3-12 戦いの前に
野営地を村から少し離れたところにしたおかげか、寝ている間にオークがこちらに侵攻してくるのにぶつかるなんて事態にはならなかった。
まだ村にいるのかそれとも森の中の元々の集落にいるのか、それはわからない。
フィアナの村に侵攻しているという最悪のパターンについては考えないことにする。
とにかく、行軍二日目は順調に始まり順調に終わった。村の近くまでたどり着いたのだ。
ここまでオークには遭遇していない。冒険者のうち、斥候職の者を先行して行かせて俺達は一旦停止。その斥候が戻ってくるまでそんなに時間はかからなかった。
「オークが多数、村の敷地内にいます。今のところ行軍の準備をしている様子はありません。確認できただけでも数は三十。村の外縁部からしか確認できなかったので、総数は更に多いかと……」
斥候がガルドスに報告。彼は冒険者であり、ガルドスの指揮下にあるからこれが自然なことだ。もちろんこの報告は兵士や領主も聞いているけど。
「多いな。いや、村を壊滅させるほどの数ならばそれ以上は確実にいるはずだが……ほかに報告は?」
「村人と冒険者の生き残りが少数ですが確認できました。男は皆殺されて奴らの食料となっているようです。見た限り生きているのは女だけで、その」
「孕み袋か」
「はい」
少しだけ言いにくそうだった斥候をガルドスが助ける。その言葉の意味をはっきりとはわからないけどなんとなく察することができる。リゼやフィアナに尋ねるのは躊躇われそうなことだな。俺の想像通りの答えで満足しておこう。
「とにかく、こっちはオークどもよりも数が少ない。どうやって戦うか」
その場にいるほとんど全員にとっての悩ましい問題をガルドスが口にする。
可能な限り人員を集めてきたが、それでも足りない。森の中から遠距離攻撃で可能な限り数を減らしながらこちらに誘い込み、姿を隠しながら倒していくなんていうゲリラ戦法のような戦い方も出たところでリゼが前に出る。
「はい! わたしがなんとかしちゃいます!」
もうちょっと真面目な入り方はなかったのかと問い詰めたいところだがもう遅い。仕方がないからやばくなるまでは喋らせよう。
周りから、なんだこいつはというような視線がリゼへと向かう。そりゃそうだ。リゼは昨日ギルドに入ったランク10の新人だ。この大変な状況をなんとかできる人間とは思われていないだろう。リゼのことをある程度知っているカイたちはなんとなくわかったというような表情をしてるが。
「見ての通り、わたしはすごい魔女なんです! まあ別に、魔法使いの名門の生まれとかじゃないんですけど。クンツェンドルフ家とかとは全然関係ないんですけど」
「おい。真面目にやれ」
「そうそう。この子がわたしの使い魔のコータ。なんとしゃべることができるんです」
自由に喋らせたら、案の定自分の素性を明かしかけたから口で制する。リゼが魔法使いっていう素性を明かしたからには、俺も使い魔であることを隠すことはないだろう。人前で堂々と動いてしゃべる。
そう、しゃべった。使い魔が話すことができるという例は少ないというのはこの世界の人間にはある程度知られていることらしくざわめきが起こった。そこまで高レベルな使い魔を持っているということは、この少女は本当にレベルの高い魔法使いではいかという思いが広がっているように見えた。
これはいけるかもしれない。リゼにさえ任せなければ。俺が代わりに話しを進めれば。
「大丈夫です。俺とリゼの力があればオークがどれだけいようと負けることはありません」
「ねえフィアナちゃん。なんでわたしのお尻触ってるのかな?」
「リゼさんが下手なこと口走ったら思いっきりつねって黙らせるためです。しゃべるのはコータさんに任せましょう」
「うぐぐ……」
俺の意図を読み取ったのか、フィアナがリゼの隣に立ってくれている。ありがたい。俺たちっていいチームだよな。
リゼのことはフィアナにまかせて俺は話しを続ける。
「俺が本気を出せば村全体を焼き尽くすことだって不可能じゃないと思います。……たぶん」
やってみたことはないけれど、これはきっと嘘じゃない。本気で集中して炎魔法を使えばこれはできると思う。
フィアナも自信たっぷりにうなずいているし、リゼも口を開くまいとしながら首だけ動かしている。あとはこれを、みんなが信じてくれるかどうかなんだけれど。
「すばらしい! ぜひともそれをやってくれたまえ!」
食いついた。よりによって領主が。端整とはいえない顔で気持ちの悪い笑みを浮かべながらこちらを見ている。
「それは本当なのか? だったらすぐやろう。村ごとオークを燃やしてしまえばそれでおしまいだ!」「待ってくれ領主様。まだ村の中に生きている者がいます。それを見捨てるわけには」
ひとりで盛り上がっている領主をガルドスが慌てて遮る。村ごと焼き尽くすというのは俺達にとっても避けることだからガルドスの頼りがいが嬉しいところ。だが領主は頑なだった。
「必要な犠牲だ! それに孕み袋にされた女どもも、下手に生きながらえるよりはここで殺してしまったほうが楽になるだろ!」
「あの! 焼き尽くす以外に方法が!」
領主以外の人間全員が領主に不信感を抱いている。領主の連れてきた兵士たち含めてだ。これ以上領主に喋らせると士気に関わる。というわけで再び口を挟む。
「捕まった人たちは救います。それからオーク達もみんな殺します。俺達にまかせてください」
それから十数分後。俺達はようやく村に着く。なるほど大勢のオークがいて、それぞれになにかしていた。ただ寝ている者や、己の破壊衝動のままに村の建物に棍棒を打ち付けてる者。それから、捕まえた女に非道な行為をしてるのも。
孕み袋に対する俺の解釈は正しかった。見ていて気持ちの悪くなる光景だが、俺達はその中に入っていかなきゃいけない。
「こんにちはー。村を取り返しに来ました」
村の中にリゼの緊迫感に欠けたような声が響き、オーク達が一斉にそちらを向く。
巨大な狼に変化したユーリの背中に、カイとリゼ、それと俺が乗っている。そして堂々と村の中に入っていく。
当然ながら、獲物の登場にオーク達はいきり立った。見える範囲にいるオークすべてがこちらに向かって走ってくる。
よし、始めるか。