9-31 大規模な捜索隊
その日の夕食はシュリーやマルカも加わって、なかなかの大所帯で食べることになった。鍛冶屋の仕事が終わったジストも加わって、なんとも賑やか。
アイアンゴーレムの魔法陣について、とりあえず完成の糸口はつかめた。そう伝えたところ、クレハ達は大いに喜んだ。
後は魔法陣について勉強して、これを小さくしていけば作れるということだから。依頼の中で一番解決が難しかったところに目処が立ち、クレハは俺達に何度も感謝の言葉を述べた。
まあ活躍したのはほとんどシュリーなんだけど。だからリゼ、お前は得意そうな顔をするな。ウザい。
で、次の問題としてアイアンゴーレムの体の組み立てなんだけど……。
「今日はゲバルの人間は山に来なかった。でも、そう何日も事態を放置しておくとは思えない」
カイの言うとおり、ゲバルの家の手先はいずれ必ず来るだろう。行方不明になった人間の口封じか遺体の処理。また行方不明になった原因の調査。
それにもちろん、そもそもの目的であるイノシシを鉱山に放す行為のために。
「ゲバルの家は今、流れてる噂を打ち消すのに忙しいらしい。この街の上流階級の人間に何人も会って、なにか話しをしてるってさ」
ジストが職場で聞いてきた話を伝えたくれた。まあ一般市民レベルがこの手の正確な情報を得るのは難しいし、単なる噂レベルだろうけど。でもありそうな事ではある。
それ以外にゲバルは何をするだろうか。噂が流れてる以上、表立って行動できないと思われる。たとえばあの山に大規模な捜索隊を送るとか。あの山で行方不明になったということは、表向きにはゲバルは知らないことなのだから。
そう推測してたのだけど、それは間違いだったようだ。
「諸君! 君達の仲間が突然行方をくらませたこと、大いに心配していることだろう。この俺も同じだ。何があったのか明らかにせねばならない!」
翌朝、今日も洞窟に向かって敵を用心しようと門に向かおうとした。その途中、聞き覚えのある声がなにやら演説しているのを見かけた。
噂の的であるゲバル家の未来の当主、モレヌドだ。
「街で姿を見かけない以上、何らかの目的で山に向かったものだと思われる! そこでゲバル家では捜索隊を結成して、俺自らが率いて彼らを探し出そうと思う!」
街の中心部で木の箱の上に乗り、十数人の整列した男達を背に、モレヌドはそう呼びかけていた。
捜索しに行くなら黙って行けとも思うけれど、こうやってわざわざ演説しているのはきっと、噂を打ち消すためなんだろう。問題解決にこうやって手を打ってるのだから、男達が消えたのはゲバル家が原因ではないという考え方。
あからさまな欺瞞だけれど、かといってゲバル家としても何もしないわけにはいかない。
捜索隊のメンバーっていうのは、モレヌドの後ろに控えている男達のことだろう。全員若い男で、先日来た刺客みたいな、ガラの悪い労働者って感じがした。そして腰には、先日の三人組と同じく剣を下げている。
つまり奴らはチンピラで、やはりゲバルの家の系列の企業で働く者達なんだろう。鍛冶屋なのか鋳造屋なのか、それとも鉱山で働いているのかはわからない。いずれにせよ、モレヌドと付き合いのある手下なんだろう。
お世話になってるお金持ちから報酬を提示されて、こんなことをやってるのだと思う。
「なあ。あれだけの数のチンピラ…………あんまり頭が回らない種類のバカに、秘密を守らせるのってできると思うか?」
「正直、俺がモレヌドの立場だとやりたくないな……」
疑問に思った事をカイに尋ねると、俺達のリーダーも似た考えのようだ。
あの男達が先日殺した刺客達と目的が一緒なら、彼らがやるべきは行方不明の人間を助けるのではなく殺すこと。そして当然、その事実は公にはできない。
けれど捜索隊のメンバーは、揃いも揃って秘密を守れなさそうな性格をしてる。この日の役割を当初の目的通りに果たせたとしても、いつか何かの拍子に秘密を漏らしてしまう気がする。酒の席でかつての自分の武勇伝を語ろうとする、なんかの状況で。
ゲバル家は悪いことを企んでいるけど、馬鹿ではない。そんな危険を冒すことはあるだろうか。でも、だとしたらあのチンピラ達はなんのために連れて行くんだろうか。
「あの人達の格好、やっぱり山や森を歩く人達の物じゃないですね。この前の人達と同じです。道に迷ったら長くは持ちませんよ」
フィアナが捜索隊の方を見ながら言った。確かに、街で活動するための服装だ。フィアナはプロだから、そこを指摘せずにはいられないのだろう。
「あの人達、全員腰に袋を下げてる。匂いはよくわからないけど、たぶん人の肉」
「ハスパレの葉の匂いを感じるか?」
「うん。弱いけど。でもあの人達、全員持ってるらしいから」
全員分を合わせたら結構な量だ。だからユーリの鼻には、あの葉の匂いが届いているらしい。
まさかと思うけど捜索隊というのは完全な嘘で、行方不明者の捜索は端からやる気がないとかだろうか。堂々と山に入ってイノシシを誘導する。その計画をなおも押し進めるつもりではないだろうか。
「わたしは。えっと。なんか怪しいと思います!」
「お前は黙ってろ」
「うう……」
みんな話してるから、リゼも何か言わなきゃと思ったんだろう。全然内容が無いことを口走ったから黙らせた。
でもまあ、怪しいのは怪しいよな。それには違いがない。誰もが思ってることだ。
演説を聞くに、捜索隊はクレハの洞窟がある山に行くつもりらしい。ゲバルにとっては、そこに行方不明者がいるのは知ってること。でも表向きには他人が所有する鉱山だ。
そこにずけずけと出入りする事に関して、モレヌドはここから一番近い鉱山だからだと説明した。
なるほどこうやって大衆に向かって話すことで、他人の領域に入ることへの大義名分も得ようとしてるのかも。面倒なことやってるという感想しか抱かないけど、こういう政治的な判断をしなきゃならないのは貴族の大変なところだな。
なんにせよ、奴が演説してる間に横を通り過ぎよう。さっさと門を出て洞窟に向かおうとしたところ。
「おお! そこにいるのはクレハ嬢じゃないか!」
「…………あー。ごきげんよう、モレヌド様……」
奴に見つかってしまった。なんだよこいつ。話してる途中じゃないのか。そりゃ好きな女の子が通りかかったらとりあえず話しかける奴だってのは知ってるけどさ。家の危機ならそっちに集中がしろよ。
とまあ、言いたいことは多いけど言っても仕方なかった。




