3-7 ギルドにて
扉を開けて建物の中に入ったカイの姿に、中の人間の視線が一斉に集まる。
「よおカイ。あんた、オーク退治に行ったんじゃなかったかい?」
「ずいぶん早い帰りですね」
「忘れ物でもしたのか?」
忘れ物云々は冗談のつもりらしいが、それを言った男の冒険者はすぐに何かおかしいと感づいたらしく口を閉ざした。
戻ってくるのが早すぎるということは、なにかがあったということだ。そして、カイのただならぬ様子もその疑念を後押しする。
「問題発生だ。しかもかなりやばい。通してくれ」
受付らしいカウンターは数人が列を作っているが、カイは横入りして受付担当らしい女性に端的に言う。
「西の村。オーク討伐を出していた村が大量のオークに襲われて壊滅した。ギルドの冒険者も大勢死んだ。……ギルドマスターに会わせてほしい」
その言葉を聞いていた他の冒険者達が一斉にざわめき始めた。
受付のお姉さんが慌てた様子でその場を離れ誰かを呼びに行く。彼女はすぐに男を連れてきた。初老という感じの年齢に見えるが、よく鍛え上げられたがっしりした肉体は老いを感じさせない。
この人がギルドマスターか。つまり、ここのギルドの支配人とかそういう立場の人間なんだろうな。
「ガルドスさん」
「よおカイ。大変なことになったらしいな。詳しく聞かせてくれ。上の応接室に行こう。…………そこの二人はお前の連れか? 村の生き残りとかか?」
ガルドスと呼ばれたギルドマスターの男がこちらを見つめる。リゼとフィアナは顔を見合わせる。
「嘘を追求されるのはまずいから、ここは旅人ってことにしよう」
その隙に俺は小声で指示した。
「い、いえ。わたし達は旅人ですよ? ただの旅人の村娘です。はい」
相変わらずごまかすのが下手なリゼだが、ガルドスはそれ以上は特に何も聞かなかった。。たぶん、それどころではないということだろう。
建物の階段を上がって応接室というのに入る。村から一緒に来たということで、リゼやフィアナも一緒に話がしたいということだった。俺の存在はまだガルドスには気づかれてないようで、わざわざ話すこともないかとみんな思っているのかリゼもカイもそれについては言及しなかった。ただ、リゼの鞄の肩ベルトについている人形みたいな感じでじっとすることにする。
テーブルを挟んで三人がけの椅子にガルドスと対面するように座った。俺は人数に入れないにしてもこっちは四人だからひとり立たなきゃいけない。
よしリゼ立ってろと言おうとしたが、口数の少ないユーリが外で待ってると言ったために問題は解決した。カイを真ん中にしてそれから詳しく話す。主に話すのはカイで、リゼとフィアナは時々補足するだけ。話の内容としては、俺たちが見たそのままだ。門番の兵士に受付嬢とカイが説明を重ねてきたことを繰り返す。あと、門番の兵士に生き残った村人たちの保護をお願いしたとも付け加えていた。
一通り説明を聞いたガルドスは目をつむって考える。長い時間ではなかった。
「それが本当だとすると……すまない。疑っているわけではないがあまりに話が大きすぎて受け止められなくてな。とにかく、本当だとすればすぐに対策を取らなきゃならん。オークは西の村を新しい野営地にしてすぐに勢力を伸ばすだろう。そしていずれ道を通り別の人里に迫る。この街か、反対側にもうひとつ村があったよな。どっちかが襲われる」
隣でフィアナが小さく息を呑んだ。旅人を自称している以上あまり取り乱せないとわかっているから、その程度で抑えたのは上出来といえるだろう。自分の故郷があんな風になるなんて聞かされたら、普通は冷静じゃいられない。
「とにかく、早いところ討伐隊を送らなきゃいけない。だがこの街にいる冒険者全員集めても戦力的に足りるかどうか……」
「となれば住民から有志を募りますか? ……それか、領主の軍に助力を求めるか」
「難しいだろうな……あの領主様が簡単に動くとも思えん。だが、そうも言ってられないか。俺の方からも言ってみる。……事が大きすぎる。急がなきゃならねえことはわかってるが、それでも俺たちの判断だけで動くわけにはいかない。いろんな連中と協議をしないと」
「それは…………それはその通りです。仕方ないですね……」
嘆息しながらカイ天井を見上げた。すぐ動きたいのはみんな同じなんだろう。だけど準備不足で人を送れば、また不用意に人が死ぬ。それは絶対に避けなければならない。
「大丈夫だ。なんとかしてやる。俺は偉い連中と話してくる。その間…………とりあえずお前たちは飯を食え。それから寝ろ」
深刻な状況を笑い飛ばすとでも言うように、ガルドスは笑顔を見せて気楽そうに言った。
「聞いたところによると、夜は一睡もしてないし飯も食ってないんだろ? もう昼過ぎだ。とりあえず食堂に行け。今日は俺がおごってやる。宿にも話はつけてやる」
そういえばその通りだ。目の前で起こったことに精神が高揚してすっかり忘れていたが、今夜は寝ていなかった。俺の場合食事は必要ないが、他のみんなは昨日の夕食も食べ損ねていたわけで。そろそろ空腹も堪える時間だろう。
みんなもその事を自覚したのか、このタイミングで誰かのお腹が鳴って盛大に空腹を訴えた。
「い、今のわたしじゃないからね!? 別におなかすいてなんか……すいてるけど…………」
うん。誰のおなかが鳴ったかはよくわかる。全員同じ事を考えたようでリゼに視線が集まって、ガルドスは豪快な笑い声をあげた。
ガルドスの行っていた食堂というのはギルドの建物内にあり、冒険者達の交流の場にもなっているらしい。そこに向かうために、ガルドスと一緒に応接室を出て階段を降りていく。そういえば外で待ってると言ってたユーリはどこにいるんだろう。
すぐにわかった。彼も食堂にいた。というか連れてこられていた。他の冒険者達がそこで彼を取り囲み、村でなにがあったか詳しく聞き出そうとしていた。
人と話すのは好きではなさそうなユーリはすっかり困った様子だ。カイの姿を目にしたら、ほっとしたような顔を見せる。
「カイ……助けて…………」
「ごめん。こうなることは予想すべきだった」
「お前ら! 今はこいつらは休ませてやれ! 不安なのはわかるが、後で説明してやるから!」
ガルドスが冒険者たちを追い払ってくれて、ようやく俺達は落ち着くことができた。