3-8 俺達の決意
村と比べるとこっちの料理はいくらか豪華なものだ。村だとパンとスープばっかり出ていた気がするが、こっちでは肉料理や果物なども出てくる。魚料理はないようだ。海が近くないし、保存技術もこの世界では発達していないらしいから。
物を冷凍する魔法を使える魔法使いはいるのではとも考えたが、魔法を使える人間は少数らしいし、そんな風に魔法を使ってまで魚を食いたい人間はいないか、いても極少数なのかもしれないな。
とにかく、肉体的にも精神的にも疲労していたみんなすごい勢いで料理を口の中に運んでいく。こんな豪華な食事は村では滅多に出ないと目を輝かせていたフィアナは特に勢いがいい。
そんなこんなで腹が満たされて、するとだんだん眠くなってくる頃だろう。俺も結構眠い。ところが、ガルドスが言っていた宿に行こうという前にリゼが少し真剣な口調で言った。
「ねえ、早いうちにギルドに登録しておきたいな」
「そうですね。わたしも登録したいです。カイさん、やり方教えてください」
「あ、ああ。それはいいけど……」
リゼとフィアナのその言葉に、カイは少し驚いた様子を見せた。
「でもふたりとも……コータも入れて三人か。ただの旅人なんだよな? ギルドに入る理由なんて」
「それはほら、路銀が必要になることもこの先あると思いまして。ギルドで稼ぐ必要があるとは前から思ってました。それこそ旅に出るって決めた時から」
フィアナの説明。カイにとっては俺達はただの旅人ということになっている。そこの経緯を詳しく説明するの長くなるし仕方がない。とにかく、ギルドに入ることは確定事項だった。そこに変更はない。
「そうか。でも、ギルドの仕事は思ったより危険だぞ? さすがにあの村みたいなひどいことは滅多にないが、でもあそこで死んでいく冒険者達は見ただろ? ああいう運命をたどることになるかもしれないぞ? …………それでも、やるのか?」
カイの驚きの理由としては、これが一番大きいのだろう。村での惨劇は、あれはひどいものだった。それを目にした、戦う技術がないではないが未熟な女の子と使い魔の集団。それがギルドに入ってあんな地獄に飛び込もうとするのはカイにとっては意外に思えることなのだろう。
けれど俺達三人の意志は同じだった。特にみんなで相談したわけでもないけれど、それでも通じ合う何かがあったんだろう。
「カイは言ってたじゃないか。ギルドの仕事は人助けだって。俺達もそれをしたい。あんなものを見せつけられて、何もしないなんて俺にはできない」
テーブルの上に立ち、カイをまっすぐ見つめて言う。正直に言えば、たしかにあの怪物たちは怖い。逃げ出したくなることもこれから先あるだろう。けれど、助けられる人間は助けたいという気持ちに変わりはなかった。
「それにこのままオークたちを放っておけば、被害がさらに増えるらしいですもんね」
フィアナが付け足す。この子の場合はさらに、自分の故郷が危険に晒されているという事情がある。戦うのを躊躇う理由はなかった。
「えっと。えっと。わたしも同じ気持ちです。はい」
リゼもうまく言葉にできないだけで気持ちはちゃんとわかってると思う。
そんな俺達を見たカイは、少し考えたあとしっかりと頷いた。
「わかった。どっちにしろ人手はほしかったんだ。味方してくれるなら助かる。…………でもひとつだけ約束してくれ。絶対に死ぬなよ」
もちろんだ。死にそうになったらその時は必死に逃げる。
それから十分ほど後。ギルドの受付のお姉さんからもらった紙を前に、リゼは悩んでいた。紙とは登録用紙のことで、必要事項を記入すればギルド側がそれに沿って登録をしてくれるというもの。
記入する項目も四つだけ。名前、種族、年齢、職業。以上。種族は人間と書けばいいし年齢も普通に16歳だ。名前の欄には当たり前のようにリゼと書いた。
「いいのか。お尋ね者なのに本名書いて」
「いいの。わたしの本名はリーゼロッテ。……縮めてリゼって読んでくれる人はあなた達以外にいないから。家族も友達もみんなリーゼロッテとしか言わない。長ったらしいから嫌いだったんだけどな。だからわたしはこれからリゼになるのです」
「そうか」
ここまでは悩まない。問題は職業だ。
「魔法使いでいいのかな? 今のわたしはまだ未熟者。まあ将来的にはすごい魔女になるけど。魔女って書いていいのかな?」
「まだ、すごい魔女になるの諦めてなかったのか……」
たしかに今のリゼは魔女とか魔法使いを名乗る実力は伴っていない。格好も村娘の変装してるわけだし魔法使いには見えない。
「まあ確かに、リゼは魔法使いよりは奇術師とか裁縫職人とかの方が仕事としては向いてると思う」
「ひどい……そんなことは……あるかもしれないけど…………」
とはいえ、ギルドの職業欄なんだから手品が得意ですなんて書くわけにはいかない。
「俺はリゼの使い魔なんだし、俺は普通に魔法使えるからリゼも魔法使いってことでいいんじゃないか?」
「わーい。コータってばそんなこと言ってくれるなんてやっぱり優しい!」
「ぐえっ」
喜ぶのはいいが抱きつくな苦しい。
「カイさん。ギルドって年齢制限とかはあるんですか? 何歳以上じゃないと入れないとか」
文字の読み書きができないらしいフィアナは、カイの手助けを受けながら記入していた。
そして年齢の欄を前にして、そういえば自分は子供だけど大丈夫だろうかと思い至ったようだ。
「規則としては12歳以上ってことになってる。でもわざわざギルドが調べることもないから、少しぐらいなら誤魔化してもいいんじゃないかな。ユーリも実はまだ11なんだ」
「そうですか。実はわたしもそうなんです。なら」
疲れたのかカイにもたれかかりながら座って寝てるユーリにちらりと目を向ける。フィアナとユーリは同い年らしく、先例があるなら嘘をつくのも躊躇われないということで12と書いた。ちなみに職業は弓使いと書いてあった。
「ちなみにカイさんはおいくつなんですか?」
「俺? 17だよ」
「じゃあリゼさんよりひとつ年上なんですね。あんまり変わらないのに立派です……」
「ねえ。フィアナちゃん今わたしのこと遠回しにバカにしなかった?」
いや、これはかなり直接的にバカにした部類に入ると思うぞ。
ともかくこれで必要事項は記入した。あとは受付に持っていけば登録完了だ。