナリアは相変わらずカイに剣を突きつけたままだ。カイもその状態で動けなくなっていたが。
「カイ。今は戦う時じゃないよ。こっちに来て……どうしても戦うなら、僕がかわりにそいつを殺す」
「ちょっと、ユーリくん!」
いつもみたいに淡々とした口調だけど、カイに剣を向けているあの騎士は許せないとばかりにカイとレオナリアの方に向かっていくユーリ。フィアナがそれをなんとか押し留めている。
「わかった。ユーリの言うとおりだ。騎士さん、一旦剣をしまえ」
言いながらカイはゆっくりと後ずさる。レオナリアが急に踏み出してこちらの喉に剣を突き刺してこないかを十分に警戒して。ようやく間合いの外に出て、カイも安堵の息を吐く。
レオナリアといえば相変わらず剣を構えたままだ。この場でひとりだけ。
「レオナリアさん。もういいんだ。あの男の命令なんて聞かなくていい」
そんなレオナリアを、兵士のひとりが説得する。さっき最初に武器を捨てた者だ。そして、なにか事情を知っているようでもあって話しを続けた。
「あの男がオークの集落を作ったのは本当だ。女を連れてきて孕み袋にしたのも本当なんだ。俺がここまで女を連れてきたんだ!」
俺の考えたことは正しかったらしい。
領主はギルドの仕事の創生のために、オークを遠方の商人から買って密かに森に放した。それから自分の妻や、領地から連れてきて一通り楽しんだあとに飽きた女達をオークに与えた。あの領主と同じ趣味を持った息子も途中からそれに加担した。
もちろん領主とその息子だけでやったことではなく、数人の兵士に協力を求めたらしい。
「協力なんてものじゃない。脅されたんだ。手伝わなければ……お、俺の女房をオークに渡すって……」
「俺は娘を連れて行くと言われた……」
別の兵士も名乗りをあげた。協力した兵士は複数人。けれどそれ以外の人間には極秘で、当然ながら人に言えるような話でもなく彼らも辛い思いをしていたようだ。床に座り込み、すまない、すまないと繰り返しながら涙を流し始めた兵士達を同僚が寄り添ってなだめる。
彼らもこの件の被害者なのかもしれない。
兵士達に同情的な空気が流れている中でひとりだけはそれに染まりきれない女がいた。レオナリアだ。
自分が忠誠を誓った相手の非道な行いを知ってしまった今、どうするべきかわからないでいるようだ。まだ剣を抜いたままでいる。
「レオナリアさん。そういうことなんだ。あの男に従っては騎士の名が傷つく。剣を下ろしてくれ」
兵士達がレオナリアを説得する。
「騎士の名……領主様に誓った、誇り…………」
たぶんレオナリアの中の迷いは、自分を騎士たらしめた君主への忠誠心と道徳心の間でどちらを取るべきかの葛藤が原因だろう。
俺にはわからない考えだが、騎士と主人の関係というのはそれほど深いものなのかもしれない。
「レオナリアさん。さあ、剣を……」
それでも誰かわからない相手に剣を向けている状態は良くない。兵士たちがレオナリアに近づいて剣を下ろそうとしている。しかし。
「触るな!」
突如として彼女は声を張り上げ剣を振る。葛藤に答えが出たわけではない。迷っている状態で近づく者に反射的に剣を振っただけ。けれどそれは人を傷つけるには十分なもので。
「コータ!」
「わかってる」
心の中で詠唱。一本だけの炎の矢がレオナリアの剣を貫いた。鉄を溶かしながら貫いたそれは、見事に刃の太さ以上の大穴を開けて当然ながら先端側を地面に落とした。
レオナリアの武器はまだ使えなくはないだろうが、殺す能力は格段に落ちるものとなる。
「…………」
騎士の女はこちらをうらめしげに睨みつけた。殺意すら感じる。けれどそれが正義ではないと理解はしているのか、やがてこちらに背を向けた。
「私は常に領主様と共にある」
そしてトボトボと力なく歩いていった。さっき領主が逃げていった後をたどるように。
何人かが追いかけようとして、別の誰かに止められる。きっと追いかけても無意味だと。
「それより夜が来る。村に戻るぞ。今夜はそこで泊まる」
ガルドスに言われてようやく気づいた。だんだん日が落ちてきている。すぐに暗くなるだろうから、早いうちに夜を迎える準備をしなければ。
オークはもういないとはいえ今度は狼なんかが出てくるかもしれないしな。
心が壊れた女達を複数人運ぶのは苦労しそうだったが、兵士達が快く協力をしてくれたおかげで思ったよりは短時間で済んだ。
押さえつけて命令する領主様がいなくなれば、なんだかんだで話のわかるいい人達なんだろう。だからこそあの領主のクズさが思い知れるというものだけど。
村は死体があちこちに転がっていて、しかも腐敗が進んでいて臭いがひどい。それでも建物の中に入って寝れば少しはましになるだろう。
かろうじて破壊されたり燃やされていない建物をいくつか見つけて、今夜の寝床と灯りは確保できた。それから食事も村の酒場からまだ無事で腐ってもいないものを確保する。捕まっていた女たちに着せる服も探した。
「なければ作るよー。布ならいくらでもありそうだし」
「気持ちはありがたいが、服もいくらでもありそうだから今はその必要はないな」
「そっかー」
裁縫仕事がしたいだけらしいリゼは放っておこう。本当に必要になったらその時頼むということで。
あとは、村に転がっている死体をできるだけ整理した。
オークのは一箇所にまとめて数を確認する。冒険者や村人たちに関しても身元の特定できそうなものを探す。冒険者に関しては今来ているギルドの人間の知り合いも多かったが、村人に関してはお手上げだ。生き残って、現在街で保護している数少ない村人に尋ねるしかないか。
弔いをするにも人手が足りなかった。明日は朝早くここを発って急いで街まで戻ろう。それで人を集めて改めてここに来る必要があるか。とにかく今日も疲れた。ちゃんと食事をとってゆっくり寝なきゃな。
「そういえばさ、街に戻ってもあの領主がいるんだよね?」
酒場の上の宿の一部屋。もともとはひとり用の部屋なんだけど、なにしろまともな部屋が少ないということでリゼとフィアナと俺がまとめて押し込まれることになった。これでもオーク討伐の功労者として高待遇の部屋にしてもらった方だ。大きな部屋で雑魚寝とかよりもずっといい。
ベッドがひとつだけだからリゼには床に寝てもらおうとしたけれど、そこはフィアナがベッドで一緒に寝ようと言ってくれた。で、ようやく寝れると落ち着いたときにリゼがふと口にした。
そういえばその通りだ。村に戻ってみたら馬がなくなってたから、領主はこれに乗って今も走り続けてるんだろう。当然俺たちよりもずっと早く街に戻れる。
そしてあいつが、街でただなにもせずに、俺たちの帰還を待つとも思えなかった。




