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9-36 イノシシの大移動

 コウモリが布を破って外に出てくることはないだろうけど、イノシシならそれができるはずだ。街で調達した安い布だから、あの鋭い牙で突かれたら簡単に破れる。その裂け目からコウモリが飛んで出てくるとか見たい光景じゃない。

 そうじゃなくても、生きようと必死なイノシシが出てくるのは避けたいことだよな。うん。


 何かが飛び出してきたら、すかさず魔法を撃つ。そう考えて、しばらく洞窟の入り口を警戒しつつ睨んでいた。

 結局何も出てこなかったけど。どうやら中のイノシシとコウモリは、既に死んでいるか動けない程に衰弱したらしい。あれだけ興奮していたイノシシだから、そりゃ息も荒いし必要酸素量も多いはずだ。


 出口を塞がれて光も見えなくなり、進むべき方向を見失ったイノシシが炎の燃え盛る中暴れ回る。混乱しつつ、互いにぶつかり合う。それにコウモリも巻き添えをくらい、そうこうしてる内に酸欠と中毒でバタバタと倒れていく。

 そんな光景が目に浮かんだ。ざまあみろ。



「しばらくは開けて中を確認とかはしない方がいい。光を見たイノシシが最後の力を振り絞ってこっちに向かってくるかも。それに、中の一酸化炭素が酸素と結びついて爆発するかもしれない」

「コータの言う事はたまにわからないね。それってこの前言ってた、えっと……ば……?」

「バックドラフトだ。まあそういう爆発が起こるって覚えてればいい。それより……」


 さっき助けた男にようやく目を向ける。見た感じ怪我はなさそう。イノシシに襲われかけた恐怖からは、それなりに回復した様子だ。今は俺達のやりとりを呆然とした様子で見つめていた。

 よし、話を聞こう。


「おい。お前。俺達に助けられたって恩を忘れるんじゃないぞ? もし忘れたら、今度こそイノシシの群れに放り込んでそのまま放置するからな」

「ちょっとコータ、そんなに怖いこと言わないでよ。ねえお兄さん。ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」


 非道な脅しをかける俺と、それをたしなめて好意的に接するリゼ。こういうのを、良い警官悪い警官方式と呼ぶらしい。

 別に意図してやったわけじゃないけれど。あと、ぬいぐるみの体で怖いやつを演じるのって無理があるけど。それでも奴は、割と素直に受け答えをしてくれた。


 知るべきは、モレヌドのやろうとしてる事だ。

 この男に尋ねたところ、いなくなった奴らを探すとしか返ってこなかった。何かを隠している様子はない。試しに袋の中の肉が何なのか知っていたかと訊いたら、非常食だと答えた。山の奥の方まで歩いて、日が傾くぐらいの時間になっても戻れそうにないと判断したら食べていい。それまでは絶対に開けてはいけないと言われた、と。

 その非常食が人肉で出来てると教えたら、彼はかなり驚いた様子を見せた。これも演技ではなさそう。


 結局こいつは、本当に行方不明者の捜索にあたってたらしい。聞けば普段は、ゲバル所有の鍛冶屋で働いてるらしい。最初に行方不明になった三人の同僚だ。

 こいつなりに、いなくなった奴の心配はしてたんだろうな。当然だけど、チンピラにも仲間意識はある。


 それで、そんな仲間意識を利用して、モレヌドが何を考えてたかだけど…………。


「気をつけてください! イノシシが……!」


 フィアナが突然そう言って弓を構えた。直後、木々の間から本当にイノシシが飛び出してきた。俺達に接触する前に、イノシシの眉間に矢が刺さって絶命。俺達の前に倒れ込む。

 次が来るかと身構えたけど、その気配はなかった。


「なんなんだ? あの干し肉の残り香に誘われて来たとかか?」

「かもな……コータ。探査魔法で周りを見てくれ」

「ああ。わかっ…………」


 カイの指示に従い、返答をしながら探査魔法を始める。そして周囲の光景を見て絶句してしまった。


 山を大量のイノシシが駆け回っていた。今まで山の奥の方にいて、俺が見ようともしなかったイノシシが大量にこちら側に来ている。なにを求めて探し回っているのかはわからないけど、たぶん餌となる人間か干し肉なんだろう。


 行方不明者を探すために、捜索隊の連中は山の中のあちこちで大声を出した。獣を引きつける匂いをつけた肉を携帯しながら。山の奥の方奥の方へと。

 本人達にその気はなかったのだろうけれど、格好の餌だ。しかも山の至るところにいて、こっちにも餌がいるぞと自分で喧伝するタイプの。


 今助けた男も、まさにそういう理由で襲われていた瞬間に俺達が駆けつけたのだろう。

 俺達がひとり助けて、イノシシ相手に立ち回っていた間に、他の多くの人間が犠牲になっていた。探査魔法で山全体を見回しても、無事な人間はほとんど残っていない。

 死んでいる人間は見えないけど、死にかけてる人間は見えた。力なく倒れた男の周りにイノシシが群がっていき、ややあって男の反応が途切れた。

 食われたのか。遠隔から覗き見ておいてなんだけど、あんまり想像したくない光景だ。


「そうか。そうだよな。全員は助けられない…………」


 俺の報告を聞いたカイは沈痛な表情を見せる。捜索隊の人間は、モレヌドに騙されてこの山に入っていった。そして死んでいったのなら、彼らは被害者だ。カイとしては助けたいだろう。

 けれど、それならもっと優先しないといけないことが。


「イノシシが山から鉱山の方に向かって走っていってる。多分だけど、人を求めて」


 山の奥と鉱山の中間あたりに捜索隊はいたんだ。奥からやってきたイノシシが勢いのまま新たな餌を求めて、進路をそのまま真っ直ぐに取るのは当然なのかもしれない。あるいは人がついさっき通った道だ。人の臭いや、干し肉の臭いが強く残っているのだろう。それをたどってイノシシは餌へと向かう。

 その向こうに鉱山があり、たくさんの人間が働いているというのを、イノシシが知ってるかどうは俺の知ったことじゃない。ただ、進路上にある以上はイノシシの群れがそっちに殺到するわけで。


「よし! いくぞ!」


 カイがパーティーに号令をかける。あの鉱山の人達は善人だ。奴隷とか使ってるけど、そういう世界なのだから仕方がない。みすみすイノシシの犠牲にするつもりはなかった。


 狼化したユーリに全員で乗り込む。さっき助けた男はここに置いておく。ユーリの上は定員オーバーだから仕方ない。

 イノシシの群れが走るのに夢中でこの餌に気付かない事を祈るばかりだ。運が悪くなければ死なないだろう。イノシシを一際引きつける干し肉はもう無いし、息を潜めてじっとしていれば、多分大丈夫のはず。

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