8-35 ごめんなさい
獣人の男はディフェリアを見て、フンと鼻を鳴らす。
「俺はここの城主様に協力を要請されて、葉を集めてるんだ。この街を守るためにな。だから俺のやる事は城主様の意志だ。わかったら中に入れろ」
「できません。わたしは旅人で、この街の市民ではありません。城主様の命令でも、従う義理はありません」
男は苛立たしげに舌打ちをした。
「旅人なら、この街の事情に口を出さないでくれるかなあ? 俺達はお前みたいな、無力な獣人のために色々やってんだ。邪魔するんじゃない」
「あっ!」
男は問答を続けるつもりはないのか、ディフェリアの体を強引に突き飛ばした。それから家の中に踏み込みながら外に声をかける。
「おい! この中徹底的に探せ!」
仲間が近くで待機していたのだろう。複数の獣人が続々とやってきて、男に続いて家の中に入る。狼獣人以外にも複数の種類の獣人がいる。そしてそのどれもが、遠慮というものが無い。
「ま、待ってください! これが本当に城主様の意志なんでしょうか! これではあんまりではないですか!?」
「うるさい! 旅人風情が!」
なおも立ち上がり、獣人達を静止しようとするディフェリア。しかし狼獣人の男は、あまり気が長い性格ではなかったらしい。
苛立ちが高まった彼は、腰に下げている短剣を抜いた。脅しに使うのではない。最初から一線を超えるつもりだったのだろう。
ディフェリアの腹をまっすぐ刺した。
「え…………?」
「旅人風情が俺のやる事に口を出すとこうなるんだ。わかったか」
何が起こったのかわからない様子のディフェリアに、男は悪びれる事なく言ってのける。そのまま、ディフェリアの胴を蹴って剣を抜き、彼女の体を家の外に放り出した。
「ディフェリアさん!」
その様子を、フラウは見ていることしかできなかった。
自分はもう少し、度胸のある性格だと思っていた。許せない、理不尽だと思う事に声をあげられる者だと。けれど明確な悪意を持っていた狼獣人の男に、何もできなかった。立ち向かおうとしたのは、わたしが散々悪く言ってきた相手で。
「ディフェリアさん! やだやだ、なんでこんな……す、すぐに助けを……」
「いいのよ。もう助からない……それよりフラウ……あなたは怪我は無い? そう、良かった……」
「良くない! 良くないよ! なんでわたしの心配なんか……」
葉っぱのため、祖母のため。あの男に立ちふさがって刺されるのは自分の役目のはずだったのに。そんな疑問を投げるフラウに、ディフェリアは手を伸ばした。
傷口を押さえていたその手は真っ赤に染まっている。それに気づかないまま、ディフェリアはフラウの頬を愛おしむように撫でた。
「なぜって、わたしはもう……目の前で友達が……死ぬのを、見たくないから……ですよ」
「友達って……あなたに酷いことたくさん言ったのに」
「でもフラウさんは謝ろうとしていました。お互いに悪かったとわかっていて…………もう、喧嘩する、ひつ……ようも……」
この人は知ってたんだ。フラウの様子を見ていて。それか、山でコータとしていた会話を聞いていたのかも。和解はとっくに出来てたのに、フラウは言わなきゃいけないことを言えてない。
「ごめんなさい。ディフェリアさん。本当にごめんなさい。ごめんなさい…………」
ただそれだけを繰り返すフラウ。その頬を撫でていたディフェリアの手がパタリと地面に落ちた。
最期の瞬間、彼女は笑ったように見えた。
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「こ、こんにちは兵隊さん! わたしはただの町娘のリゼです! 見ての通り魔女とかじゃありません! 信じてにぎゃーっ!」
街に点在する兵士の詰め所のような場所まで行ったリゼは、相変わらず緊張で余計なことを口走る。腰にぶら下げられながら、こいつの太ももをつねって密かに軌道修正。全くこいつは。
傍から見たら何もない所で叫ぶ変な奴だけど、気にはするまい。別に叫ばなくても変な奴だし。
「えっとですね。南の方の小さな家の、えっとワーウルフさんのお宅から来ました。ハスパレの葉っぱの件です。はい。これが全部ですよ」
言いたいことは言ってるが間をすっ飛ばしたりして、本当にわかりにくい説明をリゼは繰り返し、とにかく袋を兵士に渡すことができた。
フラウの家から頼まれて、葉を渡しに行った近所の町娘だと言い張り続けた。兵士達もこんな変な奴と支離滅裂な会話を続けたくないのか、特に追求はしてこなかった。
昨日の兵士も、葉を持ってきたなら咎めはしないと言っていた。それは本当だったのだろう。
フィアナとユーリの出る幕はなかった。無駄足と言ってしまえばそれまでだけど、必要な用心だったと思いたい。
「えへへー。兵隊さん達、うまくごまかせたねー。やっぱりわたし、口がうまいのかな?」
「それ、本気で言ってるのか?」
「コータも素直に、わたしがすごいって認めなよー」
「やめろ。つつくな。ウザい」
町娘を装う必要もなくなり、俺は定位置であるリゼの肩に乗る。こいつの自信はどこから来るんだろうな。
とにかく、これで一安心だろう。兵士たちの追求はなくなるはず。困っている人たちに葉を配れないのは残念だけど、そういう人達の方にも兵士が訪れることを考えれば仕方ないか。早くフラウにこのことを伝えたい。そう思って家へと急ぐ。
「待って。様子がおかしい」
家が見えてきた時、ユーリが警告するように言った。言われて俺も目を凝らす。玄関先にフラウとディフェリアの姿が見える。ディフェリアは倒れていて、血を流していた。それにすがりつくようにして泣いているフラウ。
ユーリの言う通り、どう見てもまともじゃない。俺達は一斉に駆け出す。フィアナは弓を手にとったし、ユーリはローブを脱いですぐに狼化できるようにした。
家の中から物音が聞こえる。それも荒っぽい種類のもの。友好的ではないもの。
俺達が駆けていることに向こうも気づいたのだろう。家の中から人が出てきた。猿っぽい顔の獣人。つまり猿獣人だ。そいつは弓を持っていて、それを真っ直ぐこちらに向けている。
「風よ吹け!」
リゼの詠唱と共に俺も心中で叫ぶ。フラウの家に向けて一陣の突風が吹き、男がひるむ。その隙にフィアナが奴に向けて矢を放つ。それを見て俺は風を止める。命中。
あの獣人が何者かは知らないが、こっちに敵意を持っているのは確かだ。申し訳ないが死んでもらう。だいたい察しはついたしな。
ディフェリアの体を飛び越えて、俺とリゼは家の中に踏み込んだ。フィアナとユーリは、密かに家の裏側に回り込む。
家の中には、やはりこちらに敵意を持っている獣人が複数。とりあえずこいつらの排除からだ。




