9-34 再び救出へ
今日の予定は図書館で一日調べもの。シュリーとマルカはそのつもりだったけれど、突然クレハが駆け込んできた。そしてあの冒険者からのお願いを聞くことに。
仕事の邪魔になってるかといえば、正直少しだけそう思う。けどまあ、印章を見つけてくれた恩は返したい。この街の貴族の悪行を放っておくのは気が咎めるのも事実。
仕方がない。ここはひとつ、若者諸君の仕事を手伝ってあげよう。こういう時に協力してやるのが、いい大人というものだ。
使いっぱしりをさせられるマルカを宥めて、鉱山まで行かせる。次は権力者への根回しか。
「あの。わたしはジストに知らせてから、お父様に話してみようと思います……」
「それはいい。この街は少々特殊かもしれないけど、魔法使いがそれなりの立場にいるのはどこの街でも大体一緒だ。そこから上に話を広げていきたまえ。……あの鍛冶屋の少年には、市民に噂を広めるよう言ってくれ。じきに行方不明になってた男が門から街に入ってくるとか、そういうことまで広めて構わない」
「そうですね。大勢の人が知ってた方がいいですから……」
シュリーの説明に頷いてから、クレハは鍛冶屋の方向へ走り出した。そしてシュリーはといえば……。
「やあ。先日はどうも。実はもう少し調べたい事があってね。いいだろうか。あとこの街にとって重大な発見をしたから、誰かに会いたい。なにかしら役職を持った人がいいな」
証拠品である人間の干し肉とやらを持って、城に行き門番に話しかける。首都の役人と言っても、この街の誰かと繋がりがあるわけではない。偉い人に話を広めるっていう、あの若者達の漠然とした指示に従うには、とりあえずこうするしかない。
案の定門番は困った顔を見せた。二人組で並んでる門番の片方は、先日も会った奴だ。向こうもシュリーの事を覚えてるらしく、怪しい人物ではないのは把握してるらしい。かといって、今日は入城の許可が出てるわけではない。だから入れられない。
これが単なる不審者なら、容赦なく追い払うこともできるだろう。けれどシュリーは首都から来た役人。あんまり雑に扱えば、面倒な問題が起こりかねない。
ふふっ。困ってるな。このまま押せば、もしかしたら入れてくれる事もあるかも……。
「あの。どうされました?」
「! 君! そこのお姉さん!」
「ひいぃ!?」
声をかけられた。先日城の中を案内してくれた、ちょっと気の弱そうなお姉さんだ。城の外になにか用事があって、今戻ってきたところらしい。
これは好都合。
「よし、ちょっとこっちに来てくれ。話がある。お姉さんに普段仕事の指示を出してる人間は誰だ? ちょっと話がしたいんだ。お願い聞いてくれるよな? あたし達友達だよな?」
「そ、そうかもしれません……」
彼女の肩に手を回して、強引に連れ出す。そして例によってお願いしてみる。押しに弱い彼女は、やはり押し切られてシュリーを連れて城に入ってしまった。
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俺が探査魔法でしばらく観察していても、モレヌドはその場から動こうとはしなかった。何をするでもなく、ただ座っているだけ。
「リゼ。これはあいつは、この洞窟に来る気配はないな。よし出るぞ」
「えー? もうちょっと待ってみようよ」
「嫌だ。俺は出るぞぐえっ!」
リゼに体を握られて俺は黙り込む。おのれ……。
仕方がないからモレヌドの動向をさらに見守る。ずっと座ってばかりでは退屈なのか、時折立ち上がり少し歩いてを繰り返す事もある。結果としてはこっちに近づいてはいるけれど、こっちに来る様子はない。
「明らかに時間を潰してるって様子だな」
「最初から、あの人達を探しに行く気はなかったってこと?」
「たぶん……それか、仲間に探させて自分は楽しようとか……」
連れてきた捜索隊の誰かが行方不明者を見つけたとしても、リーダーであるモレヌドの功績になるのは変わらない。
あの男は貴族で、自分の足で物を探し回るなんて本来はしない人間だ。そういう考え方をするのは自然なのかもしれない。死ぬほど退屈なのは辛いだろうけど。
「なんか感じ悪いよね。他の人達は頑張ってるのに。やっぱお金持ちに生まれた人って、ろくでなしが多いよね」
「お前を筆頭にな」
「うう……」
そうじゃないお金持ちも大勢見てきた。だから全体がそうって言うわけにはいかない。
けれど捜索隊が行方不明者を探す声を聞くに、やはりモレヌドという男の好感度が下がるのは仕方ない。いや、元からそんなものはなかったのだけど。
「にしても、捜索隊のみなさんか……」
見つかるはずの無い人間を必死に探してる様子は、正直少し不憫だとは思う。必死に声を張り上げ呼びかけている様子を見るに、彼らは彼らなりの善意でやってるのかもしれない。モレヌドから報酬を提示されてるのかもしれないけれど。
そんな彼らの方も、なんとなく探査魔法で覗き見る。俺達に近い位置を歩いてる奴もいるな。モレヌドとは別行動だけど、森の中を歩き回るうちにこっちに向かってしまったのだろう。
進む方向に一貫性がないあたり、既に進む道を見失ってるのかもしれない。つまりは遭難状態だけど、それを本人はまだ気づいていない。
助けてやるべきだろうか。彼は自力で帰ることなんて出来ないだろうし、それは他の捜索隊も同じ。このままでは無意味に死者が増えるだけ。
そんなことを考えながら見続けていると、彼の周囲に別の生物がうろついているのが見えた。イノシシだ。
腰に下げている肉や葉の匂いに釣られたのだろうか。それとも、呼びかけの声を聞きつけたのかも。確かに、この森で不用意に声を上げるのは危険かもしれない。ひ弱な生物が、餌がここにいると凶暴な野生動物に知らせることになるのだから。
いずれにせよ、その男はいつの間にかイノシシに囲まれていた。彼はその事にまだ気付いていない。
よし、助けよう。これを見過ごせば、俺の心は確実に痛む。あと、この洞窟から出る口実にもなる。そんな本心は隠しつつ、カイに伝える。
「わかった。フィアナはここに残っててくれ」
「は、はい! 待機してます!」
カイは短く指示を出して、狼化したユーリに飛び乗る。リゼと俺も洞窟を出てあとに続く。よし。
ここにフィアナが残ってれば、俺達が帰り道を見失っても探査魔法で方向がわかる。あと男を助けて運ぶにしても、ユーリの背中には四人は乗らないからな。誰かが残らないといけない。
リゼと俺に残れって言わなくてよかった。
そんなわけでユーリは、俺の指示した方向へ走っていくのだった。




