11-6 タコとの接触
敵はタコと言っても、大きさは非常識なものらしい。俺が今乗ってるような船を触手一本で絡め取り、真っ二つにへし折ったという。
俺の世界にもそんな伝説はあった。クラーケンという、圧倒的に巨大なタコ、あるいはイカの怪物。ワーウルフとかオークとかゴーレムとかがいる世界だ。クラーケンぐらいいるだろう。
問題は、その怪物のいる海に俺達が来てるということだ。船の上では逃げ場がない。確実に相手を仕留めないと、俺達も死んだ漁師の後を追うことになる。
海面に木片が浮かんでいるのが見えた。漁船が襲われたのはこのあたりだろうか。見た感じ、人が浮かんでいるのは見えないけれど。
「探査魔法で見てみる」
「うん、お願い」
海の上でこれを使うのは初めて。生物すべてを見ることができる魔法だから、当然海中の魚にも適用される。
海面近くから海の底まで、立体的に大量の生物が蠢いているのがわかる。その中で海面にだけ意識を集中して、生存者がうかんでいないか探そうとした。
しかし、それどころではない物を見つけてしまった。海中に、今まさに話題にしていた物があった。
巨大なタコ。正確な大きさはわからないけど、とんでもなくでかい。触手の太さは、この船の横幅と同じくらい。そりゃ、一撃で沈められるよな。
それが、俺達の方へまっすぐ向かってきていた。
「逃げろ! その怪物が来てる!」
俺の警告と共に、ライフェルは急いで舵をきる。そして声を張り上げ、仲間の船に逃げるよう指示を出す。冒険者達は次々に武器を構えて戦闘態勢に入った。
探査魔法の視界では、怪物の方も俺達が逃げてる事を察知したようだった。太くて長い触手を伸ばす。狙う先は、俺達の乗ってる船だ。
「来るぞ!」
探査魔法を解除して俺も魔法を撃つ態勢にはいる。直後、船の後方の水面から巨大なタコの触手がでてきた。大の大人の胴体よりも太いと、一目でわかる。それでも見えているのは先端近くなわけで。本体がどれだけ大きいかは、ちょっと想像したくない。
「ファイヤーボール!」
リゼが詠唱するのに合わせて、俺が魔法を撃つ。海中から出てゆらゆら揺れている触手に火球が命中。火球のサイズ的に、触手も無傷ではないはず。
けれど、並の敵ではないことも確か。吸盤に若干の焦げ目を作りながらも、まだ普通に動いていた。そしてこちらに狙いをつけるような仕草を見せる。
「親父! 全力で逃げろ!」
「やってるが、限界がある!」
手漕ぎの船では出せる速さも限られる。今は大した風も吹いておらず、帆も役に立たない。
フィアナは正確に触手に矢を命中させたが、それも大したダメージを与えたようには見えなかった。
次の瞬間、触手がこっちに迫ってくる。俺は咄嗟に身を乗り出して、防御魔法を展開。触手の先端が障壁に直撃した。
衝突の衝撃は障壁に吸収される。しかし地面の上で使うのと海上で使うのとでは、やはり勝手が違うらしい。
「うわっ!」
「きゃっ!」
触手が出てきたからなのか、それとも受け止めた衝撃からなのか、船が大きく揺れる。フィアナとユーリが支え合いながら、振り落とされないように船のへりを掴んでいた。
俺はといえば、再度攻撃を仕掛けてくる触手を防ぐのに手一杯。しかし、ずっとそうもしていられなくて。
「もうひとつ来るぞ! 右手側!」
ライフェルの声。そっちを見れば、確かに同じような触手がもう一本海上から出ていた。それがこっちに迫ってくる。俺達の頭上から思いっきり叩きつけて、船ごと木っ端微塵にする勢いだ。
ライフェルが咄嗟に舵をきる。けれどぎりぎり間に合わない。触手の先端が船の半分ほどに直撃するのは避けられそうにない。俺はなおも後方からぶつかってくる触手に専念する他なかった。
「させるか!」
迫ってくる触手にカイが立ち向かう。そして自身に直撃する寸前に剣を振り、直後に飛び退きながら伏せる。
触手の先端の比較的細い部分だっからか、あとはタコは軟体動物で骨がなかったから。そういう要因が重なって、切断には成功。切り落とされた先端は慣性に従い、宙を舞いながら船を超えて反対側の海に落ちる。
しかし短くなった触手は、空振りしたとはならなかった。船のへりには当たり、木製のそれを大きく砕く。船自体も衝撃で転覆しかけたけど、なんとか耐えた。少なくとも、今のところは。
触手は再度船体を叩こうと迫る。先端を失い、断面からわずかに青い血を流しながら、触手が近づいてきた。カイもまた剣を振るおうと試みる様子だけど。
「くっ…………」
右腕を抑えて、苦しそうな表情を見せた。
まさか痛めたのか? あれだけ太い触手を一撃で両断するとなれば、相当な力が必要。体勢的にも、体重を乗せられる攻撃にはできないし。だから無理な切り方をしたのだろう。
そして触手は、そんな都合を考えてはくれない。容赦なく船を破壊せんと接近して。
「ガウッ!」
今度は自分が止めると、ユーリが狼化した。それによって体重が増え、船が一層沈み込む。巨大な白い狼は触手に向って跳躍し、船が大きく揺れた。さっき破壊された所からわずかに浸水したけど、沈むまではいかない。
触手にしがみつきながら噛みつくユーリ。タコの側も、まとわりつく異物を振りほどこうとする。
人間では無い何かが突然現れたから戸惑ってるのだろうか。タコにそこまでの知能があるかはわからないけど。
そしてユーリのこの行動は、俺達を救う事を考えれば良いやり方だった。けれど、ユーリ自身にとっては適切とは言えなかった。
敵は、獲物を触手で海中に引きずり込む。たぶん捕食するため。このタコが、人は食べるけど狼は食べないなんかのグルメ嗜好とは思えなかった。
そして、自分から触手に噛みつきに行く行為は。
「ユーリ! 触手から離れろ! 触手に絡め取られて海に沈められるぞ!」
俺の警告に、白い狼は即座に口を離した。触手はまさに、ユーリの体に絡みつこうとしていたところだった。
逃さないとばかりに触手はユーリを追う。空中でろくに動けないユーリは、なんとか見をよじってこれを回避しようとした。
結果として、触手に捕まることはなかったけれど、代わりに勢いをつけて追いすがる触手に接触はした。
膨大な質量。それに力。ユーリの白い体はそれに弾かれ、宙舞う。リゼ達が悲鳴を上げるなか、彼の体は海面に叩きつけられた。




