9-17 歴史の分断
カイ達に頼んだコウモリ皆殺し作戦は、どうやら成功に終わったらしい。
あわれコウモリは酸欠と一酸化炭素中毒に倒れて、洞窟に残っているのは死体だけだろう。ざまあみろコウモリ。良いコウモリは死んだコウモリだけだ。
その日の夜。カイ達と合流して酒場で食事をしながらの話しを聞いて、俺はかなりはしゃいでいたと思う。それこそリゼが引くぐらいに。
仕方がない。だってコウモリが死んだのだから。これを喜ばずにいられるか。
狭い場所で火を焚けば酸素が急激に消費されて不完全燃焼が起こる。で、生き物には有毒な一酸化炭素が発生するし、そもそも酸素が足らなくなる。だから生き物は生きていけない。
酸素って存在自体、この世界の人間は知らないらしい。そこら辺の説明は苦労したけど、カイは俺の指示どおりに動いてくれたようだ。
ただ、カイ達自身も煙を吸いかけたとのこと。正直言って危険な方法だし、コウモリも全員殺せたわけじゃない。生き残りが戻ってくるかも。今度やる必要が出てきたら、別のやり方を考えないとな。
「うん。コータの気持ちもわかるけど、あんまり変な事は考えないでね……」
リゼが苦笑いしながら言ってきた。何を言うか。変な事なんかじゃない。俺は真剣なんだ。
さて。カイからは他に、森の中の障害物を排除するのに必要な道具について相談があった。それらについては、クレハが家で用意できるから問題ないらしい。
狼化したユーリを洞窟内で歩かせるのは、さすがに無理とのこと。洞窟の壁を拡張するわけにもいかない。岩を掘って広げると、下手すれば崩落して生き埋めだ。重い荷物であっても、洞窟内は手で運ぶしかない。
「そうだ。あの森の中だけど、昨日のイノシシ以上の大きさの動物っている?」
カイが思い出したように尋ねてきた。山の中で人の気配がしたけど、人か大型動物かもわからない。けど動物だった場合、あのイノシシよりは大きいはずだと。
クレハは少し考えて、可能性はあると言った。山は木が鬱蒼と茂っていて、あまり大きな動物は生息しにくいから数としては少ない。昨日のイノシシぐらいが限界。けれど、その大きさを遥かに凌ぐ個体がいるとの噂が絶えない。
山のように巨大な、怪物のようなイノシシを見たという証言が数年に一度出てくるとのこと。狩人や山に踏み込んだ冒険者のものだ。
しかし噂は噂。本当のことは誰にもわからない。それにいるとしても、滅多に見られる物ではない。
わからないことは置いておいて。俺達の方の成果も報告しておいた。もしかしたらシュリーが来るかもということも。
アーゼスの印章や歩く木の魔法陣なんかの話題は、カイ達の興味を引くには十分だった。シュリーが来れば、大きな助けになると思われる。
けれど俺達の力で出来ることは限られるというのも、明らかになった。ゴーレム作りの歴史から学んでみたけど、得られる情報は乏しいという結果が得られたのみ。
まず、アーゼスが作ったと言われるゴーレムの技術は、完全に失われている。残っているのは伝説だけで、具体的な方法に関しては何もない。屋敷の古い倉庫でヒントが見つかる気配も無い。
今のゴーレムは、アーゼスの死後八百年後。つまり今から二百年前にひとりの建築士が作り上げた物が基礎となっている。
そのオウェスカなる建築士は同時に魔法使いでもあった。彼がこの街で大きな建造物を作る際に労働力として作ったのが、この世界における八百年ぶりのゴーレム。この八百年の空白期間には、一切の情報がない。
オウェスカという人物の来歴に関する情報も乏しい。彼の姓すら伝わっていない。一説には彼は奴隷の生まれで、姓が無いのは元々だったとも。
大した記録が残っていないのは、彼がこの街の生まれではないというのが大きい。青年期によそから流れ着いた者と伝えられている。では生まれ育ちはどこなのかは、はっきりしない。ここバンヘナよりも北から来たと言ったという記録は残っているけど、それだけ。
北か。ヴァラスビアに伝わる木を動かす魔法も、あそこよりは北にルーツがあるとされていた。なんか関係がありそうだけど、北のなんて街なのかも判明していない。実際にそこに行って調べるのも、手間がかかるし現実的ではない。
そもそも、魔法使いがなんで奴隷になっていたかもよくわからない…………と思ってたけど、それは有力な説があった。
オウェスカの数代前の先祖が魔法家の無能で奴隷に落ちた。奴隷の子供はやはり奴隷で、そのまま数世代奴隷の系譜が続き、オウェスカの代で突然才能が復活した。その能力を持ってして奴隷から脱却し、一般の人間としての人生をやり直したと。
彼の先祖の魔法家がどこなのかは判明していない。この説も有力ではあるが推測にすぎない。
それからオウェスカは、自分の子孫に無能が生まれ再び奴隷の家系が作られることを恐れ、生涯子供を作らなかったという。
「気持ちはわからなくはないです。いえ、わたしは優秀な魔法使いだけど、もしそんなことがあれば怖いなって思う。わたしは優秀だから関係ない話だけど」
「はいはい。わかったわかった」
「ちょっとコータ! わたしは真剣なんだよ!」
「関係ない話に真剣になるな」
気持ちはわかるけど。
さて、肝心のゴーレム作りだけど、オウェスカがどうやってゴーレムを作ったのかは詳しくわかっていない。本人が記録を残してないからだ。
魔法使いである彼は、しかし出自故に学校なんかで高度な魔法理論を学んだわけではなかった。
誰かの見様見真似で行ったり、あるいは街の図書館で長い時間をかけて独学をしたり。それと奴隷時代を過ごした故郷に伝わる風習と、今住んでる街の伝説を組み合わせて、労働力を独自に作り上げた。
彼の頭の中にどんな理屈と想いがあって、この泥人形が作られたのかは定かではない。もちろん、ゴーレム作りの理論についてもよくわかっていない。
こうやったらゴーレムが作れました。それだけだ。
彼の人となりについても、それほど記録に残っているわけではない。ただ、複数の資料に彼の好きな言葉に関する記述がある。「初心忘れるべからず」とのこと。いい言葉だな。
オウェスカの死後、この街の鉄鉱石採掘企業が彼のゴーレムを真似して作った物が、二百年の間鉱山で作られ続けている。
「俺達が作りたいのはアイアンゴーレムなんだけど、それに関する情報は一切見つからなかった」
アーゼスの伝説とオウェスカの作った今のゴーレムは、そもそも根本的に違う物である可能性が高い。
それが、この街でアイアンゴーレムが作られていない理由でもあるだろうな。現状のゴーレムをどれだけ発展させたとしても、千年前の伝説にたどり着く事はないのかも。
つまり手詰まり。俺がそう言った所、テーブルが重い雰囲気に包まれた。
仕方がない。まだ望みが絶たれたわけじゃない。あの倉庫に何かが眠っている可能性も、まだゼロではないし。そこに期待しよう。




