9-27 再び採掘現場にて
現場の一角にある、簡易的な木造建築の小屋。それがこの鉱山で偉い人とか事務的な仕事をする人間のための建物だ。そこに、この鉱山の運営を任されている一番偉い人がいる。
鉱石を掘り出す企業の長なのだから社長かなとおもったけど、それは違うらしい。この企業は他にもいくつかの鉱山を借りて現場を運営しているから、社長は他にいるとのこと。
では目の前に座っている男は、この鉱山の長だから鉱山長だろうか。そんなことを考えていると、彼は監督長と自分を形容した。なるほど。複数いる現場監督をまとめる人間だもんな。
挨拶もそこそこに、早速今回の経緯をかいつまんで話す。クレハの素性やアイアンゴーレムなんかの事情についてはもちろん隠した。山にいたのは、ギルドで採取の依頼を受けたから入っていたとか、そう言っておく。
街で行方不明のために噂になっているチンピラを山で見つけた。しかもゲバルの人間に雇われたと言っていた。あと持ち運んでいたのは、野生動物に人の肉の味を覚えさせてしかも興奮状態にさせるもの。
「とりあえず証拠物件です。人の干し肉」
「お、おう。そうか……君の話を信じよう」
隠すものでもないし手渡してみたけれど、彼は手に取ろうとはしなかった。
そりゃそうだよな。人の肉って聞いて気持ち悪いがらない方がおかしい。渡されたところで、ちょっと齧って間違いなく人の肉だとか言われたら、こっちも困ってしまう。
そう考えるとユーリってすごいよな。平気で人を噛み殺したりできるから、人の肉の味も臭いも知ってるなんて。
話を戻そう。ここ最近のイノシシの襲来は、ゲバルの陰謀だと推測できる。監督長も、そういえばゲバルの鉱山が襲われたという話は最近聞かないと言っていた。なるほどそれは初耳だ。
そんな風に話しをしている間に、これまでずっと寝ていた男に動きがあった。これだけ寝てればな。そろそろ空腹も限界になってきてる頃だろうし、話も聞かなきゃいけない。
そいつの顔を叩いて、強引に起こした。
「おい。騒いだりしたら痛めつけるぞ。そもそもお前は命を狙われてる。ゲバルの家にだ」
「な、なんだよお前!? いきなりぶはっ!?」
「黙れ。いいか、お前が山で何してたか教えてくれたら飯をやる。もし断れば、もう一回山に放り込むぞ」
「わ、わかった! わかった話す!」
途中で顔を殴ったりもしたけど、俺の丁寧なお願いに彼は快く応じてくれた。話が通じる相手でよかった。
俺達の予測は、どうやらそれなりに当たっていたらしい。
この男に山に入るよう命じたのはモレヌドで間違いない。山の奥深くに、この肉を置いてこい。命令はそれだけだった。前にも一度やったことがあるといい、その時は無事に帰還できて報酬を貰えたとのこと。普通に鍛冶屋で働く一ヶ月分の金を貰えて、かなり舞い上がったそうな。
日付を聞くに、俺達がこの現場でイノシシを倒した日の数日前だった。リゼが盗んだあの財布はそういう金が入っていて、彼は滅多にできない贅沢をこれからするつもりだったのかも。だからあんなに必死に追いかけてきたし、怒ってたんだろうな。
指示を出したのはモレヌドだとして、それが彼個人で考えてやってることなのか、あるいは家からの命令がその上にあったのか。それは現状ではわからない。
将来的な目標の規模で考えると、家主導でやっててもおかしくはないだろう。けれど親から地位なり組織なりを受け継いだ結果、それを維持発展させるためにとんでもない悪事を働いた奴らを、俺達は見てきている。オークで村ひとつ壊滅させてしまったり、ゾンビを生み出す魔法を売り出そうとしたり。
思えばろくでもない奴とばかり戦って来たよな。反面、揺るがぬ善性を持った人達とも出会えてきたけど。
こいつの身に起こった事に話を戻せば、再度モレヌドから依頼を受けて、高い報酬に目が眩んでこれを受けた。そして前回と同じように森の中を歩いていって、遭難した。
前回はうまく行ったという自信というか、慢心があったのだろう。それから前回覚えておいた目印通りに山を登っていった結果、誰かさんがそれを移動させたり撤去してたから、道を外れてしまった。
「やっぱり、わたし達が目印を消したから迷ったんだね」
「そうだな……このことは黙っておこう。知られると面倒だ」
ちょっとずるい気はするけど、仕方がない。
そこから先を、その男はなかなか語ろうとはしなかった。根気強く聞いてみると、思い出したくもないとばかりに震え始める。それでもなんとか聞き出せた。
道に迷った事に気付いた時には手遅れで、帰るための方向すらわからなくなっていた。食料など持ってこなかったために、空腹感が疲労をさらに強めた。それにより正常な判断力を失いかけていたとのこと。
空腹に耐えかね、ひとりが持ってきた荷物を開けた。
中身が肉っていうことは知っていたけど、なんの肉かは知らなかったそうな。人肉だと俺が説明したところ、彼は大いに驚いた。そしてまた震えた。
彼の仲間がその干し肉を貪ったところ、途端に様子がおかしくなった。異様に興奮した状態。葉の影響だな。
麻薬に似た作用を持つその葉が、男の精神を高揚させた。また葉には依存性もあるだろうし、空腹を満たすためにはひとりが持ってる肉の量は少ない。
錯乱した男はさらなる肉を求めて仲間に襲いかかった。その仲間も抵抗して、もみ合いのうちに両方倒れ込み、その際に頭を打ったらしい。
打ちどころが悪かったのか、ふたりともその時に死んだ。そして彼は怖くなって、一目散に逃げたという。その途中で小さな崖から落ちて、足を怪我した。そして俺達に助けられたと。
以上の経緯を、城塞都市の権力者に証言できるかと男に尋ねてみた。
街の現状とゲバルからの刺客について説明して、証言しないなら用無しだから街に放り込んでそのまま放置すると脅してみた。彼は快く協力を約束してくれたぞ。
ここまではいい。次の問題だ。権力者に伝えるにしても、ゲバルの家だって同じく街の権力者なわけでもある。
街の政治に直接関わってるわけではないだろうけど、産業の中枢にいる人間だ。中途半端に告発しても、どこかで握りつぶされる可能性が高い。鍛冶屋の下っ端の男と、街の貴族。どっちの言い分が正しいかという問題だ。
そもそもこの問題が明るみに出た場合、街の主要産業が受ける影響は計り知れない。権力者側が積極的に秘匿しようとする可能性もある。
だから下準備をする必要があるな。逃げ道を塞がないといけない。
それまでこの男は、この鉱山の建物で預かってもらうことにする。監督長は協力を約束してくれた。イノシシ騒ぎがこれ以上起こるのは、彼もごめんだろうから。
それじゃあ俺達は街に戻るとしようか。




