10-42 海辺の街へ
この世界広しといえども、オロゾって名前の梟獣人で魔法使い、あとおじさんなんて条件が一致した者はふたりといないだろう。
あの人、ケイラニアの弟子だったのか。それはいいとして、いかにも人の良さそうな風貌なのに、盗みなんてやったのか。
いや、あれでも彼は冒険者だ。それなりに過激なことだって経験してきたのだろう。そうじゃなきゃ、獣人が起こした反乱に真っ向から立ち向かおうなんて考えないはず。
善人で泥棒なんかとは無縁の人に見えるから、意外だって思えるんだな。
「えっと。もしかしてリゼ達は、オロゾのこと知ってるの?」
「ええ。まあ。前に一緒に戦いました」
思わぬ偶然に驚きながら、以前ヴァラスビアであった事を話す。足取りはわからないけど、白いトカゲを連れた使い魔と一緒に南部へ向かった事はわかる。
「へえー。あいつが旅に同行する人間を作るなんて。弟子でも取った気かな」
「弟子とは少し違うかも…………ううん、似たような物かな……」
オロゾに同行してるミーナからすれば、魔術とか人生の先輩であって、教えを受ける意味はありそうな気がする。
「なるほど。オロゾも丸くなったのね。…………さて、オロゾがまだインクを持ってるかどうかはわからない。けどあんな危険な物を野放しにするわけにもいかない。実際に使おうって馬鹿が現れた今となっては、特にね。だから回収するか、少なくとも今どこにあるか調べなきゃいけない」
「オロゾさんを探して尋ねるって事ですか」
「そういうこと。それも、ゼトルより先にね。実はさ、オロゾに例のインクを盗まれたっていうの、日記に書き残しちゃったのよね。うん、昔のわたしは馬鹿だったと思うわ。でも誰にも見せるつもりなんてなかったし。でもゼトルは見ちゃうでしょうねー」
そして、金持ちの捜査網で探そうとする、か。となれば見つけるのは早いかも。
「あんな弟子でも愛着はあるし、それにゼトルがオロゾを襲撃して無理やりインクを奪おうと考えるなら、女の子がひとり巻き添えになるのはちょっと忍びない。というわけで、オロゾを先に見つけてほしいの。そしてあのインクをしっかり破棄して、ゼトルに諦めなさいと言ってほしい。…………これは、あなた達への依頼です」
その依頼は受けるしかない。俺の世界とこちらの世界、両方に混乱をもたらしかねない案件だ。それを放置できるほど、俺は薄情じゃない。
リゼがゼトルと対面するって事態になる可能性は高く、そこだけがややこしいけど。でもやらなきゃいけない仕事だと思う。
「ごめんね。本当はわたしの不始末だから、わたしがこの手で片付けないといけないけど。さすがに、すぐにこの街から出ることはできない。だから、あなた達に任せます。……報酬は出すから、安心してね」
「それは嬉しいですけど……」
まあ、冒険者への依頼だもんな。ギルドを通して頼まないとな。別になくても、この頼みは受ける気だけど。
「師匠の個人的な事情だし、弟子のわたしが頑張らなきゃいけないのかもしれないけど、でもわたしにはルファちゃんの護衛があるからね。悪いけど、任せるわ」
「サキナさん…………」
昨日、ルファ達を放り出して戦地へ飛び出したのを反省してるんだろう。サキナは、今の自分の役目を全うするつもりらしい。
それで構わないと思う。サキナなりの真摯さなのだから。
「重ね重ね、お願いね。じゃあわたしは、そろそろ城の牢屋に戻るわ。ゼトルが私のこと調べようとするから、できる限り意味深で思わせぶりな嘘を言って引き伸ばすから」
その分、ゼトルがオロゾの捜索に着手するまで時間がかかるというわけか。戦法としては正しいんだろうな。
とにかく、次の方針は決まった。この街に潜む不穏分子にまつわる問題は一切解決してないけど、それは俺達が考えることじゃない。俺達がこの街に来た目的は果たせたし、次に向かう方向ぐらいは決まった。
ケイラニアが目の前から消える。瞬間移動みたいなものだろうか。
よく見れば、使い魔であるクルシャもいなくなってた。魔法を使うのは使い魔の方なのだから、近くにいた方がいいに決まってるよな。一緒に牢に入るんだろうか。いやまあ、話に聞く通りの使い魔なら、姿を消すなんてことも普通にできそうだけど。
なにしろ主人と自分を千年もの間生きながらえさせてきた使い魔なのだから。
「みんな。向かう街を決めよう。ミーナ達は海がある場所に行きたいとしか言ってなかったから、南部の海辺の街をいくつか探さないといけない」
カイがそう呼びかけた。
この国はどちらかというと南北に長い形をしてるけど、大きい国ゆえに東西にも広い幅を持つ。海に面した街もたくさんあるそうだ。
漁業が盛んな街に、海上交易で栄えた街。あとは大陸から離れた島の存在もある。ミーナとオロゾがどこにいるかは、しらみ潰しに探していくしかない。
もう港町からは離れた可能性もあるしな。目撃情報を集って足取りを追っていくしかない。
「ではどこから探しますか? いくつかの街には用事もありますので、馬車でお連れできますよ。というか、街を出る際は一緒に来てください」
地図を広げながら、ルファがそう言った。盗賊騒ぎはまだ続いていて、商人が普通に街に出るのは、まだちょっと危険だからな。馬車で運んでもらえるのはありがたいから、ここはギブアンドテイクといこう。
「ルファの交易ルート上にあって、それからこの街と近い方が探しやすいかな。手がかりが見つからなければ、だんだん西の街に向かっていく。本命はヴァラスビアからまっすぐ南に向った場所にある街だけど…………」
「では、アルスターの街はどうでしょうか。そこに向かう用事はありますし、大きな城塞都市です。港町としても有名だから、ミーナさんが向った可能性は十分にありますよ」
「アルスター…………アルスターか……」
ルファからその都市を提案されたカイは、少しだけうつむいた。考える仕草にも見える。けれど、一瞬だけカイが、表情を曇らせたようにも見えた。
「…………よし、行こう。きっとミーナは見つかると思う」
「カイ」
「いいんだ。行こう」
短く口をはさもうとしたユーリに被せるように、カイは言い切った。
なにが良いのかはわからない。何らかの事情があるのは確実だろうけど。
それを説明してくれる感じではないな。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。ザサル編、ひとまず終了です。
次回からまた新しい章が始まります。引き続き読んでいただけると喜びます。
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この週末だけ更新をお休みして、週明けの10/7より新章を始めたいと思います。
では今後とも、この物語をよろしくおねがいします。




