8-50 手前の街への帰還
一応探査魔法で確認したけど、追ってきていた敵は諦めたらしい。レオナリアを含めて、全員が撤退していくのが見えた。両脇の森を抜けて先回りしてくる敵も見えない。
なんとか、戦いは終わったようだ。
やがて夜になり、俺達は野営をすることに。そこで初めて、カイ達にホムバモルであったことを説明できた。
ホムバモルという都市の本当の姿のこと。フラーリやディフェリアの死。それから、フラウを連れて行ってほしいと頼まれたこと。
カイだってフラーリとは親しい仲だった。その死を看取れなかった事は、それなりに悲しいことのようだ。天寿を全うできたのだから幸せだろうと言ってたけど。ディフェリアに関しても、その死を悼む反応を見せた。
それからフラウについては。
「どうしようかな…………」
答えを保留する。俺達と同じ懸念をいだいているらしい。
フラウは冒険者としてやっていけるタイプの子ではない。少なくとも、今は。
そのフラウは、とりあえず体調は取り戻したようだ。夕食も口にした。しかし口数は相変わらず少ない。
よほど怖かったのだろうか。そんな子を俺達の旅に連れて行くのは難しい。
野生の狼なり怪物なりとの戦いはこれから確実にあるだろう。それくらいなら、何とかなるかもしれない。けれど今回見たいな、人間や獣人の集団との戦いに巻き込まれることもあると思う。そんな場にフラウがいるのは危険だ。
「とはいえ、ホムバモルに返すわけにはいかないよな……」
だから、フラウには行き場が無なくなった。どこか移住できる街に住ませるとか、そんな感じになるかな。
ワーウルフの女の子がひとりで生きていける街なんてあるのかは、正直わからないけど。ホムバモルがワーウルフにとって住みやすい場所だったと知った今、似たような場所を見つけるのは無理なんじゃないかと思えた。それか、俺達の戦いにフラウが順応するのが早いか。
俺とカイの話し合いを、他のみんなも見つめていた。フラウだけが、寝込んでいたのかそれを聞いていない。
そこからマウグハの街までの道のりは平穏だった。敵からの襲撃はない。探査魔法でしっかり確認しているから、それは確実だ。ホムバモルの城壁の中で、兵士達がなにやら慌ただしく動いているのは見えた。きっと戦争の準備だろう。
狼の襲撃もない。もう葉は運んでいないから、狼がわざわざ人の領域たる道に踏み込む必要もない。
心配があるといえば、ホムバモルが山越えルートを通って一足先に侵攻を開始しないかってことだ。俺達が逃げ帰ったところで、敵に街が占領されてましたとかは、ちょっと怖すぎる。その後に対処のしようがないからな。だから探査魔法は常にかけていた。
幸いにして敵は、準備をするだけで攻め込む様子はなかった。マウグハの街は、なんとか平和を保っていた。厳戒態勢だったり、他の街から来た兵士が順次マウグハ入りしてるって状況はあるけど。
つまり、街は既に戦争の準備を整えつつあるってことだ。最初からこうなることは決まってたし、俺達が開戦の火蓋を切るのも規定事項。
とはいえ、それであの穏やかな城塞都市が滅ぶのは、ちょと心にくるな。
そんなわけで、道中は暇を持て余すことになった。馬車を動かしているルファは、サキナからの絶え間ないセクハラ攻撃を受けて退屈どころではないみたいだけど。
「あのふたり、付き合ってるのか?」
「どうなんだろうな……」
「ルファさん、あれはあれで楽しんでるように見えるんだよな」
「まあ、確かに……」
カイと、そんな風に煮えきらない会話なんかをしてると、時間は過ぎていく。
その間も、フラウは会話に参加しないままだった。俺達の話は聞いているのだと思う。荷台の片隅で膝を抱えたまま座っている少女は、たまにこちらの方を見つめている気がした。誰かが視線をフラウに向けると、慌てて視線を下げる事が続いた。
「今は、そっとしておいた方がいいと思うよ。フラウちゃんだっていろいろ考えてると思うし、強い子だから。きっと立ち直れる」
ある夜のこと、リゼは俺にこう語りかけた。フラウをどうするべきか、未だに結論が出ず悩む俺を見かねての事だろうか。
少なくともリゼは、落ち込んでいる女の子を立ち直らせる事に関してはそれなりの実績がある。
これまでやってきたように、そばに寄り添って優しく語りかけるとかの方法も、リゼはできるだろう。けれどやってないのは、きっと敢えてのこと。時々なにか語りかけることもあるけれど。なにを話しているのか、俺にもよく聞こえないことが多い。
仕方がない。ここはリゼに任せよう。俺が色々悩んでても仕方ない事だし。
「あー。そういえば。フラウちゃんが顔を上げる時によく見てるのは、フィアナちゃんとユーリくんだねー」
「そうか。……三角関係は継続中か。面倒だな」
「そうかもね。けど、フラウちゃんが立ち直るのは早いかも」
「……そうか? …………そうかもな」
リゼの言った意味が一瞬わからなかったけど、よく考えれば納得だ。
恋の相手と恋のライバルが気になっている。ずいぶんと自分の気持ちに正直な視線の向け方だ。こういう即物的な事を考えられる内面になっているなら、ショック状態なんかは既に抜け出せているのかも。
自分が今後どうすればいいのかとか、そういう悩みはあるだろう。どんな結論を出すかはわからないけど、遠からず明らかになるとは思う。
そんな風にして、馬車はマウグハの街まで戻っていった。無事の帰還を、領主様やギルドマスターは喜んでくれた。
それから、詳しい状況をお互いに話すことに。ホムバモルの街の実情や、市民にとっての城主の思いについても伝えた。もしかすると対話の余地があるかもって事も。
とはいえ戦争は既に始まっている。お互いに戦の準備を始めている。ある程度の交戦が起こるのは避けられない事態。冬が明けるまでは、こちらからホムバモルに攻め込むのは困難。この街はしばらく防衛に専念することとなるだろう。
俺の探査魔法で、敵の動向はある程度知ることができる。山越えルートで敵が接近してきたとしても、早期にそれを見ることができる。
まあ街の人達は俺じゃなくて、リゼの魔力がすごいって思ってるようだけど。いつもの事だ。気にするまい。
ともあれ、俺達パーティーに依頼が来た。街に留まって防衛戦に参加してほしいと。
フラウをしばらく街に置いてもらう事を条件に、これを承諾することにした。




