10-10 新米女商人再び
ルファ率いるライランド商会の馬車が、ザサルの街に商売に行く途中のこと。探査魔法で、少し向こうで待ち伏せしている盗賊を見つけて立ち往生していた。
このまま突っ切るという選択肢は、さすがにありえない。ずっと止まったままというのも厳しい。しびれを切らした敵が襲ってくるかもしれないから。
事実、足を止めたこちらに対して、盗賊達は顔を見合わせ対応を考えている様子らしいし。あくまでサキナにそう見えてるというだけだけど。
だったら引き返して、別の方向からザサルを目指すべきだろうな。でも盗賊はこっちを狙っている様子だから、下手な動きをすれば追いかけて攻撃してくる事も考えられる。簡単に諦めてくれる相手じゃなさそうだから…………。
自分の判断に、共に旅するふたりの命運もかかっている。ここは商会の会長として、立派な商人として、正しい判断をしなければ。
ルファはそう覚悟を決めて…………。
「ルファちゃん。ここは素早く方向転換しつつ、一目散に逃げましょう。敵が動いたら、わたしが遠距離魔法で仕留めるわ」
「わたしもそれがいいと思います。もし追いつかれたら、その時はわたしが威嚇してなんとかします。……最悪、戦ってもいいです」
「ふふっ。フラウちゃんってば頑張り屋さんね。でも無理はしなくていいわ。血なまぐさい事はお姉さんに任せないな」
「あ、あの。ふたりとも……出来ればわたしが判断して動きたかったのですが…………いえ、いいです。なんでもないです……」
サキナの提案で行くしかないだろうというのは、ルファにもわかっていた。進むことも止まることもできないなら、さっさと引くしかない。
不満があるとすれば、そういう判断は会長である自分がすべきではということと。
「ふふっ。大丈夫よ。盗賊なんかに、ルファちゃんの体を好きになんてさせないわ。ルファちゃんはわたしの物だもの」
「だから! 怖いんですけどサキナさん!」
この頼れる仲間の魔女が、どうも不純な動機で協力しているらしいのが気がかりというか。別に悪い人ではないし、信頼できる相手ではあるのだけど。でも会長としての威厳が…………。
そんな気持ちを抑えつつ、ルファは馬車の方向転換をしようとした。その時である。
真昼でもわかる、あまりに明るい光源。巨大すぎる火球が空を駆け抜けた。
魔法使いが使うファイヤーボールらしいとは思う。そしてあんなのを使える魔法使いは、そう多くはいないだろう。
「あら? あのぬいぐるみの使い魔の魔女ちゃんが近くにいるのかしら?」
「かもしれませんね…………」
「わたしの探査魔法には、あの子達の姿は引っかかってないけどね。けどあの子の探査範囲には、わたし達が映ってるのかも。それで、自分達の存在を知らせるためにファイヤーボールを撃った」
「なるほど。リゼさんの魔法はすごいですからねー」
「もしかして、ユーリも一緒に?」
「わたしからは見えないけど……いるでしょうね」
「そっか…………」
その声色に混ざる嬉しさを、フラウは隠す様子もない。それはいいとして、あの頼れるパーティーがこっちに近づいているということは。
「わたし達に近付くなと警告しているのでしょうか」
「そうかもね。でもあの子達がわたし達を見てるなら、止まってる様子も見えてるはず。なのにわざわざこんな事をするということは……」
「止まってほしいわけじゃないってこと? 例えば、挟み撃ちにして敵を倒すとか?」
「やるじゃないフラウちゃん。そういうことよ。それか、せめて盗賊どもの注意をひきつけておいてって事かも。どっちにしても……さあルファちゃん。ゆっくり前進しましょう」
「ですから、判断を下すのはわたしが…………まあいいですけど……」
「大丈夫。わたしのかわいいルファちゃんは、何があってもしっかり守ってあげるから」
「やっぱり怖いですよサキナさん!」
味方に背後から襲われそうな恐怖に身をすくませつつ、方向転換をやめる。そして馬をゆっくりと前進させていく。
前に盗賊後ろにサキナ。なんともまあひどい状況だ。
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探査魔法で見るルファ達は、俺達の希望通り前進を続けた。それもゆっくりと。これなら、ユーリの足で盗賊団に接触するまで余裕がある。
止まってから再び動き出した商人に、盗賊団は多少は混乱しているように見える。あと、急に頭上を横切った火球にも。
このまま当初の予定通り襲っていいものか迷っているのだろう。あからさまに怪しいもんな。そして、怪しめる程度の知能を持ってる集団だということだ。頭が悪すぎて街から飛び出したタイプの盗賊集団ではない。
とりあえず、奴らは様子見という判断をしたようだ。その間に、俺達は奴らを攻撃できる。
「ユーリ。森の中に。この前と同じように、木々に隠れながら近付いて殺す」
カイの指示通りに、ユーリは木々の間に入り込んでいく。ある程度まで盗賊共に近付いて、それから速度を落としてゆっくりと迫っていく。敵はまだ、こっちの存在に気付いていない。
この距離まで来れば、サキナの探査範囲に俺達も入ったはずだ。白い影で表示されるサキナが、虚空に向かって手を振ってるのが見える。俺達が見えてるってメッセージなんだろう。
「おいリゼ。サキナに向かって手を降ってやれ。静かにな」
「え。うん。おーい、サキナさーん。リゼだよー」
盗賊に見つからないように小声で。というか、向こうに声は届かないから無言で振ればいいのだけど。でもリゼならこうするって気はしてた。
とにかく、これで向こうとお互いの存在を確認できた。会話はできないけど、まあいいだろう。囮の役目を果たして、ちゃんと生きていればそれでいい。
そうこうしてる内に、敵を視認できる位置まで来れた。道を挟んで五人ずつ。その片側の五人全員が見える。
敵は未だにこっちを認識していない。さっきの火球は一度意識の外に置いたのか、側面から攻撃される可能性を考えてすらないようだ。
フィアナと小声でやりとりして、それぞれ狙いを定める。フィアナは、盗賊達の中で一番年齢の高く強そうな男に。多分それがリーダーだから。そして俺は、それ以外の男を風の刃一発で可能な限り仕留める。
フィアナが矢を射て、リーダーと思しき男の首を貫いた。俺もすかさず詠唱して、見えない刃で男をふたりまとめて殺す。




