11-20 いつもの狼退治
よし、話は保留しよう。カイの気持ちはまだ聞かない。そういう事はベルが直接聞けばいいと思うんだ。蹴りもカイが自分で受ければいいんだよな。
それがいいとリゼと一緒に無言でうなずき合い、じゃあ宿に帰ろうということになった。
今日はこれで休んで、明日はまだ船の修理が終わらないはず。だから一日休養するか、ギルドの別の依頼を受けるかするわけだけど、それは明日決めればいい事だ。
夕食の時間にリナーシャと合流できた。一応、フライナと会った時の会話を伝えておいた。リナーシャはすでに話し合いで顔を合わせていて、同じ主張をもっと強弁に受けていたはずだから、今更のことだろうけれど。
それでもリナーシャはわかったと応じてくれた。再度ライフェルに話してみると。それから逆にリゼと俺に、フライナについてどう思うかと尋ねてきた。
「いい人そうだった。聞いてる印象と違って、なんかまともな人に思えた」
「ねー。絶対やさしいよね、あの人」
俺とリゼの意見を聞いて、リナーシャもまた深く頷いた。
「うん。そうだよね。わたしもそう思う。てか、わたしから聞いてた印象そんなだったんだ。悪い人って伝わってた? それはごめん……いい人だよね。ライフェルさんの競合企業だし、わたしも最初はちょっとそう思ってた。実際主張する時の口調はだいぶ強いし。でも、議論の外では普通にいい人」
「なるほど……」
やっぱり、悪人じゃなかったのか。
だとしても、彼が反対している討伐作戦は断行される。そうじゃなければ、街の主要産業が死ぬからだ。多くの人間が迷惑を被ることになる。
明後日には、彼が危惧していることが本当かどうかが明らかになるわけだ。
翌日。俺たちは宿屋でいつものような朝を迎えた。
「よしみんな! ギルドのお仕事やろう! やろうよ! さあ早く!」
翌日、やたらとテンションが高いリゼに起こされた。突然勤労意欲が湧いたとか、そういうのではない。こいつに限ってそれはありえない。
たぶん、今日もベルは俺たちのところに訪れるはず。主にリゼやカイに。その結果、ベルの一方的な思い込みから修羅場が始まる可能性が高い。それをリゼは怖がっているんだ。
動機が不純でも、勤労意欲はあるに越したことはない。ギルドの仕事をするという方針には賛成だし。
朝食もそこそこに、人目を避ける様子のリゼと共にギルドへ。
「オオカミ退治の依頼が……」
「多いね……」
カイとリゼ、並んでギルドの掲示板を見て、それだけ言って絶句していた。それは俺だって同じだ。
この前ザサルで、同じ気持ちになったことを思い出す。あの時はオオカミじゃなくて盗賊だったけど。
とにかく、掲示板を都市周辺の住民からのオオカミ退治の依頼が埋め尽くしていた。
都市の立地上、依頼は北部の農園地帯から出されているのが多い。海にオオカミはあんまり出現しないからな。ごく一部、東西方面からの依頼もあるけど。
「カイ、どう思う?」
「きっと、この近くにある生息域に別の怪物が突如現れたんだ。それによってオオカミが追い出されて、こっちまで逃げてきた」
「それ、本気で言ってるのか?」
「…………真実は違うと思いたい」
どこかのアホの領主が森の中でオークを繁殖させた結果、フィアナの村に追い出されたオオカミが押し寄せてきたってことはあった。だから、正直ありえる話ではある。
良い思い出ではないし、違うと信じたいカイの気持ちはわかる。パーティー全員が同じ思いだろう。とはいえ、異常事態なら何らかの原因があるはずで。
「それを探ろう。オオカミがどこから来たのか。その発生源に何があるのか確かめれば、疑問は解けるはず。大量発生も止まる……はず」
相変わらず歯切れの悪い言い方をする。仕方ない。とりあえずやってみよう。なにか成果があればそれでいいじゃないか。
というわけで、依頼の中のひとつを手に取る。街から見て北部にある、小さな村からの依頼。城壁を出てしばらく道を進まなきゃいけないけど、ユーリに乗って走ればそんなに時間は掛からず行けるはず。
討伐に時間がかかったら、明日のクラーケン退治には行けなくなるし。可能なら近場がいいかなとは思ったけど、そう都合のいい依頼はなかった。それか誰かが先に受けてるのかも。
「今から行けば普通に間に合う」
「そうだね! 行こう! ベルさんが来るまでに! さあ! さあ!」
「お前は落ち着け。ベルは、今はしっかり屋敷にいるから」
相変わらず個人的な事情を優先するリゼをなだめる。
緊急時でもないというのに使って他人を覗き見るのは良くないとは知りつつ、探査魔法で探ってみた。あのメイドはしっかりお仕事中だ。
ライフェルも今日は屋敷の中にいる。来客なのか、誰かと座って話しをしていた。もしかして仕事上の関係者とかかな。朝から忙しいことで、偉い人間っていうのは大変だな。
とにかくそんなわけで、今すぐ街を出ればベルと会わなくて済む。少なくとも、昼間の間は。
リゼはそれで楽だと思ったかもしれない。でも甘かった。
「にぎゃー!? なにこれ! 怖い! 助けて!」
「おいこら! 逃げようとするな! 戦え!」
「戦ってるのはコータだけじゃん! わたしはほら! 魔力を渡してるだけっていうか! だからコータ後は任せたね!」
「駄目だから!」
村にて、俺たちは大量のオオカミを相手に戦っていた。どこに潜んでいたのかわからないけど、大量のオオカミが農村に襲いかかっていた。
今回の依頼主はハスパレの葉を育てている農家さん。当然ながら狼を引きつける植物だ。乾燥させてるわけじゃないから、それほど匂いを放ってるわけじゃないっていうのに、奴らは狂ったように押し寄せてくる。
で、案の定リゼは絶賛パニック中だ。まったくこいつは。リゼが戦場に留まってくれないと、俺も戦えないってこと忘れてるわけじゃあるまいに。
頭をバシバシ叩きつつ、逃げようとするリゼを必死に押し留めながら、オオカミの一匹に火球を打ち込む。それだけで、あっけなく死んだ。
遮蔽物なんてない平原だから狙いはつけやすい。オオカミは興奮状態で怖いけど、戦略的な動きをするわけでもないし。
だから、それぞれが好き勝手に戦っても割と勝てる感じではあった。ユーリの上に乗ってるフィアナは何本も矢を連続して放ち、全て命中させてるし。ユーリも近付いてきたオオカミを血祭りにあげてる。カイは守るべき葉の近くで、最後の砦という役割をしていた。今の所、彼が動く必要もなさそうだけど。
楽な仕事ではある。相手は単なる的だから。
そう。森どころか、本当に遮蔽物がない。このオオカミ、マジでさっきまでどこにいたんだろう。




