11-24 海産物の夕食
「こんにちはー。旅の魔法使いとそのお友達です! 普通に旅して普通に泊まりに来ました! 人探しとか全然むぎゃー」
朗らかにバカなこと言いながら宿屋に入っていくリゼを黙らせる。隠し事が病的に下手なのは、まあ仕方ない。
下手な事を言ってしまえば、探してる何者かに感づかれて警戒される恐れがある。幸いにして宿屋の受付に、それっぽい人物はいなかったけれど。
宿屋のお姉さんにそれとなく尋ねてみた。たしかにこの宿に、今夜は商人の団体が泊まるそうな。それ以外の宿泊客もいるけど、それについては詳しくは教えてもらえなかった。
顧客の個人情報を容易に流さない、よく訓練の行き届いた従業員だ。偉い。
仕方がない。だったら自力で見つけるしかない。
「えっと。なんだっけ。エビだっけ。これ、おいしいのかな……」
「うまいぞ。俺の世界では普通に食べられてた」
「えー? ほんとにー? どう見てもこれ、怪物じゃん」
宿泊の手続きをしてから少し後、宿に併設された食堂に俺とリゼだけで座って夕食を食べていた。いやまあ、食べるのはリゼだけなんだけど。
カイ達は部屋で待機である。この村には他に食事を取れそうな店もなく、探している人物は間違いなくこの食堂で夕食を食べる。
というわけで、交代で食堂にいることで、例の人物が現れるのを待つという作戦だ。
それはそうとして、歩きっぱなしだったリゼは空腹に耐えかねていつもより多めに夕食を注文した。まあいいんだけどな。せっかくだから、名産の海産物を食べようっていうのも別にいい。
でも、自分で注文したものはちゃんと食べなさい。ていうかわからない物を頼むんじゃありません。
エビという生物をリゼは始めて見たようで、茹で上がりきれいな赤色のそれに不審そうな目を向けていた。
「お、食べたらけっこう美味しい! なんというか食感がいいね。見た目はこんななのにね!」
「まあ冷静に考えたら、確かに見た目はグロいよな…………タコもさ。見た目はあんなのだけど食えばうまいんだぞ」
人類は、食えばうまい生物に対しては積極的に情熱を傾けて狩ってきた歴史もある。だから、一度食ってみればいいわけだ。
あのクラーケンを食うかは別として、タコって生き物自体が食えるとわかったら、この世界の人間達はクラーケンもあんまり恐れないかも。
いや怖い生き物ではあるけど。
「ねえ。これは? なんかすごく硬いけど。食べられるの?」
「貝だな」
「カイ?」
「何を思い浮かべてるかなんとなくわかるけど、違う。外の貝殻は食べられないぞ。中身だけ食べるんだ」
「へえー。あ、おいしい」
とまあ、リゼが未知の海産物と向き合ってる間に、俺は店内の監視も怠らない。今のところ、食堂内に客は他にあまりいない。ちょっと早い時間だったからな。
街唯一の食堂ということで、宿泊客以外も普通に来店するらしい。もちろん、村のひとり者がひとりで夕食を食べることだってあるかも。
そんな奴が来た場合、探している人物との区別はつきにくい。村人と旅人だと微妙に服装や装備が違うものだけど、判断に迷う事はあるし。
というわけで探査魔法。あんまり褒められた事ではないと理解しつつ、宿の部屋を覗く。そんなに大きな宿でもないから、すべての部屋を監視するのは簡単だ。
カイ達がいる部屋。商人の一団らしき者が泊まってる複数の部屋。それから、一部屋だけ、ひとりだけで宿泊している部屋があった。
例によって白い影としか見えないけれど、たぶん男性。部屋で何をするでもなく、時間を過ごしている。
これが探してる人物だろうな。一度顔を見ておけば、その後も補足できるんだけど。なかなか部屋から出る様子はない。
村のどこかで食料を買い込んで、部屋の中で食べるとかされたら、ちょっと困る。食堂に降りてこず部屋に引きこもるつもりなら、接触は難しい。
「とりあえず居場所だけわかればいいんじゃないかな。後は部屋の前で見張るとか、あのお馬さんを見てるといつかは顔を出すと思うよ?」
「まあ、それもそうか」
リゼにしては建設的な意見だ。探査魔法で補足できてるなら、今は十分か。
やがて食堂が混んできた。宿泊客の商人達も降りてきたようだ。あんまり長居するとよくないし、ちょうど食堂に入ってきたフィアナとユーリに交代する。
そして俺達はさっき話したとおり、例の人物の部屋の前になんとなく待機する。
けど、夜遅くになるまで出てこなかった。つまりは人と接触するのを避けてるわけだ。
怪しいよな。絶対なにかあるよな。捕まえてとっちめたいよな。
その日は警戒しつつも、何事もなく終了した。
当然ながら、今からアルスターの街に戻るのは困難。めちゃくちゃ急いで戻ったとしても、たぶん疲れてるか、討伐作戦には参加できないだろうな。
すまないリナーシャさん。そっちは任せた。
このまま普通にクラーケンが退治されたら、俺達がこの街に留まる理由もなくなる。いや、本当の事を言えばクラーケン関係なしに、この街を出てもいいわけで。
オロゾという梟獣人と彼が持ってるはずの魔法のインクを手に入れるという使命がある以上、この街に長居は無用なわけだ。
となれば、カイの呪縛や、父との確執は解消されないままになるんだよな。
本人が解消を望んでるわけでもないし、俺達がとやかく言う事でもないけど。本当にそれで良いのかという懸念はあり続ける。
仕方ない。なるようになれだ。最終的にはカイの気持ちが優先されるべきだろうし。
そんな感じで、夜は更けていった。
「リゼ。コータ。起きろ」
「うあ…………?」
「むにゃむにゃ……えへへー。もう食べられないよー」
「例の男に動きがあったぞ」
「本当か!? よしリゼ、起きろ!」
「にぎゃー!? わ、わたしのエビさんは!?」
「夢の事なんか忘れろ。行くぞ」
窓を見れば夜明けだとわかった。
いつもならまだ寝てる時間だし、カイに起こされた直後は寝ぼけたまま返事してしまった。すぐに覚醒したけどな。
ユーリとフィアナも眠い目をこすりながらベッドから起き上がってる。
彼が夜を明かしたら、早朝のうちに逃げるように村を発つ。その可能性は考えていた。だから、夜通し交代で見張っていたわけだ。まさか宿屋で、野宿する時の対応をやる羽目になるとはな。
そして、カイが見張っていた時間帯に、案の定やつは動き出したらしい。




