10-14 使い魔がいた世界
本人が言ってるのだから間違いないのだろう。サキナも不審がってないから正しいのだろう。目の前にいる若い女が、ロライザという凄い魔法使いだ。凄いとか優秀だってのは、伝聞でしか聞いてないからわからないけど。
お客さんだからお茶を出さなきゃと、鼻歌混じりに言いながらロライザはお店の奥に引っ込んでいく。その隙にリゼが尋ねた。
「あの。サキナさん。ロライザさんって一体おいくつなんですか?」
「教えて貰ったことはないのよね。でも経歴から計算して…………大体七十ぐらいかしら」
「えー」
それは信じられない。もしかして魔法で年齢を誤魔化してるのだろうか。きっとそうに違いない。
ややあって、ロライザがティーカップに入ったお茶を持ってきてくれた。
「さ、どうぞ。召し上がれ」
「あ。ありがとうございます。いただきます」
「使い魔さんもどうぞ?」
「いえ。俺は飲めないので…………」
「あらあら。もしかしてあなた、人形に憑依した種類の使い魔?」
「ええ。そうです。見たとおり、リゼの持ってた人形に。魂だけこっちに送られてきてしまって」
「そうなのねー。かわいい」
体がぬいぐるみなのは、よく見ればわかること。ロライザはなるほどなるほどと頷いて、それ以上は特に何も言わなかった。かわいいって評されたのは、なんか気になったけど。
いやそれよりもだ。俺やリゼにとって重要なことは、俺が飲み食いしなくてもなぜ生きていけるかという疑問への回答だ。そして、その答えを握るのがケイラニアという歴史上の人物で、ロライザはその人物について多少なりとも知識があるという話だ。
というわけで、さっそく尋ねてみる。ケイラニアについて知っているかと。すると、ロライザは俺とリゼの瞳をじっと見つめだした。
まるで、俺達の心の中を読もうとしているように。俺達が秘密にしないといけないことを探るように。
「なるほど。なんとなく事情はわかりました。ケイラニアねー。もちろん知ってるわよ。このザサルの街が、本当に小さな田舎町だった頃にいた魔女だから、伝えられてる情報は少ないけど。あるいは、後世に創作されて伝わってる事も多いから、何が正しいのかわからないってこともあるけど。でも、できる限りは伝えます」
「お、お願いします」
そしてロライザは語り始める。
千年前、ザサルというこの地方は城塞都市などではなく、本当に小さな街に過ぎなかった。ザサルが大きく発展し国の第二都市にまでなったのは、今から四百年前に王族のひとりが独自に国を立ち上げここを首都と決めたのがきっかけだ。
今に続く不穏分子問題の歴史だけど、それ以前のザサルは、これといった特徴のない街。
そしてそこに、ケイラニアという女は生まれた。親は貧しい農民。ザサル在住とは言っても、住んでいたのは街から離れた農村地帯だったという。当然ながら、名字を持つような身分ではない。
「え? じゃあロザヴァトスっていう名字は?」
「アーゼス様につけてもらったそうよ」
「アーゼスに?」
「そう。アーゼス様は、ケイラニアの素質を見抜いていた。同じ魔法使いだからかしら。それとも、アーゼス様が特別だったからかも」
少なくともケイラニアには、魔法使いとしての素質が発現することはなかった。
魔法使いの血筋以外から突然変異的に魔法使いが生まれることはたまにある。そしてそれは、例えば無意識に火や風を起こしてしまうなどの現象の発生により発覚する。ケイラニアにはその手の現象は無縁で、自身の魔法の才覚など夢にも思わず、ただの農民として生きていた。
そしてケイラニアが十六歳の頃、転機が訪れる。ザサルにアーゼスが訪れた際、他の伝説でも多く語られている通り、彼はこの地でも民の話に耳を傾けてこれを助けたという。
その途中、ケイラニアを見かけた。そして彼はこう言った。「君は魔法使いだね。けどこのままでは魔法が使えない」と。
「アーゼス様は、ひと目見ただけでケイラニアの才能を見抜いた。それに必要な物も。それから彼は、使い魔の召喚の儀式を行ったとされるわ」
「使い魔って、そんなに昔からあったんですか……」
「ええ。ただし、今とは少し違った方法だけど。当時は紙でできた召喚の魔導書なんて存在しなかったの。代わりに石版をいくつか用意して、そこに術式を書いていく。地面にも魔法陣を書いて、そこにさっきの石版を決まった形に置いていくの」
「そんな事やってたんですか。…………よく知ってますね」
「これはケイラニアの場合に限らず、当時の使い魔召喚の一般的なやり方。もちろん手間がかかる方法だし、手順も複雑。当時これをできた魔法使いなんて殆どいないと思うわ」
それを、立ち寄った村であっさりとやってしまうわけだ。アーゼスという男の偉大さは、そこからも垣間見える。気軽にやることじゃないもんな。
「ケイラニアの使い魔って、どんな姿をしていたんですか?」
「それは……残念ながら、伝わっていないわ。一切わからない」
「そうですか。ちなみに昔の召喚術も、妖精の国から使い魔が来るので間違いないんですよね?」
「そうよ。どうして?」
「えっと…………」
妖精の世界じゃない世界からくる使い魔を知っているから。もしかしたらそういう例もあるんじゃないか。リゼはそんなことを知りたかったのだろう。ちらりと俺の方を見る。
もしかしたら、俺が元の世界に帰る方法を気にしてるのかも。なんとなく、そんな気がした。残念ながらそのヒントは得られなかったけれど。
「えっと。なんとなく気になっただけです。ほら、使い魔っていろんな姿してるじゃないですか。だから、もしかしたら元いた世界は一つじゃないかもって思って」
「ふふっ。なるほどね。おもしろい考え方だわ。…………偶然ね。さっき来てたお客さんも、同じこと話してた」
「ぜ…………そのお客さんって、どんな人ですか?」
危うくゼトルといいかけて、リゼはなんとか堪えた。ロライザも気付いていないようだ。
「首都の魔術院の幹部よ。昔の知り合い。あなたの考えと同じように、妖精の国を以外から使い魔を呼び出せないかって考えてるの。それで、わたしに意見を求めに来た。…………わたしが話せる事はないし、彼の研究にも興味ないから、あんまり話は聞かなかったけどね」
その実例がここにいるのだから、ゼトルの考えは正しいと言える。魔法陣の描き方をちょっと間違えたらできてしまったぞ。それも、あんたの家の魔導書で。




