10-17 街の東側
ルファのありがたい申し出を感謝して受けつつ、その日はお開きとなった。
ゼトルの動向を知りたいのは、彼が俺達を見つけるかもしれないっていう危機感からだけではない。不穏分子がなにか行動を起こすとして、首都政府の要人である彼が巻き込まれる事態は望ましくないからな。
ヴァラスビアの時みたいに、政府の要人が人質になる展開は、事態への対処が困難になってしまう。あの時は城攻めのために、頼りになる援軍を用意できたけど、動く木の魔法をこの街で使うことはできないし。
できればゼトルさんには、さっさと用事を終わらせて速やかに街から出ていってほしいな。ロライザへの用事も不発に終わったようだし。それが本人にも、俺達にとっても都合がいい。
残念ながらそんな願いを向こうが把握してるはずもなく、試しに探査魔法を使ってみたら、彼は今日も城の近くの宿屋に滞在していた。
さて翌日。リゼは今日こそ、自分の性質についてロライザに尋ねるのかと思ったら…………。
「よしコータ! ここでエクスプロージョンだよ!」
「森林火災起こす気かバカ」
「あー! バカって言った!!」
「何度でも言ってやるバカバカ!」
「わーん! コータのバカー!」
なんとも低レベルな言い争いをしながら、俺は心の中で風の刃の魔法を詠唱。直後に現れたそれが木々の間をくぐり抜けて、盗賊の体を縦に真っ二つにした。
この日は朝から盗賊退治。ギルドの掲示版いっぱいに張り出されていた依頼書から、あんまり大変そうでなくそれなりに稼げそうな奴を見つけて、受けて実行する。数人程度の盗賊団をひとつ壊滅させて依頼は完了だ。
本当は今日こそ、ロライザのお店に言って本当の事を聞くべきなんだけど。リゼは、ロライザさんにその判断ができるかもはっきりしないから、もうちょっと様子見と言っていた。
確かにロライザはケイラニアに詳しいだけで、本人がそういう体質とかではない。リゼの言ってることも正しいかもだけど、結局はそれも逃げの手でしかない。
この日俺達が退治した盗賊団が出没していたのは、街の東側の地帯。ここからしばらく東に目を向ければ、別の領地を二つほど越えると国境にたどり着く。つまり別の国だ。そしてその領地には城塞都市は無く、小さな街があるだけ。
つまり東門からザサルに入っていく商人、特に大きな商隊は、隣国からの交易品を持ってきている事が多い。積荷によっては、国の政府が関わってる物もあるかも。それが盗賊に奪われたとなれば、下手をすると国際問題になる。
そうじゃなくても国際交易で扱う品は、全体として高価なものになる傾向がある。盗賊や、それを背後で操る黒幕だってそんなことはよく知っているのだろう。そんな事情で、ザサルの東側に特に盗賊が多く発生しているらしい。
俺達冒険者にとっては稼ぎどころだな。実際、他の冒険者の姿が探査魔法によく映っている。当然ながら彼らについてはよく知らないが、どうやらこの街で長らく戦ってきたベテランも多く参戦してるらしい。
もっとも、全員がそうってわけじゃないらしいけど。依頼が多いという事で稼ぎ時と、多くの冒険者が判断したようだ。所詮は知能の低い盗賊と、そこまで経験や実力のの無い駆け出しの冒険者も討伐任務を受けているらしい。結果として返り討ちに遭い、命を落とす場面も見た。探査魔法で遠くを見てると、そんな光景にはよく出くわす。
そもそも今回の盗賊団は普通じゃないからな。統率が取れているようにも見えるし、装備もよく見ると整っている。油断してかかると痛い目を見る。ベテラン冒険者にも数人の犠牲が出ているらしい。
そして多くの冒険者達が動いてるにもかかわらず、盗賊による被害は増える一方。つまり、商人が死んで積荷が奪われる。その分、城壁内の経済に影響が出る。
それから冒険者が受けるべき別の依頼の達成もおろそかになってきた。田畑を荒らす危険な野生動物の退治とか、森の中の危険な領域にある資源の採取など。そういう市民の生活も、じわじわと脅かされていっている。
「なんか、雰囲気暗いねー」
「そうだな。みんな不安なんだろうな」
「怖いからって、逃げ出す事もできないもんね」
「下手に街の外に出たら、盗賊に襲われそうだもんな」
その日の夕方、リゼと一緒に買い出しで街を歩く。街の中心にある市場なんて、一番活気があって良さそうな場所だ。実際、数日前に来たときはもっと人が多く賑やかだった。今は人通りが少なく、どんよりとした雰囲気が通りを覆っている。
城壁の外でならず者が数日暴れただけで、こんな風になるのか。いや、暴れる程度が問題だったのだけど。
国中から盗賊が集まってきて、もうすぐ城門を破って街の中に攻め込んでくる。そんな噂がまことしやかに語られていた。誰が発生源かは知らないけれど、少なくない数の人間がそれを信じて、家に引きこもり守りを固め始めている。
「人がたくさんいる街って、それだけでずっと明るい物だって思ってたよ。少なくとも、首都にいる時はそうだった」
「そうか。まあ街の人も、個人個人が落ち込んでたら仕方ないさ。その個人が集まったのが街だからな。いつも楽しい気分ってわけにもいかないさ。リゼだって、落ち込むことはあるだろ?」
「えー? なにそれコータ、まるでわたしが、いつもは能天気で落ち込まないみたいな言い方じゃん」
「まさにそれだよ。お前、人生のほとんどの時間がバカじゃないかぐえっ」
本当の事を言ったのに、リゼは俺の体を掴んで締め上げる。理不尽だ。苦しいから離せ。
まあリゼの性格が基本バカなのは間違いないにしても、最近のリゼはこの街と同じで気分が沈んでいるように思える。
このバカが自分の才能の無さのために、いままでどんなに辛い人生を送ってきたのかは、なんとなく聞いている。けれど聞いて知るのと、実際に見るのとは大違いだ。
こいつがバカで現実から目を逸らそうとする性格なのは、直視した所でどうにもならない現実に曝され続けていたからっていうのもあると思う。
だから逃げました。違う世界の無関係な人間をひとり巻き添えにして。そんなことが許されるというわけでもないけれど、それでも俺はこのバカとそれなりの間を旅をしてきたわけで。なんとなくその気持ちを読み取ることはできる。
盗賊相手に派手に暴れようとした昼間の行動も、あれは空元気だ。見たくない現実に対して、また気持ちを逸らすためのものだ。
そんなリゼを救ってやりたいという気持ちは、俺にも間違いなくあった。




