10-23 街の反対側では
その少し前、街の西門にて。
盗賊が大量に出没するという異常事態でも、街の業務は滞りなく行われなければならない。この西門を守る兵士にとっては、不審な人物が街の中に入り込まないよう監視すること。
近年にない程の異常事態のおかげで、街を訪れる商人の数は減少傾向にあった。それでも来るものは来る。大きな街だから、絶対的な数はやはり多い。
この日も朝から門番達は忙しかった。盗賊の討伐隊は東側に行っているとはいえ、それなりの数の兵士や冒険者が先程、こちら側の門から出ていき沿道の警備を始めていた。そういう者達に守られた商隊が今も列を作っている。
商人が街に入る際には、商業ギルドの登録証を見せるのが普通だ。しかしたまに、旅の途中の商人を襲って馬車や積荷と共に登録証を盗む輩がいる。そしてそのまま街に入って、積荷を売り払う。
それを元手に市民に紛れて生活をしたり、あるいは数日豪遊した後で街の外に出て盗賊稼業に戻るかのどちらか。
いずれにしても犯罪行為だし、人殺しが市民に紛れるのも街の外で再度の盗賊行為を試みるのも、どちらも放置はできない。
その門番の兵士は、この仕事を長くやっていた者だった。商人のふりをした不届き物を見抜き捕縛したのも一度や二度ではない。そしてこんな情勢だから、ここ数日は特に注意をしていた。
彼に登録証を見せた商人は、一見して不審なところはない。着ているのは上等のものだし、少しばかりやつれた身なりも、長旅によるものだと考えれば普通の事だ。
けれど微かな違和感を兵士は見逃したくなかった。言葉の端々にある粗野な表現。まるで、荒くれ者がなんとか上流階級の真似をしているような。
「失礼だが、一応積荷も確認して良いだろうか」
「へい。構わないですよ。どうぞどうぞ」
「中身はなんだ?」
「食料ですよ。南の地方で取れる果実」
南の地方か。具体的な地名を言っていない。返事の仕方にもどこか品がない。不審感を強めながら、その兵士は荷台の後ろに回って覆っていた布を開ける。
その兵士が最期に見たのは、荷台の中で膝をついて弓を構え、こちらを狙った薄汚い男だった。
「おい! バレたぞ! 仕方ねえ徹底的に暴れろ!」
荷台で兵士が矢に貫かれたのと同時に、その商人は商人のふりをやめた。そして荷台に乗っていた仲間や、後続の商隊に指示を出す。後続の馬車にも盗賊仲間が乗っていた。それも大量に。
「門を壊せ! 兵士を殺せ! 好きなだけ暴れろ!」
そんな呼びかけに応えるように、盗賊達は野太い雄叫びをあげる。
突然の出来事に門番側の対応は遅れたが、それでも兵士達は阻止しようと試みた。数名は増援を呼ぶべく各所に走った。また門を閉じて侵入を阻止しようとした。
だが門が閉じられることは想定済。荷台から巨大な鎚を持ち出した盗賊達が、数人がかりで鉄の門を叩く。微かに金属のひしゃげる音がした。それを阻止しようとした兵士は、他の盗賊によってすぐに殺されていた。盗賊よりは兵士の方が普段の鍛え方が上とはいえ、数には勝てなかった。
鎚を何度か打ち付けることで、門が大きく歪み施錠をする機構が曲がったために、完全に閉めることが出来なくなった。さらに何度も打ち付けていき、増援の兵士が来たときには門は完全に取り払われていた。そして止めるものがいない中で、大量の盗賊が街に乱入していく。
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城門を守る兵士は行きも俺達を見送ってくれた者達だ。出発時とはかなり様子が違う俺達に驚いた様子を見せたけど、それにしても切羽詰まっている様子を見せた。
「街の西側で騒ぎが起こった。盗賊集団が街に攻め入って城門を破壊した」
兵士のひとりが、深刻そのものという様子で話す。おいおいなんだよそれは。詳しく話を聞きたいところだけど、大きな都市の反対側の出来事だ。ここまで情報がなかなか届いていないらしい。
探査魔法で見てみたけれど、当然ながら範囲外だった。
「ユーリ、走れるか?」
「ちょっと、休みたい」
一旦人間の姿に戻ったユーリが、建物の壁に寄りかかって座りながら答える。車輪がついた荷台とはいえ、かなりの重さの物を引きながら走ってたんだ。しかも戦闘しながら。そりゃ疲れもするだろうな。もし西側に行くとなれば、そこでも戦闘になる可能性が高いし。
疲れたと言うなら、カイだって走り続けてたんだ。すぐに新しい戦場まで向かわせるのはやめたほうがいい。
ということは、この討伐隊のほぼ全員が、すぐには動けないという事になる。
まさかとは思うけど、敵の狙いはこれなのだろうか。討伐隊が東側に行くことを敵は知っていた。だから待ち伏せをして熾烈な攻撃をくわえ、あわよくば全滅を狙う。けれどそれが果たされなかったとしても、しばらくは動きを止めることができる。
その内に本命である西側からの攻撃を行う。多くの兵士や冒険者が対処出来ない状態で、敵は街の中を好きなように暴れまわれる。
敵のやり方にまんまと嵌められたのかもしれない。となれば、やっぱりここで休むのは嫌だな。幸い、全然疲れてない奴もいるわけだし。
「うへー。ユーリくんが休むならわたしも休むー。戦いの後だもんね。休憩はしっかり取らないとにぎゃー!?」
「お前、荷台で座ってただけだろ。休憩ならもうできてるし、そもそも大して疲れてないだろ。いくぞ」
「やだー! 絶対やだー! ここにいるー!」
「リゼ、苦しい」
「リゼさん! 何やってるんですかユーリくんから離れてください! お尻叩きますよ!」
「にひゃんっ!? 叩きながら言わないでフィアナちゃん!」
その場から動かず戦わないという強い意志を見せたいらしいリゼは、あろうことかユーリの隣に座って、その体に抱きついてその場に留まろうとした。直後に、極めて個人的な感情からフィアナに制裁を受けて離したけれど。
ああほら。周りからの視線が痛い。変な奴らとしか思われてない。
「ほら、行きますよリゼさん。わたし達はすぐに動けますから。何が起こってるかはわからないですけど、とりあえず西門まで行きましょう」
「うう。フィアナちゃん厳しい……」
フィアナもまた、荷台に乗ってたから疲れてはないらしい。とはいえ、俺達だけで行くとしても西門までは遠い。歩いて行くとなれば、それこそ日が暮れる。
どこかで馬を調達するかなと思ってたところ、向こうからそれが来た。
「リゼさん! 皆さん! 大丈夫でしたか!」
狼化したフラウと、それに乗ったルファがやってきた。




