9-37 労働者達の行く先
ユーリの背に乗り森を駆け抜けながら状況を探査魔法で探る。いくつか気になる事があった。
まずは今回の件の元凶、モレヌドについて。ユーリはもと来た獣道を疾走しているから、それを歩いているモレヌドとも途中で鉢合わせするはず。
無視はできないけど構ってる時間もない。どうしたものかと困ったけれど、探査魔法で探したところ奴は獣道から逸れたところにいた。そして必死に走っているようだ。
なぜかはわからない。道を道を見失ったのか、それともイノシシに襲われたのか。逃げるように走ってるところを見れば、たぶん後者だろう。
無茶苦茶に逃げ回っていて、これでは森の中で遭難するのは必至。まあ余裕があれば、後で助けてやろう。
次にイノシシの群れについて。やたらと巨大なイノシシが目に入った。正直狼化したユーリより何倍もでかい。例えば、例の洞窟には入れないっていうサイズ。しかもそれは複数いた。
目の前にいないから正確な大きさはわからないけれど、大きな岩と間違えるぐらいはありそう。
いつかクレハが言ってたことを思い出す。この山には巨大なイノシシがいると。これがそうなんだろうな。
そんなのが鉱山に押し寄せたら、どれだけの犠牲者が出るかわかったものじゃない。急がないと。そう考えながら鉱山の方に目を向ける。そしておかしな事に気づいた。
鉱山で働いてる人間の数が明らかに少ない。というか、ほとんどいない。十数人程度の人間がささやかな採掘作業をしているだけ。
イノシシはまだ鉱山には到達してないから、逃げ出したとかではないと思う。そもそも、そうだとしたら作業をしてるはずがないし。
最初の行方不明者たるあの男の姿が見えないのは、たぶん既にマルカが連れて行ったからなんだろう。彼の監視や世話していた監督長まで消えてるのはどういうことか。
謎だけど、それでも現場に人間がいるのは間違いない。助けないと。イノシシが鉱山に着く前に俺達が追いつくのは不可能みたいだから、被害が出るのは避けられないけれど。
それでも、イノシシ達の集団の只中にいつの間にか入り込んでいた。目についたイノシシを、俺とフィアナは片っ端から攻撃して殺していく。木々が邪魔で狙いがつけにくいけれど、そのせいでイノシシもまっすぐ走ることはできない。条件は同じか。
そして突如視界が開ける。森を抜けたのか。イノシシ達もその光景に若干の混乱をきたしつつ、それでも真っ直ぐに進んでいるようだった。
たぶん先頭集団は既に鉱山で暴れている頃だろう。ユーリはさらに足を早めて岩だらけの山道を走る。そして俺達は引き続きイノシシを狩り続けて…………。
「…………人がいないな……」
カイが呆然としたようにつぶやく。探査魔法で見てたからある程度はわかってたけれど、本当に人が見当たらない。人間の死体すら見当たらなかった。
普段から汗だくで人間の臭いを強く発しながら働く労働者達だから、イノシシの中にはその臭いの主を求めて鉱山を探し回っているのも。けれど肝心の人間がいない。いるのは、壊されて土の塊になったゴーレムのみ。これはこれで損害だろうけど。
さらに言えば、イノシシの数も少ないようだった。さっき探査魔法で見たときは、もっと大量にいたのに。鉱山を探し回っているイノシシの数は、それに比べて遥かに少ない。
人がいないと判断して戻っていったのかな。
なんにせよ俺達は、そんなイノシシが探していた人間であり餌だ。ハスパレ味の干し肉ほど美味ではないと思うけど、集団ヒステリー状態のイノシシにそんなことは関係ないか。
俺達の登場に合わせて、周囲のイノシシが一斉にこっちを見つめてくる。けれど森を抜けて相手を視認しやすくなったのは、こっちも同じ。
「ファイヤーアロー」
特に必要もないけど、リゼがそう宣言する。同時に俺は空中に大量の炎の矢を出現させた。その数数百本。
俺達の周囲を囲むように出てきたそれが、次の瞬間イノシシに一斉に襲いかかった。イノシシの脳天を、目を、胴の真ん中を。次々に矢が貫いて無力化していく。
そんな矢の雨をかいくぐりこちらに向かってくるイノシシも。そいつはフィアナの矢のが容赦なく屠っていく。それでも討ち漏らしたイノシシは。
「接近すれば勝てると思ったか!」
カイがユーリから飛び降りて、迫るイノシシに対峙。急接近してくる敵に対して一切物怖じせず、接触間際にわずかに体を逸して回避。同時に剣を一閃。イノシシの胴がざっくりと切れて、血が吹き出た。
気が付けば、周囲にいたイノシシは全滅。人間も見当たらないため、誰かを救ったと言うのはおこがましいか。
労働者達はどこに行ったのか、探査魔法で調べる。近くですぐに見つかった。現場の一角にある小屋。監督長もいたあそこに、十数人の人間が隠れていた。
この鉱山で働く労働者の数と比べるとやっぱり少ないけど、何があったか尋ねることはできるだろう。
「こんにちはー。皆さんの安全を守る優秀な魔女、リゼさんがやってきましたよー」
「そういうのいいから。お前は黙ってろ」
「うー……」
労働者達の顔を全員分覚えてるわけじゃない。けれどなんとなく見覚えのある人達。小屋の中に隠れてたのは、現場監督や奴隷階級の人間が多いように思える。
じゃあ、何があったか聞かないと。
「あんた達がさっきここに来て、あの男に迎えをよこすと行って出ていった後のことだ。監督長が街に向かった」
「だから彼がいないんですか。けど、それはどうして?」
「こう言ってたぞ。俺の口からもこの事は伝えたい。若い奴らにだけ任せてたら、大人の威厳に関わる。俺に任せろ、と。企業のお偉いさんや鉱山の持ち主の貴族様に伝えに、街に行ったんだ」
ゲバル家の悪行を、街の中で力を持ってる人達に告発する。そうやってゲバルより上の存在である城主達に話を持っていく。シュリーやクレハに頼んでたことを、あの男もやろうとしたらしい。
気持ちはよくわかる。あの男も、この現場とたくさんの労働者の命を預かっている。それを脅かす事象がライバル企業の手で行われているとしたら、黙っているわけにはいかない。
街にとっての部外者であるシュリーや、子供であるクレハと比べても、この手の根回しには向いてる立場の人間と言えるだろうし。助かることだな。
俺に任せろ、か。その言葉の意味がようやくわかった。




