11-22 人の心の救い方
アルスターという城塞都市の門を抜けて、俺たちはこの村に来ている。普通にオオカミを退治して戻ってくるだけなら、今日の夜にはアルスターに戻れているはず。
壊された船の修理は明日には終わってるはずだし、ライフェルはクラーケンの討伐を早くやりたいという事情がある。まず間違いなく、明日のうちに実行されるだろう。
で、俺達がそれに参加するには、そろそろ引き返さないといけないわけで。
この馬車の持ち主を追うと、それは確実に不可能。俺の探査魔法の範囲外まで既に逃げてる相手なわけだし。追跡にも時間がかかるし。隣の領まで行くことになるのは確実だし。
討伐と追跡。どっちも興味深い案件だけど、さあどっちを取るか。決めるのは俺達のリーダーだ。
というわけで、視線が一斉にカイの方へ向く。
「お、俺か。そうだよな。………………俺は……」
ところが、カイはそれきり黙りきってしまった。決断は早くしないといけないのに。
ユーリがそんなカイの顔を見上げながら、そっと口を開いた。
「ライフェルの船には、乗りたくない?」
カイは父の名前を耳にして顔をこわばらせたけど、すぐに頷いた。
「そっか。僕も、今はあんまり船には、乗りたくない。こっちをやりたい」
ぽこんと音をさせながら馬車の車輪を蹴るユーリ。こいつなりに気を遣っているのかもな。
確執のある父親と、仲間を失いかけた船での戦いに、カイは抵抗を感じている。人助けの精神から言えばそれはカイの主義とは反する物だろう。けど、自分の気持ちも大切にしないとな。
「わかった。じゃあこいつの行き先を探ろう。一応、街には連絡しておくかな。フィアナ、ユーリ、始めててくれ。おいリゼ。村に戻るぞ」
「うへー。村まで遠いし、またこっちに戻るの嫌だなー…………やるけど」
「よろしい。探査魔法で探せるから、みんなは先に行っててくれ」
空気を読んで、大した文句も無く村へ戻り始めたリゼの頭の上から、みんなに声をかける。ユーリとフィアナはさっそく追跡にかかったようだ。
カイは、小さくありがとうと言っていた。どういたしまして。こういうときはお互い様だ。いつもカイに助けられてばかりなんだから。
「ねえ。カイってさ。立ち直れてないよね」
「うん? まあそうだよな。……俺達だって怖かったのは同じさ。ユーリが死にかけたんだから。数日経ったぐらいで忘れられる事じゃない」
「ううん。それもあるけど、弟さんの死から」
「…………ああ」
村に戻る途中、珍しく神妙な口調のリゼに言われて思い至る。
弟の死から何年経ってるんだっけ。数日部屋に引きこもってから、急に元気を取り戻したような振る舞いを始めたカイ。けど、元通りなんかじゃなかった。人助けをしたいと書き残して、旅に出た。
俺達の知っているカイは、旅に出た後のカイだけ。もちろん表面的に言えば、かつてのカイと性質はそんなに変わってないだろう。けど、決定的な違いがある。
カイは、人助けという呪縛に縛られ続けている。今もそれは変わらない。弟の死がそのきっかけになって、別の誰かなら助けられるはずという思いから、冒険者をしている。
俺の見ているカイは未だに、弟の死に縛られている。それがいいことか悪いことかは別として。
「助けられない命もあるけど、助けられる命なら助けたい。出会った頃にそんなことも言ってたな」
「あー。言ってたねー。カイの場合、最初に助けられなかった命から始まってたんだね」
ドライではあるけど、別に間違った考え方ではない。最善を尽くそうとするカイは、立派なやつだとは思う。
けど、健全な精神状態なのかと言われたら、そうとも思えない。
「うーん。なんとか救ってあげたいところだけどね」
「救うって?」
「わからないけど」
「わからないのかよ。つまり、カイを今度こそ立ち直らせるって事だろ? 別に弟さんの事を忘れろってわけじゃないけど、受け入れた上で…………前に進ませる、とか?」
「進めてるじゃん」
「そうなんだよなー」
カイは今も、立派に人助けをしている。それを非難する人間はいないだろう。
その根底にあるトラウマみたいな物は払拭した方がいいとして、どこまで踏み込んでいいのかもわからない。表面的には、問題ないように振る舞ってるし。
「あ、でもさ。お父さんとは仲直りした方がいいよね」
「そうかもな。そうなんだろうけどな」
どっちが悪いってわけでもない確執なら、和解して悪いことはないと思う。けど、カイにはその意志があんまり無さそうだし。
俺とリゼ、揃ってため息をつく。
村に戻って、今から街に行く用事がありそうな人を探した。幸いにして、他の酪農家の家畜たちをオオカミから守っていた冒険者をすぐに見つけられた。
彼らのパーティーは今から帰るとのことなので、街に残った人たちへ伝言を頼んでおいた。
リナーシャとルファあたりに伝言が届けば、後は関係者全体に話が伝わるだろう。
ついでに、この冒険者の仕事についても尋ねてみた。概ね俺達の仕事と似たようなものだったらしい。つまり、狂ったように襲いかかるオオカミと死闘を繰り広げたと。
これは推測だけど、例の荷台から村まで続いていたハスパレの匂いは、この農村の付近で枝分かれして複数の主要な農家のところに届いていたのではないだろうか。俺達の農場や、この冒険者の牧場や、その他の農地へ。
不審な馬車についてその冒険者も興味を持ったらしい。今回のオオカミの件がおかしいとは、誰もが思ってるらしいからな。
その事についてもギルドマスターに連絡しておくと、彼は言ってくれた。ありがたいことだ。冒険者同士、こういう時は協力しあわないとな。
よし、とりあえずやるべき事は完了。クラーケン討伐作戦に参加できないのは心残りだけど、リナーシャ達に頑張ってもらうしかない。大丈夫、この街の冒険者は優秀だ。
「よしリゼ。カイ達の所に戻るぞ」
「えー。もう? さっきから歩きっぱなしじゃん! 疲れたー! 休みたい! ねえお腹すいた! お茶にしない?」
「夕食が食べられなくなるから、駄目だ。ほら、さっさと歩け!」
「にぎゃー!」
リゼの頭をバシバシ叩いて歩かせる。カイ達は理論上、村から遠ざかる方向に進んでるはずだ。
向こうも進みが遅いとはいえ、早く追いかけないと、いつまで経っても合流できないのだから。




