11-15 妨害工作
リナーシャはリゼの方を見つめながら言った。正直、あまり気乗りしないという様子だった。
「昨日の戦いで、わたしが爆発魔法でクラーケンの手を引きちぎったじゃないですか。あれを見た他の漁師や冒険者の皆さんが、いたく気に入ったらしくて……あれを使えば勝てるって雰囲気になってます」
爆発魔法を使うの、けっこう疲れるんだけど。リナーシャはため息をつきながら言う。魔法使いとそうでない人の感覚の違いかな。
爆発魔法は、たしかに魔力の消費が激しいらしいし。俺は実感ないけど。
「本当に、魔法使いをたくさん集めて爆発をさせるのかという問題はあります。現実的かどうかは微妙なところですし。あとそれから、クラーケンの名を提案した使い魔くんを、作戦会議の場に呼びたいとの意見もあったよ」
「俺を?」
「そう。まあ、一介の冒険者をそこまで関わらせるのもどうかって意見の方が多かったけど」
リゼと俺を見ながら、リナーシャはさらに困ったような表情を見せる。なんとなく理由はわかった。リゼが討伐隊の頭数に含まれているのが嫌なんだな。
カイが海で弟を失い、昨日もユーリが死にかけた。それを気に病むのと似た心理。
この姉だって、妹が危険な場所に行くのを良しとするわけではない。できればクラーケン討伐には参加しないでほしいのだろう。
けれど作戦会議の場に俺が呼ばれればリゼも同行することになるし、当然そのまま討伐へと向かうことになるだろう。リナーシャにとっては、それが懸念事項だった。
「えへへー。コータ、頼られてるね。これはわたし達、頑張ってタコさん倒すしかないよね!」
「…………そうだな」
そしてバカな妹は姉の心情など気付かない。ここでたしなめてもいいのだけど、リナーシャはそれを望まない気がした。妹の無事を願うというのは当然の感情だ。けれどそれは同時に、ひとつの街の危機を前にしたエゴだとも言える。だから、あまり明らかにしたくないだろう。
リゼが戦いに乗り気だとしたら、余計にだ。だから、止めたい気持ちをぐっと抑えているのがわかった。
「そうなると、もしかしてわたしも参加した方がいいの? 正直なところ、あまり乗り気にはなれないのだけど」
サキナが少し遠慮がちに言った。そうだよな。先日は勝手に戦いに行ったから、雇用主に怒られた。同じ事はしたくないはず。かと言って、この状況を放っておくわけにもいかない。人道的見地とかからだ。
「いいですよ。この街に少しぐらい恩を売りましょう。でも、必ず帰ってきてくださいね。心配はしてないですが、それでもサキナさんと旅をするのは、わたし結構楽しいので」
「あら? 旅だけ? 夜の事は楽しんでいないのかしら?」
「ひいぃ!? ちょっとサキナさん! そういうことはやめてください! 怖いですから!」
相変わらずルファへの距離感が近い、この魔女の性質は置いておいて。とりあえず俺達の方針は決まった。敵は巨大だけど、一匹だけなら勝てる気がしてきた。
しかしこういう事は、往々にしてうまく行かないもので。
翌日。ちょっと気は早いけど、俺達パーティーとサキナとリナーシャでギルドへと向かった。討伐作戦に参加する冒険者の顔ぶれを見たくなった。ベルは、今日こそ仕事でカイの実家にいる。
そして、ギルドが妙にざわついているのに気付いた。何があったのか、手近にいた人の良さそうな冒険者に尋ねてみる。
「俺も詳しいことは知らないんだけどよ、明日の討伐作戦に使う予定の船が多く壊されたらしい」
「壊された?」
「船底に小さな穴が開けられていたり、櫂が折られてたりだ。夜の間に、三十隻ほどがやられた。ほとんどが、シナクスさんの所の船だ」
「ライフェルさんの?」
カイの実家の船。確かに、明日の討伐に使われる予定の船ばかりってことになる。
聞けば、ライフェルやギルドマスターが対策を協議しているところだけど、討伐を明日決行するのは無理がありそうとのこと。船が不完全な状態では出港するのは危険すぎる。まして、怪物と戦うなんてとんでもない。
「壊され方は、みんな同じなのかな? ということは、誰かひとりが夜のうちに船を壊して回ったということかな」
「たぶんそうだろうな……」
「誰が?」
「それはわからないわ、リゼちゃん。でも単独犯なら、相当手慣れた人でしょうね」
リゼと俺と、あとサキナとで港の方へと向かう。リナーシャは話し合いに参加すると言ってたし、カイ達は冒険者の方で情報取得をする事に。
討伐の決行が伸びても、参加する者の顔ぶれを知っておいた方がいいのは変わらないしな。作戦も立てやすい。俺達は会議に出なくていいのかと、とりあえず確認したけれど、別にいいんじゃないかなとリナーシャに言われた。
今はそれどころじゃないみたいだな。
港の船着き場に船がたくさん並んでいる様は壮観だけど、今はその船の周りに多くの人が群がっていた。大半は野次馬。あとは、船を修理するための業者や、集まって情報交換をしようとする漁師達。
噂話に耳を傾ければ、破壊工作のされ方はほぼ同一であり、単独犯の可能性が高いという。すべての船を修理するには二日ほどかかるから、その分討伐作戦は伸びる。
それから犯人は、かなり手慣た者のだと思われている。少なくとも、船の構造に詳しい。どこに穴を開ければ航行不能になるか、よく理解しているとのこと。
タコ退治の時間が開くのも問題だけど、漁師達にとっては今日の漁に出られない事の方が問題だよな。
その分収入が減る。というよりは月給制ではない仕事らしいし、その日の収入が得られなければ即座に食うに困る漁師も少なからずいるらしい。その日暮らしの生き方が安全とは思えないけど、こういう世界ではたまにいるんだろう。あるいは、そうせざるを得ない境遇の人間が。
宵越しの金は持たないって文化は俺の世界にもあったけど、この世界にも似たような物はあるらしい。
でまあ、そういう漁師達は当然ながら怒る。犯人がわかったらただじゃおかない。そんな言葉があちこちから聞こえてくる。
そして犯人が誰かも、漁師達は察しがついているらしい。実のところ俺だってなんとなくわかっていた。
フライナ。ライフェルの商売敵にして、タコの討伐に反対する勢力。
討伐が遅れてこの街の漁獲高に影響が出れば、ライフェルの立場も危うくなる。となれば、辞任させて次の漁業ギルドの長を狙うこともできるだろう。そういう動機もあるから、彼を犯人と推測するのは簡単だった。
そして推測は簡単に確信に変わっていく。怪物の出現で元々不安を感じていた街の住民は、冷静さを失っている様子だった。




