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9-38 鉱山から街へ

 監督長がいない理由はわかった。では、他の労働者の数も少ない理由はなんだろうか。


「みんな、監督長に感化されたんだよ。俺達も告発しに行くって。あの空飛ぶ馬のねえちゃんが、男を連れ帰りに来ただろ? それにみんなついて行った。みんなでゲバルの悪事を問い正そうって」

「なるほどマルカに。……あの人、困ってませんでしたか?」

「困ってたな。というか慌ててた」

「な、なんなんですのあなた達は! そんなふうについてこられても、わたくし……困りますわ! …………みたいに?」

「おお、うまいな」


 リゼが急に披露してきたモノマネはまあいいとして、鉱山に労働者の数が少ない理由がわかった。

 労働者達は自発的に考えて動いたのだろう。全員がそんな考えってわけではないかもしれないけれど、労働者の集団としてそんな考えに至った。そして団結することになり、街に大挙として戻っていく。白馬に乗った女を先頭にして。

 そりゃマルカは困るだろうな。


 残ったのは、中間管理職的立場で現場を預からないといけない監督達と、自発的に動くことを許されない奴隷。というわけだ。


 まあこれも、悪いことじゃない。ゲバルを糾弾してくれる人間は多いに越したことはない。そんなに多くの人間に囲まれてる状況なら、あの男も日和って証言を翻すなんてこともないだろうし。


 で、最後に。イノシシが少ない理由については。


「ほとんどは街の方に走っていった」


 少し困ったという風に、現場監督のひとりが簡潔に言った。なるほど。それは困る。


「あなた達はここにいてください。たぶん新しい獣は来ないはずですから! よしみんな街に急ごう!」


 カイが慌ててたように号令をかけて、俺達もそれに従う。すぐさま狼化したユーリに飛び乗り、街へと走っていく。


 イノシシは鉱山で人を探したけどいなかった。人間の匂いは十分にあったのに。だったら次にどこに向かうか。

 労働者達はこの鉱山と街とを繋ぐ道を毎日使って、家と職場の行き来をしている。それはこの鉱山に限らない。どの鉱山へも、途中で枝分かれしてるだけで街から伸びる道は一本だけ。

 人の匂いが染み付いた道だ。イノシシはその道を探り当てて、餌を求めて街に大挙して押し寄せる。というか、既にそうなってるらしかった。


 探査魔法で見たところ、街へ続く道を大量のイノシシが走っている。さっき見かけた、山の主らしい巨大イノシシもそこにいる。

 幸いにして、マルカが引き連れていた労働者達は既に城門をくぐっているらしい。他にこの道を歩いている人間もいなかった。

 城塞都市なら、イノシシ相手でも戦う力はあるかもしれない。けれどあの巨大イノシシなら城門は破れそうだし、そうなればある程度の被害が街に出るのは間違いないだろう。

 そんな相手に俺達が立ち向かって勝てるかどうかはわからない。けど、何もしないわけにはいかない。急がないとな。



――――――――――――――――――――



 シュリーは今、城主の補佐官と対面していた。これほどの規模の城塞都市なら、補佐官も複数人いるだろう。

 その末席の人間かもしれないけれど、城主に直接意見を言える人間なのは変わりない。見た目から伝わる貫禄もなかなかのもので、それなりに城勤めの経験を積んできた初老の男という印象だ。


 あの弱気なお姉さんに伝えたところ、この男に通された。近い上司らしい。あのお姉さん、あれでそれなりに地位は高いのだろうか。

 まあ、首都から来た役人の対応を任せられるんだ。下っ端の人間ってわけにはいくまい。


「ええっと。今回の要件ですけれど、あたしの仕事とは少し範疇が違いまして。近頃街に流れている噂についてなんですけれど……」


 街の貴族の背任行為など、歴史学者が首を突っ込む話ではないと言われるかもしれない。だからこそ、慎重に話を進めていく。


 リゼが盗んできた、人肉を干したものも渡した。この男は高い地位にいる人間だから、世の中の雑事に関しての知識もそれなりに豊富。

 シュリーのよく知らない、ハスパレなる植物についても知っているようだった。手にとった肉が、一般的に食用とされる動物の肉とはなんとなく質感が違う物だともわかるらしい。

 流石に人肉については詳しくないだろうから、これが本当に人から取った物だとは確信してないようだけど。


「あとは、証人がもうすぐ街に来ます。行方不明者と言われてきた男です。彼もこれと同じ干し肉を持っています。ゲバルの家の、将来の当主から渡された物と、彼は証言するでしょう」


 そう言い切ったシュリーと、難しい顔をする補佐官。民衆の間に流れてる噂を容易に信じろとは言えないよな。そうでなくても、ゲバルはこの街の産業の根幹を担っている。それに対する不祥事となれば、街全体が揺らぐことになるだろう。かといって無視もできない。この現状に不満を持っている民衆は多く、放っておけば暴動になりかねない。これを権力者の威光だけで鎮めるというのも難しいし。


 そして、どうも手遅れなようだった。城の外が騒がしい。城内も、なにやら慌ただしくなっている様子。外の喧騒はこちらからは詳しくは聞こえないけれど、大勢の人間が集まって怒号を上げているように聞こえる。そして城の職員らしき人間がやってきて、シュリーの前にいる補佐官になにかを耳打ちした。


「おや、なにか問題発生ですか?」

「いえ、大したことでは。ちょっと失礼」


 そう言って補佐官は席を立ってしまった。このまま放置される感じかな。もちろんシュリーも、ただ座ったまま時間を過ごす気はない。外の様子を見られる場所まで行く。窓には既に城の職員や兵士達が群がっていた。暇なのか。人のこと言えないけど。


 そんな人の群れをかき分けて窓の外を見る。城の前に大勢の人間が押し寄せていた。その半分ほどは、土に汚れた労働者という雰囲気だった。鉱山で働く者達だろうか。もう半分は、日中この街で過ごしているんだろうなというごく一般的な市民だ。それらが口々に、ゲバルの当主を出せとか殺せとか叫んでいる。放っておけば城門を破って中になだれ込んで来そうな雰囲気だ。それを兵士達が必死に押し留めている。


 なるほど穏やかな状況じゃない。なんでこうなったのかはわからないけれど。確かに噂は流れてゲバルへの憎悪は煽った。それが制御不可能なほど民衆に広まったのか。


「……おや? あれは……」


 シュリーはそんな民衆の中心に知り合いを見つけた。白い空飛ぶ馬にまたがった、学術院の先輩。


「あいつなにやってるんだ……」

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