8-36 誇りある死
獣人の何人かが剣を抜いてこっちに襲いかかってきた。こっちは魔法で飛び道具が使えるのに、考えなしに突っ込んでくるとは。もしかしてバカなのか。
火災に発展しかねない炎系の魔法は、屋内で使いたくはない。特に、病で寝込んでいる老婆がいる家では。だから風の刃を放つ。突撃してきた敵の胴体をまとめて両断し、ついでに背後の家具に少しだけ傷がついた。正直すまないとは思う。
どうやら敵は、リゼを魔法使いだとおもってなかったらしい。ローブはこの家に置いてきたもんな。今の一撃でまずいと察したのか、残った敵は物陰に隠れた。
「えっと、次はどうすれば?」
「この場で棒立ちになって敵を煽れ」
「え? うん、わかった。おーい、そこの獣人さん達? この優秀で天才な魔女のリゼちゃんには勝てないってわかったかなー? わかったら素直に降参しなうわーっ!?」
「風よ吹け」
こんな女にバカにされたら怒るよな。物陰に身を隠しつつ、敵は矢を放つ。すかさず風を吹かせてこれを防御。
「こ、コータ! 早くあいつらやっつけてよ!」
「今フィアナとユーリがやってる。お前は囮で注意を引きつけるんだ」
「ねえ! なんでそんな作戦なの!?」
「うるさいやれ!」
「わーん! コータのバカ! 使い魔のくせにー! もっとわたしの事を大事にうわー!」
「プロテクション」
矢では俺達を殺せないと踏んだのか、家の中にあった花瓶を投げてきた。咄嗟に光の壁を出して防いだから、リゼは無傷。
「ほら、あいつらをバカにし続けろ」
「獣人さんのバカ! 間抜け! 毛むくじゃら! モフモフ!」
リゼが頭の悪い挑発を繰り返している間にも、家の裏口に回ったフィアナとユーリが背後から敵を殺していってるはずだ。家の中の構造はふたりともよく知っているし、リゼは目立つから敵の注目はそっちにしかいってない。
できるだけ静かに、そしてひとりずつ確実に殺していった結果、少々時間はかかったはず。終わりの時は必ず来るもので。
物陰に隠れつつ俺と睨み合いを続けていた獣人が、悲鳴を上げて倒れた。床に血が流れている。そして代わりに、ナイフを持ったフィアナが出てきた。
「敵はこれで全員だと思います」
「そうだな。リゼ、もう騒ぐのやめていいぞ」
「うえええ……怖かった……」
探査魔法で家の中を覗く。味方しかいないことは確認できた。
リゼは床に座り込んで、そのまま動かない。泣いてはいないけど、俺への恨みを込めているのか思いっきり握りしめてくる。苦しい。
「フラーリは無事。物音に怖がってたけど、安心させてきた。葉も、戸棚に入ったまま」
血のついた包丁を手にしたユーリもやってくる。家の中だから狼化せずに戦おうとして、台所から調達したのだろうか。なんにせよ、フラーリが生きていて本当に良かった。この襲撃でショック死しましたとかになれば、さすがに辛すぎる。
いや、辛い出来事は既に起こってしまったのだけど。
「リゼ。立ってくれ。ディフェリアの事を……」
「うん。……うん。そうだよね」
さすがにリゼも騒ぐのをやめ、沈痛な口調で言いながら立ち上がり、玄関の方へと歩いていく。
たぶん俺達が駆けつけた時には、ディフェリアは既に死んでいたと思われる。彼女に対して俺達ができたことは何もない。
それはわかってる。けれど、何も後悔がないって訳にはいかない。
フィアナかユーリを家に残しておくべきだっただろうか。兵士に葉を渡すのを、もう少し早い時間に行くべきだっただろうか。そうすれば、俺が回復魔法を使う時間ができたかもしれない。
所詮は結果論だ。ディフェリアはきっと、彼女なりに覚悟を持ってあの獣人どもに立ち向かったのだろう。その死は誇り高き物のはず。少なくとも、俺達はそう思わないといけない。
たとえどんなに無様でも、生きててくれた方がずっと良かったのだけれど。
ディフェリアの屍にすがりつきながら泣き続けるフラウを、リゼは優しく抱きとめる。
「大丈夫。怖かったよね。もう悪い奴はいないから。安心して、ね?」
なかなか泣き止まないフラウの頭を撫でて、なんとか落ち着かせようとする。けれどしばらくは、このままだろうな。奴らが押しかけてきた時の情報を知りたいけど、フラウに無理はさせられない。
「コータ。敵は、昨日やってきた獣人、だと思う」
「うん? ああ。そうだろうな」
俺もそんな気がしていたし、全員の共通認識だろう。獣人解放同盟の生き残り。それを指摘しているユーリは、さらに続けた。
「でも、昨日の狼獣人の死体は、無い。どこかに逃げたのかも」
「そうか……」
奴らはこの家に葉があると見込んで、強引に押収しに来た。そして止めようとしたディフェリアを殺したけど、俺達が駆けつけたから全滅した。そういうシナリオだと思う。
だとすると、指揮をしていたのはあの獣人のはずだ。けれど居なくなったということは、俺達には勝てないと見てさっさと逃げたのか。
仲間を見捨てて。あるいは、時間稼ぎの置き石にして。
探査魔法でこの都市全体を観る。一度目にしている相手だから、その姿ははっきり捉えることができる。都市の中心、城に向かって走っているようだった。今から追いかけても、奴が城に入るのを止めるのは無理だろうな。
ただ単に逃げ帰っただけ。それで終わるとは思えなかった。奴は必ず復讐しに来る。
この家に葉が隠されていると、城の権力者に報告。獣人の仲間が大勢殺されたことも合わせて言うだろう。俺達を危険分子とみなして、大軍勢をもってこの家に向かわせるとか。そんな展開が予想できた。
あの男や獣人解放同盟がこの都市で好かれていなくても、ホムバモル政府の協力者なのは変わりない。その構成員と一線交えて殺した俺達の立場がまずいことは確かだ。葉を隠し持っていたという事実もあるし。
「よし、一旦逃げよう。ここは危険だ。ユーリ、お婆さんを背負って走れるか? 出来れば、ディフェリアの遺体も一緒に運べればいいんだけど」
「それは、出来る。でも、どこに運ぶの? あんまり外に、いさせたくない」
「そうだな……」
この街の寒さは老体には酷だろう。屋内に匿う場所を探さないと。ご近所の家のどこかだろうか。
あてを聞こうにも、フラウはこの調子だ。
探査魔法を使う。敵の動向を見ようとしたのだけど、フラウの母親がこっちに帰ってくる姿が見えた。よし、こっちに尋ねるか。




