10-38 俺の大先輩
よし、一旦落ち着こう。いろいろな事が語られて、ちょっと混乱してしまっている。
まず俺達の目の前にいる女は、さっき城に連行されていったロライザという道具屋の魔法使いで間違いない。あとサキナの師匠だ。なんかすごい魔法で、牢から抜け出したらしい。けどその内戻ると言っていた。
彼女が捕まったのは、ゼトルの陰謀だ。奴はロライザが持ってるはずの、アーゼスが作ったという伝説のインクを狙っている。
そのインクをどうにか使えば、俺のいた世界とつながるらしい。そして俺と同じく、向こうからこっちへ連れてこられた人間が過去にいたらしい。
そしてそれを説明したロライザは、千年前にアーゼスから教えを受けた魔法使いにして、魔力を持ちながら魔法が使えないという性質からリゼに調べられていた伝説の人物、ケイラニア本人だった。
いくら本を読んでも記述がなかった人間について、よく知ってたのも納得だな。本人なんだから。知ってて当たり前だ。自称七十近い老人とか言ってたけど、それどころじゃなかった。千歳とかだろ? これってもはや、不老不死とかそういうのじゃないか?
そんな魔法使いなら、普通の人間がやってる監視なんて簡単に抜け出せるに決まってるよな。
いやそんなことより。
「あ……え…………? え?」
リゼは相変わらず硬直してる。そんなに驚いたのか。いや、俺も驚いてるけど。この場にいた全員が驚いてるけど。弟子だったサキナですら知らなかったことなのか、師匠を凝視していた。
それでも、驚いてばかりでは話が進まない。とりあえず聞くべき事を聞かないと。
「あの。ロライザ……じゃなくて、ケイラニア?」
「どっちでもいいわ。この千年でたくさんの名前を名乗ってきた。だから、どんな呼び方でもいい」
「じゃあ、ケイラニア……さん。あの。質問があります。アーゼスが連れてきたっていう、異世界の人間って、今は……」
「ここにいるわ」
ケイラニアは、腕に抱えている猫を見せる。まさかそれが人間? どう見ても猫だけど…………猫なのは俺も同じだと悟る。その経緯は別物だろうけど。
「向こうの世界で人生に絶望していた彼は、自分の容姿も好きではなかったのね。だからアーゼス様は、彼に新しい姿を与えた。猫の姿にして、わたしの使い魔にした。今でも定期的に姿と名前を変えているわ。今は年寄りの猫ちゃんだけど、子猫になったりする事もある」
にゃあと鳴く猫を、俺はまじまじと見つめる。クルシャというの名の使い魔も、俺を見つめ返した。クルシャの様子からは、彼が人間だった頃の様子など一切伺えなかった。
千年も使い魔として過ごしている間に、人間としての感覚は捨て去ったのだろうか。
「クルシャはすごい魔法使いよ。魔法がなかった世界から来たから、彼自身に魔力はないんだけど。体の中に魔力を持ちながら、魔法を使えなかったわたしと組めば、なんだってできた。今こうやって城の監視から抜け出せたのも、クルシャの魔法のおかげ。もちろん、わたしが千年も生きてこれたのもね」
「なるほど……」
現実感のない話かもしれない。けれど信じてみたい。俺だって、リゼを主人として似たような事になっているのだから。
「あの。俺は……」
口にしかけて、ためらった。自分の来歴を話したい。そいつと同じ、魔法のない世界から来た使い魔だって明かしたい。
けどそれをすれば、俺がこの世界に来た経緯を話さないといけなくなる。リゼが魔導書を盗んだってことを、この場の全員が知ることになる。
口を開くのをためらう俺を、クルシャはじっと見つめていた。それから、にゃあと鳴いてケイラニアの腕から逃れて。
「うわっ!?」
俺にじゃれついてきた。老いているのは見た目だけで、中身は普通に元気らしい。いままで大人しかったのも、外見に合わせる芝居だったのかな。
ぬいぐるみの俺の体よりでかい猫がじゃれついて来るのは、かなりの恐怖だ。クルシャに悪意は無いっていうのはわかるんだけどな。
「わー! ネコちゃん! コータをいじめちゃダメだよ!」
でまあ、その光景にようやくリゼも我に返ったのか、クルシャから俺をとりあげて胸に抱きしめる。助かった。いじめられてたわけではないけど。
ケイラニアもまた、自らの使い魔を撫でて大人しくさせる。
「久々に同じ匂いの魂に出会って嬉しくなった。彼はそう言ってるわ。フィレンツェの人間ではなさそうだけど、同じ世界の人間なのは間違いないって」
「フィレンツェ……」
イタリアにある有名な都市。そして、千年前にはすでにある歴史ある都市。
俺の人生にはなんの関わりもないが、知っている地名だ。それがケイラニアの口から出て、俺は確信を持つ。この猫は俺と同じ世界から来た。
「そう。フィレンツェ。神聖ローマ帝国の領土。使い魔さんには聞き覚えがあるようね。やはり同じ故郷ということかしら。コータさんは、どこから来たのかしら?」
「日本の……東京…………って言ってもわからないですよね。大和の国です。ジパング。えっと、中国……って国名じゃなかったんだっけ。とにかくフィレンツェから東に、アジアの国をずっと通り抜けて、海を渡った所にある国から来ました」
東京とフィレンツェが同じ故郷として並べられるのも変な気分だけど、クルシャという俺の大先輩はにゃあと鳴きながら頷いた。
当時の貧しい人間に世界地図が頭に入ってるとは思えないけど、なんとなくでも場所がわかったのだろうか。
「なるほどね。という事はコータさんは、普通の妖精の国をじゃなくて、魔法の無い国から来たわけだ」
「ぴぎ……」
「諦めろリゼ。今更隠せない。…………ええ。ちょっとした手違いで、いきなり呼び出されました。このバカに」
「はい…………バカですいません……。同意とかなしに、いきなり連れてきました…………」
リゼにしては珍しく素直だ。それどころじゃないって事だろうな。
そして俺がクルシャと同じ世界から来たということは、ケイラニアは俺の来歴も気にするだろう。どうやら、伝説の魔法使いが残した神秘のインクが無いと来れない場所らしいし。
今までは、リゼが魔法陣の書き間違いをして詠唱を間違えたから、変な風に世界がつながってしまったのだと思ってたけど。でも違うのかもしれない。
「コータは、使い魔召喚の魔導書を使って呼び出しました。その魔導書ですけど…………ゼトルの娘さんから手に入れた物です。彼女が持っている魔導書を、盗みました」
リゼは意を決したかのように、きっぱりと言い切った。




