11-21 狼はどこから来たか
その後も俺たちはオオカミの群れ相手に勇ましい活躍を続け、ようやく数十匹の狼を全滅させるに至らせた。割と重労働だった。
「ふっふっふ。やっぱりこのリゼちゃんは優秀だよね! あれだけいたオオカミさんをやっつけちゃうんだから!」
「逃げようとしてたお前が言うな」
「むー」
魔力は自分のもの。だから自分は偉い。リゼの無駄な自信に根拠がついてしまったから、余計にアホな事を言うのが多くなった。
それよりもだ。
「ユーリ。このオオカミがどこから来たか、調べられるか?」
「うん。やってみる」
カイに言われて、鼻のいいワーウルフは地面に這いつくばって臭いを嗅ぎだした。さっき殺してきたオオカミの臭いを辿っていき、どこから来たかを確認する。
別にそれは、依頼の範囲ではない。ただの趣味というか、今後も襲撃が続くようなら、根本的な原因を突き止めたいというもの。
道徳的にあまり良くない考え方をするなら、オオカミの襲撃が続き農家さんが困る事態が続いたほうが、冒険者的には仕事が増えて嬉しい。
もちろんそれは、農家さんの負担をいたずらに増やす事でもあるから、人の良い我らのリーダーはそれを良しとしないだろう。実際、今やってる事はそれの実践だ。
「このオオカミ、誘導されてたみたい」
「誘導?」
「地面に、ハスパレの葉の匂いが染み付いてる。道に沿って、その匂いが続いている」
「輸送中に地面に匂いが染み付いたとか、かな?」
俺が尋ねた所、ユーリは黙って見つめ返すだけ。無言のメッセージだけど、なんとなく言いたいことはわかる。
そうかもしれないけど、違う気がする。でも違うって言い切る根拠もないから、とりあえず黙って見つめてるんだ。
人為的な何かがある。そう言いたいらしい。
「わかった。自然に染み付いた匂いなら、ここ数日でいきなりオオカミの襲撃が増えたのは説明つかないな」
カイにフォローされて、ワーウルフの少年はこくこくと頷く。なるほど。そう考えると確かに変だ。
そもそも、この依頼はおかしな所が多すぎる。依頼主の農家さんによれば、昨日ギルドに駆け込む事になった襲撃は、昼過ぎに起こったという。今日も同じだ。
普通は、人通りが少ない夜中に起こるものなんだけどな。
その農家も普段から自衛をしていたから、数匹程度のオオカミなら対処できるはずだった。しかしそれを上回る規模の群れに襲われた。それも、他の農家や酪農家の家と同時に。だからギルドに駆け込んだのが昨日。カイ達が駆けつけて、それは解決した。
けれど襲撃はこれで終わりではないだろうと、この農家さんは判断したから、追加で依頼を出したというわけ。農場を守ってほしいと。
そして、昨日と全く同じように襲われた。同じ時間帯に、どこから現れたのかも推測できないように出現した狼に。
実際にオオカミが出ている以上、なにか原因があるはず。何らかの自然現象による誘発なのかもしれないけれど、そうではなさそう。道に染み付いた匂いがそれを示唆していた。
とりあえずこれを追ってみよう。人為的なものであれば、その先には誰かの悪意がある可能性も高いから、警戒は怠らずに。
俺は探査魔法を巡らせて周囲を油断なく見る。
この前の盗賊団みたいに、探査魔法破りの道具を持ってる奴らの待ち伏せはあまり考えられないけど、一応カイ達はそれの警戒もしていた。
とはいえ、森からは距離がある土地だ。平原が広がっており、少し背の高い作物を育てる農家とか、あとは一本だけ生えてる木とか、それくらいしか遮蔽物はない。
悪意ある何者かが農家の土地に潜むとも思えないし、オオカミの群れにしても同じ。なにか原因があったとしても、既に残っていないと思う。
先導するユーリに着いていくこと、体感時間で一時間ほど。道の脇に無人の荷馬車が放置されているのを見つけた。馬もいなくて、荷台だけがそこにあった。
「匂いは、ここで途切れてる」
「ここで?」
「馬車の中から、オオカミの匂いもする」
「…………らしいな」
荷台を覗き見たカイが相槌を打った。中は空っぽだったけど、オオカミの抜け落ちた毛らしい物が散らばっていた。
場所としては、村に続く平原のど真ん中といったところか。周りには何もない。少し遠くに村が見えるけど、村からこの馬車を視認するのは難しそう。
それから、隣の領土とのちょうど境目のあたりらしい。とはいえ、人通りはそう多くない。もっと太い道が他にあるから。全く使われないというわけでもないけど。
「つまり、白昼堂々に悪事を働くにはもってこいの場所ではあるんだ」
カイが馬車を調べながら口にする。その他手がかりになりそうな物を探してみたけど、見つからなかった。探査魔法を使ったけど、周囲に持ち主らしき人物の姿は見られない。これを引いていた馬に乗って逃げたかな。
フィアナが馬の足跡を探していた。それっぽい物は見つかったけど、これを使って追跡をするのは難しいそう。地面が固くて足跡が残りにくい道だったらしく、よく観察しなければ辿れない。
馬車に残った馬の匂いを辿るのも、できなくはないという程度。足跡と匂いのふたつ同時に探しながらやれば、どちらかで繋がっていくからなんとか追えるかも。
それをする価値はあると思っている。この馬車の持ち主だった何者かが、オオカミの発生と関係あるとは、みんなが思っていることだから。
つまり何者かが、事前にハスパレの葉の匂いの付いた液体かなんかを地面にたらして村への誘導経路を作った上で、オオカミを荷台に乗せて運んできて放った。
そして素早く逃げた。荷台を引いてると重いから、捨て置いて馬だけ連れて一目散に。
「誰がなんのために、そんな面倒な事を?」
そもそもの俺の問に、誰も答えられなかった。嫌がらせにしても手が込んでいる。費用だって馬鹿にならないはず。狼も捨て置いた荷台も、安価なものではない。
まあ農家さんは困ってたから、無意味ではないにしろ、費用対効果が小さすぎる。
「そういうのも、犯人を捕まえて吐かせればいいんじゃないかな! おらー。なんでやったー。言えー! って」
「そうだな」
俺の世界のガラの悪い警官みたいな言い方をする必要はないけど。ていうか、この世界にもそういう官吏っているのか。いるだろうな。悪い兵士みたいなやつは。
真相が気になるところだし、追うのは別にいい。けど問題は。
「このまま追えば、隣の領に入りますよ。明日までに、街までは帰れませんよ?」
フィアナが冷静に指摘する通り。明日のクラーケン討伐に参加できなくなる。




