8-42 いざ脱出へ
昼にはホムバモルを飛び出すわけだから、フラウにとってはこの時が家族との別れになる。そして、それは恐らく永遠の別れ。
家に戻ったフラウ達は、最後の家族の時間を過ごしている。俺達が邪魔をするわけにはいかないから、宿に戻る事にした。決戦に寝不足で挑むのも嫌だったし。
去り際、フラウの両親に呼び止められ、丁寧なお礼と別れの挨拶を受けた。
滅びる街から娘を救い出してくれる、俺達に感謝するのはよくわかる。そしてこの夫婦が、自分達の死を受け入れようとしているのも。
理解出来ない考え方だけど、彼らの望みなのはわかった。だから、受け入れよう。
翌日。昼前にフラウが宿にやって来た。俺達もよく寝られて、戦いに向かう準備は十分。
街の唯一の門へと向かうけど、やはりリゼはローブを脱いだ町娘の姿。フィアナは弓を隠し持ってる状態。たぶん城や獣人が、今でも俺達を探しているから。
今から街を出るのだから、門の近くまで来れば見つかっても問題はない。そのまま逃げればいいだけ。けれどそこまでは、目立たないでいたい。
「ねえコータ。作戦は?」
「……騒ぎを起こして、混乱に乗じて逃げる。追いかけてくる兵士を片っ端から殺す」
「……それだけ?」
「うん。後はまあ、臨機応変に」
カイ達と打ち合わせしたわけでもないし、この程度の作戦しか立てられない。二手に分かれた時点では、ホムバモルの状況なんて一切わからなかったし。
ちなみにいま俺は、リゼの服の胸ポケットに収まっている。昨日の夜、話しやすいようにと急遽取り付けてくれたものだ。ポケットの中なら、疾走するワーウルフの上でも振り落とされることは無いだろうし、会話もしやすい。便利な改造だ。リゼの肩の上も居心地はいいんだけど。
女の子の胸元にいる事について、俺だって思うことがないわけではない。でもまあ、リゼだからいいか。あんまり胸のない女だし気にならない。
そんな事より、今からやる作戦だ。探査魔法で街の外を見る。ルファの馬車が確認できた。昨日までは探査範囲外だったのに。
平地ルートっていうのはそれだけ、遠回りなんだな。険しい山に挟まれた細い道を行く事になる。
カイや、あのサキナという魔女の姿も確認できた。それ以外にも複数の馬車がいる。俺達が門に着く頃には、向こうもたどり着くだろう。
それからなんとなく周りを見回して、そして見てしまった。
例の獣人の男が、俺達の後ろを歩いている。
あいつは俺達の顔を知っている。町娘の格好をしていようが関係ない。そして、奴は俺達をじっと見ていた。
俺達にとって運が悪く偶然見つかったのか、それともこの獣人が根気よく街中を探し回った結果なのかはわからない。奴の目的はハスパレの葉であり、俺達はそれを持っていないまま街を出ようとしている。けれど奴はそれを知らないし、もはや関係ないのかもしれない。
あいつの仲間を結構な数、殺したもんな。それを言うなら、俺達にとってもディフェリアの仇でもあるのだけど。
対立は避けられない。ここで戦闘になるのか。そう思ったけれど、奴は突然踵を返してどこかに行った。いや、方向から向かった先は明らかか。
城へ戻っていく彼は、仲間を集めるつもりなんだろう。
「みんな、急ごう。例の狼獣人がいた。門の近くで、隠れる場所を探そう」
そう指示を出す。俺達の監視から離れて城に向かったとはいえ、俺達の向かう先が門なのは向こうも察していることだと思う。俺達が旅人だってのは向こうも知っているだろうし、門の方向へ歩いているならそれが目的地なのは明らかだ。
街から逃げようとしてると思われてるのかな? その前に決着をつけようと考えているのだとしたら、俺達が暴れている間に援軍を呼ばれる可能性が高いってことだ。それはまずい。対策を考えないと。具体的には、可及的速やかに撤退するとか。我ながらこれくらいしか思い浮かばないとは情けない。
カイ達への連絡手段がない以上、商隊の到着時刻を操作することはできない。つまり増援の到来を見越して、戦闘が始まる時間を早めることはできないってことだ。
「コータ。カイ達が着く前に門を出て、カイに引き返すよう言うことはできない?」
「……できるかもな」
偽の葉を運ぶ作戦はつまり、開戦の時期を遅らせるためにやってることだ。ここまで葉を運んできて、葉がちゃんとこの都市に供給されていることを証明する。
敵がどうやって葉の輸送を把握してるのかはわからないけど、たぶん平地ルートの両側の山から見張れるのではないかと思う。
そして、今のところ騙せている。騙しが確実にバレる直前まで騙せてるなら、発覚が数時間早まったところで多少の誤差と言えるのではなかろうか。
よし、この方針でいこう。そう決めて門まで走ったのだけど、そう簡単には事は進まなかった。
「なんであいつがいるんですか…………」
フィアナが忌々しげにつぶやく。もはや言葉で呪い殺そうとするレベルの怨嗟すら感じられた。
レオナリアという女騎士。それが十数人の兵士を連れて門の横にいた。それぞれ、槍や盾を持っている。
奴は俺達の顔を知っている。そして、獣人殺しの容疑者なのも知っている。このまま門を出ようとしても、絶対に呼び止められる。そして恐ろしく面倒な事態になる。
他に門から街の外に出ようとしている人間も見当たらないから、人混みに紛れて隠れることもできない。
「ほんと、なんでいるんだろうな……」
「葉が来るのを待ってるのよ。あの騎士も、同盟の協力者で独立派だから」
フラウの言葉で、そんなことを彼女の父が言ってたことを思い出した。なら納得だな。
あいつも戦争の道具たる葉の存在を重視してるんだろう。そして到着する葉が民間に流れないように、自ら城へと送り届けるつもりなんだろう。
困るのは俺達だ。あいつがいれば、俺達は外に出られない。カイ達が到着するのを待って戦闘する、当初の作戦でいくしかないように思える。
商隊が門をくぐってカイが中に入った時、レオナリアは彼の顔を見るだろう。その時問答無用で戦闘が始まる。
しかし敵の数が思ったより多くて危険だ。それに増援もすぐに到着するだろうし…………。
「どうやら、わたしの出番みたいね!」
すると唐突に、リゼが自信満々に言ってのけた。
「わたしに任せて! いい考えがあるの。……奇術の基本は視線の誘導だからね……」
不安しかないけれど、一応聞いてみようか。




