8-43 爆発の魔法
リゼは周りを見回して、ひとつの建物に目を向けた。周りと比べて少し背の高い、赤い屋根の建物。
「コータ。爆発魔法やってみて。……まあわたしがやる方が確実なんだけど、あんまり威力が出ても困るしね?」
俺に未知の魔法を教えようとして、フラウがいる事を思い出して咄嗟の言い訳を付け加えた。リゼが直接やった方が早いだろとか、そういう突っ込みに対する予防線。
リゼがやると威力がすごい、か。どの口で言ってるのやら。
「炎魔法の一環で、手のひらに集めた炎をぎゅっと凝縮させて、あの屋根の所に転移させて放つイメージ。詠唱は"炎よ集え。燃やし吹き飛ばせ。エクスプロージョン"」
詠唱は単純だけと、イメージすることは割と複雑だ。さらっと転移魔法的なのも出てきてるし。
けど時間がない。やってやる。ぬいぐるみの両手に炎を集め、それから目標としている屋根に意識を向けて。
「エクスプロージョン!」
直後、建物の屋根が吹っ飛んだ。外壁も最上階の半分ぐらいが吹き飛び、大きな焦げ跡が見える。基本は石造りの建物だったらしくて、火災にはなってないようだけど。
あと中に人がいても、たぶん怪我とかはしてないと思う。屋根が消し飛んだだけ。床面には被害は及んでないはず。
もし屋根裏部屋なんかがあったら、申し訳ないと思う。床にも瓦礫が落ちてきたりするだろうし。
うん、思ってた以上に威力が出た。なんとなく、こうなると思ってはいたけれど。
「おおう。なかなかすごいね。さすがコータ。でもそれで、レオナさんも様子を見に行くはず。その隙に門を出ちゃえばいいんだよ」
「おい。それ、本当にうまく行くと思ってるのか?」
リゼの真意がわかって、けどその実態に俺は頭が痛くなった。
確かに、突然の爆発で周囲は混乱が起こっている。人々は悲鳴を上げて逃げ出している。まさにテロが起こった時の様子だ。俺も不穏分子の仲間入り。
誰かが城の方向へと馬を走らせた。兵士達に助けか、調査を求めるためだろう。
そして肝心のレオナリアは、部下を二人ほど現場に向かわせた。自分は持ち場を動かない。
元々門を守っていた兵士は、緊張した面持ちを見せつつも警戒を強めている。不審な人物が都市から逃亡を図ろうとしても、絶対に通さないという決意を感じる。
「…………あれ?」
「あれ、じゃない!」
「にひゃーっ!?」
こいつはバカだったと改めて思い出しながら、リゼの口を引っ張る。
「おいこらリゼ! あんな大規模な爆発起こしたら、敵は警戒するに決まってるだろ! 敵が近くにいるから、街から逃げないように門を閉鎖するに決まってるだろ! あと城から兵士が駆けつけてくるぞ! 敵が増えるぞ!」
「だってー! あんなに大きな爆発になるって思わなかったもん! コータのせいだからね! コータのバーカバーカ!」
「他人のせいにするなー!」
「ぎゃー! 痛い! 痛いってば髪引っ張らないで!」
「コータさん、落ち着いてください。気持ちはわかりますけど、騒いだら兵隊さんに見つかります」
「ほらー! フィアナちゃんもコータが悪いって言ってるじゃんひゃんっ!?」
フィアナが、リゼの尻をバシンと叩いた。
「コータさんが悪いとは言ってないですから」
「むぐぐ……」
リゼは何か言いたそうだけど、俺が両手を口の中に突っ込んでいるから喋れない。よし。これで俺達は騒いでないし、兵士から不審がられる事もない。
フラウが、呆気に取られたように俺達を見ていた。そうだよな。こんな奴らと旅に出るとか、不安しか無いよな。
「コータ。今の爆発、門に向けて撃てる?」
そんな中、冷静を保っていたユーリが門を見つめながら尋ねてきた。ああユーリ。お前は頼りになる。男同士仲良くしような。
「撃てる。狙いのつけ方もわかったし、あの門に直撃させられる」
「じゃあ、門をぶち破れる。その隙に逃げよう。…………大丈夫。戦争が始まる時間が、少し早まっただけ」
戦争。その言葉を普通に口にする。
そうだな。今ここで俺達が事を起こせば、戦争になる。ホムバモル政府は俺達を、首都が雇った不穏分子と判断するだろう。いや。今起きた爆発が既に、首都からの攻撃と見なされているかも。
そう考えれば、戦争で先手を打てたとも言える。どうせ最初から戦闘はするつもりだったのだから、ここで爆発魔法を習得できたのは良かったと言えるかも。
いや。リゼのおかげだとかは、絶対にないけど。
とにかく方針は決まった。爆発を起こして、兵士を蹴散らし、逃げる。これまでと基本的には変わらない。
ユーリとフラウはコートを脱いで狼化。脱いだコートはそれぞれフィアナとリゼで着るぞ。ユーリの上にはフィアナ。フラウの上にはリゼが乗って、おもむろに門の前までやってくる。
「こんにちは兵隊さん達! あとレオナさん久しぶり! えっと。皆さんご存知、魔女のリゼです! そう、ものすごく優秀な魔女さんですよ!」
狼化したフラウの体毛は、人間態の髪色と同じ漆黒。雪に覆われた街の景色によく映える。その上にまたがるバカは、当然目立つ。その隣にはフラウよりさらに大きな狼がいるわけだし。
リゼの姿を見たレオナリアは、驚いた様子を見せなかった。
俺達の存在は、あの狼獣人から聞いていたのだろう。ここに姿を表すことも、なんとなく察していたのかも。ただ俺達を睨みつけるだけ。
その間も、リゼは喋り続ける。兵士達に睨まれて、敵だと認識されている状況だけど仕方ない。せめて目立つて囮になるぐらいの貢献はしなさい。
「えつと、えっと! わたしがどれくらいすごいと言いますと、さっきの爆発は、あれはわたしが――」
「エクスプロージョン」
リゼがそこまで言ったところで、俺は爆発魔法を撃つ。これ以上引っ張ると、兵士がリゼに攻撃を始めそうだったから。
俺の二回目の爆発魔法は、さっきより狙いをしっかり定めたためか正確に門に炸裂した。威力もさっきより強いはず。頑丈な鉄製の門がひん曲がり、吹っ飛んだ。
爆風によって多くの兵士がふっ飛ばされるか前につんのめる。門を挟んで反対側にいるリゼに、全員が注目していた状況。背後の至近距離で起こった爆発に対して、受け身など取れたはずもない。
「今だ! 行け行け! 全力で突破しろ!」
俺の合図と共に、ユーリとフラウか駆ける。倒れた兵士達を飛び越え、開いた門から都市の外へ出ようとする。
当然、敵はそれを止めようとしてきた。




