11-2 海辺の街
海辺の街、アルスター。ザサルから南下して、しばらく西に向ったあたりに位置する城塞都市。規模としては、ヴァラスビアと比べて少し大きいくらいだろうか。
古くから漁業が盛んな街。海上交易の拠点としては、近隣にある他の城塞都市にその機能を譲っているため、大きすぎず小さすぎずの発展を遂げた街となっている。
そんな街へと、もう少しで到着する。森は抜けて、海沿いの道を馬車が行く。敵が隠れる場所もないから、もう襲われる用心をすることもないだろう。
「海の、香り」
「海ですか? 確かにすごいですね……大きな湖みたい…………」
「ちなみに、海の水は、舐めるとしょっぱい」
「本当ですか!?」
海というものをフィアナは初めて見るらしい。ユーリと一緒に荷台から眺めている。
「なんでフィアナちゃん、興奮してるのにユーリくんのことは叩かないんだろう。わたしは叩くのに」
「リゼだからじゃないかな」
「うー…………まあいいけど……それにしても、海って本当に広いよね。実は、わたしも初めて見た」
「そうなのか」
「コータは? この世界の海は初めてだよね?」
「そうだな。でも、元の世界の海も似たような物だぞ」
「へえー。コータは見たことあったんだ」
そりゃな。交通機関の発達した世界の島国と、発達してない世界の大陸の内陸部では事情が違う。首都育ちでも海は見たことがないってのは、ありえる話か。
それを考えると、やっぱ旅っていいものだな。知らない事を知れる。こういう世界ではなおさらだ。
「皆さん。そろそろ着きますよ。身分証の用意を」
馬車を動かしながらルファが声をかけてきて、それぞれが自分の身分証を取り出す。城塞都市の門を守る兵士に提示して中に入れてもらう。ザサルほどじゃないけれど、人の往来があって賑わっている。そんな町並みが目に入る。
「魚がおいしい街。生で食べる」
「それは……おいしいんですか?」
「普通に食べたら、生臭いだけ。生の肉を食べるみたいなものだから。塩とかで味付けすると、おいしい」
「そうですか。楽しみです」
刺身の文化ってこの街でもあるんだな。冷蔵技術がない世界だから、こういう海沿いの街でしかできない食べ方。かくいう俺も、人間だった頃は刺身が好きだった。ああ、物を食べられない体が恨めしい。
「おいリゼ。俺の体、ぬいぐるみ以外の形にできないのか? クルシャみたいに、猫の姿にでもいいから。ご飯が食べたい」
「え? うーん。やり方はわからないけど、でも勉強すればできるんじゃないかな。ふっふっふ。この優秀な魔女に任せなさい」
「そうやって安請け合いするあたりがバカっぽいよな」
「はうあっ!?」
さて、ルファ達は商売があるとの事で一旦離れる。俺達はといえば、ギルドでミーナとオロゾの目撃情報を聞き出しにいくわけだけど、その前に食事をということになった。
幸いにして、ギルドが建っているのは港の近く。街の中心、すなわち政治の中心で主要な公共施設が建ってる場所とは少し離れているけど、ギルドとは市民のを助ける仕事という側面もあるからそれでいいらいしい。
つまり、街の主要産業の場で起こる問題解決のために、こんな立地になっている。海で誰かが遭難した時の捜索、あるいは海の怪物の討伐依頼や漁の際の護衛。あとは、繁忙期に漁を手伝ってほしいとかの内容が多い。
「海の怪物なんているのか?」
「いる。水面下から漁師たちに迫って、海の中に引きずり込みつつ食らう怪物が。海の上は奴らの縄張り。人間の方がそこに侵入してくる者で、正直普通の怪物なんかよりずっと戦いにくい」
さすがこの街の出身。基本的な知識はあるらしく、カイが説明してくれた。なるほどな。俺のいた世界よりは、漁をするのは大変な世界らしい。
そしてリゼはといえば、よほど空腹なのか食事の事しか頭にないようで。
「やっぱりギルドの酒場に行くよりは、地元の人がやってるお店の方がおいしいのかな」
「ギルドの酒場も地元民がやってるんだけどな。言いたいことはわかるけど」
チェーン店と個人経営の違いみたいなものかな。とにかく地元のお店がいいというなら、別に止める事はない。どうせ俺は食べないんだし。
道行く人におすすめの店を聞いて、よさげな所に入る。昼時には少し早いということもあって、店はすいていた。これは好都合。
なんとなく客を見る。海は近いとはいえ、漁師は今は海に出ているのが多いのだろう。いかにも漁師ですという雰囲気の男の客は少数で、それ以外の仕事をしてそうな人達の方が、どちらかと言えば多い印象。
とはいえ昼になれば戻る漁師もいるだろうし、時間帯によって違うのかも。漁師の客だっているわけだし。
数人の漁師が囲むテーブルに、若い女がひとり同席してるのが目に入った。漁師の恋人とか、姉妹なんかの家族かな。その割には、女の表情は真面目なもので、談笑してるという感じには見えなかったけど。
「なになに? コータなにか面白いもの見つけ――――」
俺の余所見に気付いたリゼが、その視線を追う。そして女を視界に入れた途端、絶句した。おい。どうした。何かあったか。
尋ねようとする前に、女の方もこちらの視線に気付いたようだ。リゼと俺を見て、少しだけ首を傾げて、次に驚いた表情を見せて。
「リーゼロッテ!? なんでこんな所に!?」
「ぴぎゃむぐ!?」
何回か聞いたことがある叫びをあげそうになるリゼを、無理やり口を塞いで止める。近所迷惑だもんな。
この女が誰なのかは知らないけど、リゼの知り合いだってのはわかった。それも、あまり見つかりたくない相手。
「初めまして。リナーシャ・クンツェンドルフです。妹がお世話になっています」
漁師達との会話を切り上げた彼女は、俺達の前に立ちそう自己紹介した。なるほど、リゼの姉で、以前会ったことがあるリハルトという男の妹か。
リゼの家は、未だにリゼのことを探し続けている。無能な魔女は家の恥、みたいな理由で。だから家族に見つかるのは絶対に避けたいこと。
とはいえ目の前の姉は、リゼに対してそこまで剣呑な様子は見せなかった。久しぶりの妹との再会を喜ぶ姉という風にしか見えない。リゼの方は、ガタガタと震えて今にも逃げ出そうとしかねない様子だけど。
とりあえず、リナーシャという女の話を聞いてみてもいいかな。




