3-11 行軍の途中
村までは歩いて丸一日ほどかかる。つまり途中で野営をして、着くのは明日の朝。馬なんかを使えば当然早く着くだろうが、人数分を用意するなどできるはずもない。足並みを揃えるために結局は徒歩の速さの行軍だ。
馬は人数分は無いわけだが、この軍には一頭だけ存在する。それは今領主を乗せて歩いている。まあ、街で一番偉い人間だし騎馬もするだろう。威厳のかけらもないような外見なのに服装と態度だけは尊大さを表しているこの権力者は、この集団の中でも特に目立っているように見える。
「ていうか、なんで領主様がついてくるんでしょうね。邪魔なのに。後ろから殺したい」
行軍の隊列は前に領主と兵士達。その後ろに冒険者達が続く。いつもより辛辣な気がするフィアナは確かに、その気になれば領主を射殺せる位置にいる。やったら大変なことになるしそれは止めるけど。
「普通に考えれば、自分の兵士は自分で指揮したいとかかな? 邪魔だけど」
「邪魔ですよね。殺しましょう」
「まあまあ。ふたりとも落ち着いて」
カイもフィアナに同調しているように思えて、リゼがなだめる役になってしまってる始末だ。ふたりともこの領主の悪行をよく知ってるから、いざ目にすると殺意を抱いてしまうものなのかもしれない。でもフィアナは村出身だってこと隠すの忘れるなよ。
まあでも確かに邪魔ではある。大群の指揮官気取りなのかもしれないが、隊の先頭を馬に乗って歩くというのはどうなのだろう。指揮官ってもっと後方にいるのが普通な気がする。
なんにせよ先頭にいるわけで、前を向けば自然とあの背中が目に入る。どう考えても邪魔ではある。
邪魔ついでに領主が引き連れている兵士たちを見る。
ほぼ全員が同じ装備だ。簡易的な鎧を着た男達。手には槍、腰には剣という武装。これがこの領主が持っている兵士達であり、平時は領の平和を外敵から守る仕事をしている。
しかしギルドの設置により維持費がかかる軍隊は削減の方針をとられていて、その結果としてこの人数だ。まあ、外敵といえばオオカミとかの獣害がほとんどで、他の領地から戦争を仕掛けられ軍が攻めてくるみたいな時代でもないからこうなるのは仕方ないとはカイも言っている。
「これが国境近くの地だったらそうもいかないんだけどな。でも、ここは極端に少ないけど地方の領主なんてみんな大した兵力は持ってないものだよ。…………ああでも、騎士はひとりぐらいいたほうが良いって言われてる」
騎士。さっきもその言葉は聞いた。
「主君に忠誠を誓った特別な兵士だ。ただ雇われているだけの他の兵士とは少し立場が違う」
騎士という言葉なら俺の世界にもあるが、それとはまた微妙に異なる考え方の存在なのかもしれない。まあ俺も、騎士が実際どんなのかはわからないのだけど。
前方を見る。他の兵士たちとは明らかに違う装備をした者。全身を守る立派な鎧に大きな盾と剣。今はこちらに背を向けているが、先程その姿は目にしていた。演説する領主を守るように立っていたひとり。
俺達よりは年上だが若い女だ。おもそうな鎧を着こなせるのだから、それなりに立派な体格をしているのだろう。
「レオナリア・ニルセン。あの女がこの領唯一の騎士だ。ニルセンの家は代々領主に仕えていて騎士の座も世襲している。彼女は両親を早くに亡くして、かつて騎士だった祖父は今も生きてるが年には勝てず現役を引退した。だからレオナリアが若くして騎士の称号を手に入れた。それでも他の兵士とは比べ物にならないような強さで統率力も高い」
そんな人間を連れてきているというからには、領主もやはりオーク討伐にはそれなりに本気を出しているということなんだろうな。
それでもなにか引っかかる。
「そんなに優秀な騎士がいるなら、領主自らオーク討伐についていく必要ないんじゃないか? その騎士さんに指揮も戦いも任せればいい」
俺が疑問を口にすると、みんな確かにと言いながらも領主の意図は読めないままであった。
予定通りその日は野営で野宿。兵士も冒険者達も地面の上に寝転がり星を見ながら寝るのに、領主はといえば簡易的ながらもテントを用意していてその中にいる。支配者層が下々の者と枕を並べて寝るのはまずいという考え方はわかるが、それでも全体の指揮が下がるのではと不安になる。
レオナリアという騎士を中心にして、兵士たちがテントを守るような形で並んで交代で見張りをすることでこの夜を明かすらしい。じゃあ見張りは兵士たちに任せて、冒険者の俺達はゆっくり眠らせてもらおうか。
「ねえコータ。さっき言った魔法、教えてあげるね」
ああ。そういえばそんな話しもしたな。
野営をしている焚き火から少し離れた場所で、簡単な魔法講座だ。ファイヤーアローだっけ。地面に大きめの石を三つ置いて、これを標的にする。
「基本的にはファイヤーボールと同じ。炎を集めて敵に向かって撃つ。詠唱は"炎よ集え。燃やし、貫け。ファイヤーアロー"簡単でしょう? じゃあ私がお手本を」
「いやいい。どうせ失敗するし」
「うぐっ! そ、そりゃこれまではうまくいかなかったけど! でも今度は奇跡的にうまくいくかもしれないじゃん!」
「うまくいったら奇跡的って、やっぱり駄目じゃないか。ほらお前が撃ったように見せたいんだろ? はやく手を前に出せ」
「さっすがコータ! よくわかってんじゃん」
怒ったり喜んだり忙しい奴だ。笑顔になって石の方に両手を広げて向ける。最初にオークと戦った時の、杖なしでの魔法を撃つスタイルだ。
「炎よ集え…………」
いつものように、リゼの手の前に炎が出来上がる。
「いい調子。この炎を矢とか、大きな針みたいな形にするって想像するの。そして目標に向かって撃つ。撃ちたい相手を見る。複数の相手を同時に意識すればその全部にとんでいく」
リゼの言葉に従ってイメージしていく。そして少し離れた場所にある複数の石にそれぞれ目を向けて。
「燃やし、貫け! ファイヤーアロー!」
リゼの手にできた炎の矢が複数本に分かれて、それぞれ石に飛んでいき直撃。近づいてその石を見てみたら穴が穿たれていた。炎の熱さで溶かしながら刺さる。そういうものなのだろう。
生き物に対して使えばもっと威力のある技のはずだ。そして感覚的に、もう少し多くの標的でも同時に捕捉はできるという手応えもある。これなら多数のオークを一気に殺すこともできるだろう。
「やったねコータ! やっぱりわたし達は最強だよね!」
「ぐえっ」
俺の魔法に満足したのかリゼが抱きついてくる。わたし達じゃなくて、ほとんど俺一人の力なんだけど……まあいいか。