9-18 拭えない恐怖
翌日、俺達パーティー一同とクレハで洞窟へと向かう。ジストは今日も鍛冶屋で仕事だ。正確には程々に仕事をするふりをしつつ、隙を見てアイアンゴーレムの部品を作っているらしい。
のこぎり等の道具を一通り抱えて森の中を進む。
途中で邪魔な木の枝があれば、それを切り落とす。獣道の真ん中に鎮座する岩は、やはり持ってきた鉄の棒を使っててこの原理で動かし、道の外に転がす。
クレハはこれらを目印にして森を歩いてもいたから、今後道に迷わないように変化をちゃんと覚えておく必要がある。まあ、そんなに心配はなさそうだ。
そんな感じで、半日かけて洞窟までたどり着いた。俺はリゼの肩に乗ってただけで楽だったけど、他のみんなは重労働で疲れてる様子。
そりゃ、何回も太い枝を切ってへし折ったり岩を転がしたりしたもんな。このパーティー、男手が不足してる面は間違いなくあるね。力仕事では一番役に立たない俺が言うことではないけど。
そして、肝心の洞窟の入り口だ。昨日は中で盛大な焚き火をしたようだから当然だけど、焦げ臭い匂いが今でも入り口まで漂ってきている。煙の匂いで、死の匂いだ。つまり、まだ洞窟内に有毒ガスがある程度は残っているということ。
みんなを下がらせて、俺だけで入り口に立つ。息を止めながら心中だけで詠唱。風よ吹け。
次の瞬間、突風が洞窟の中で起こった。それは中の空気をかき回し、煤が大量にこちら側に吐き出される。これはまた、盛大に燃えたな。俺の体も汚れていくから、今夜は洗濯してもらう必要があるかも。
どれだけ換気すればいいかはわからないから、しばらく時間をかけてやった。これだけやれば、中の空気もきれいになってるだろう。少なくとも、入ったら死ぬってことはないはず。
地面が出てきた煤で真っ黒だ。たぶん火を焚いていた反対側、秘密基地の方も煤だらけだろうな。それはちょっと申し訳ない。それの掃除もしなきゃな。
「よし…………行くか……」
「あんまり入りたくなさそうだね?」
「そんな事はないぞ。コウモリは死んだはず。死んだコウモリは怖くない。……いやちょっと怖いけど、そんなに怖くない」
「わかったわかった。お母さんが守ってあげるから」
「ううっ……」
リゼが母親を自称するのに突っ込む気力も起きない。さっきまでは俺は平静だったはず。それが洞窟に入る段になればこれだ。
「よ、よしリゼ。一旦止まろう。もう少し空気の入れ替えを……」
「えー? また? ……コウモリさん怖いのはわかるけどさ……。あんまり時間かけてると日が暮れるよ? 他の場所のコウモリさんが森中を飛び回るよ?」
「そ、それは困る……でもちょっとだけ……風よ吹け」
往生際悪く入り口でリゼを止まらせて、再び風魔法。空気の感じは大して変わらないから、本当に無駄な魔法のようだ。洞窟内に残っていた煤が舞い上げられてこっちに飛んでくる。それに混じって、なにか軽い物体がやってきた。
「おっと。なんだろ。石ならこんな風には飛んで来ないよね…………」
リゼはそれを手のひらでキャッチ。俺もなんだろうと覗き込む。
二枚の羽。毛に覆われた体。豚を正面から押しつぶしたような醜悪な顔。すでに死んでるようだけど、これは……。
「ぎゃー!」
「ちょ、コータ落ち着いて! これはもう死んでるから! コウモリさんは襲ってこないから!」
「嫌だー! こんな所入りたくない! 家に帰る!」
どうやら俺は、それなりに長い間錯乱していたらしい。気付いた時には、リゼに抱きしめられながらその胸にうずくまっていた。泣いているような状態だったのかもしれない。ぬいぐるみの体では涙なんか出ないけど。
辺りは暗くなり始めていて、今日はもう街に戻った方が良さそうだ。俺のせいで、洞窟内の確認は明日に持ち越しになった。
駄目だな。今回の俺、なんの役にも立ってない。
この世界の文字が読めないから、ゴーレム作りの理論を調べるのはリゼに任せるしかない。そしてわかった事があったとしても、アイアンゴーレムを作れる気がしない。極めつけがこれだ。
暗くなりかけた山道を下りるリゼの肩の上で、俺は無力感に打ちひしがれる。所詮俺は、ちょっと魔法が使えるだけのぬいぐるみだ。この世界にとってはちっぽけな存在じゃないだろうか。ほら、空はこんなに広いのに、それに比べて俺は……。
「まあまあ。あんまり気にしないでいいよコータ。誰だってたまには失敗するものだから」
「失敗しかしてないリゼさんが言うと、すごい説得力がありますね」
「そうそう。わたしは失敗しか……ねえフィアナちゃん? それどういう意味かな?」
「あ、足元気をつけてください。木の根っこが」
「もーフィアナちゃんってば。話しを逸らそうとしてそんな事言っにぎゃー!?」
「ぐえっ」
せっかくフィアナが注意してくれたのに。地面に顔を出していた木の根に見事に躓いて、リゼは盛大にこける。肩の上でぼーっとしていた俺も、その拍子に投げ出されてしまった。痛い。道からも外れたし。
「えっと。獣道って……」
「コータさん大丈夫ですか? そのまま動かないで、灯りだけつけて場所を教えてください。連れて戻ります」
フィアナに言われた通り、自分の手に照明魔法を出す。リゼ達の姿は結構近くだ。そんなに遠くまで飛ばされたわけでもないらしい。あんまり遠くだと、強制的にリゼの方に引っ張られるから当然か。
暗がりというのもあって、状況次第では獣道を見失うのをフィアナは気にしたんだろう。他にもみんながいるし、今回はそんな危険はないだろうけど。
それでもせっかく連れ戻してくれるんだ。少しその場で待つ。なんの気なしに周囲を見て、地面に足跡を見つけた。
「なあフィアナ。これって」
「…………人の足跡ですね」
「俺達のうちの誰かか?」
「いえ。誰も道から外れて歩いてはいないので……わたし達ではないです。じゃあ誰かなのかは、わからないですけど」
俺を抱え上げたフィアナは足跡を少し観察して、それから首を振った。
「ここだけ土が少し露出してて、足跡が残りやすくなってますね。そこから先は草か苔に覆われていて、足跡になりにくい。追跡するのは難しいですね……。もしやるにしても、今の時間では暗すぎますし」
「そうか。じゃあ戻るか」
「はい」
これに関しては、フィアナは専門家だ。その意見には従うべきだな。ここで粘って夜になったら、またあいつらが…………考えるのはやめよう。




