8-33 指導者と獣人
リゼをなだめて、それからそこら中に飛び散った葉や煮汁の掃除をして、これからの事を話し合わなければならない。
近所の必要としている人達に葉を配っていく。不用意に、それをするわけにはいかなくなった。
やれば葉があると兵士達に知れるし、今度は嘘で追い返すことができなくなる。国家反逆罪とか公務執行妨害なんて罪がこの世界にあるのかは知らないけど、いずれにせよ面倒なことになるのは確実だ。
そんな折、フラウの父親が家に帰ってきた。日中は街の中心部で仕事をしているそうな。フラウの帰還やユーリとの再会を喜び、俺達客人を歓迎する。一通りのあれこれを済ませてから、父親は深刻そうな顔で言う。
「この家にハスパレの葉があると、あちこちで噂になっているぞ」
ああ。やはり早い段階で広まっているのか。今日の昼前にこの街に入って、夕方には兵士が訪問してきた。それだけあの葉の匂いが、周りからはわかりやすいってことだろうか。
「兵隊さん達に葉を渡すのは絶対に嫌! あれは、おばあちゃんに飲ませるの」
今後どうするかを決めるのだけど、フラウはこれだけは譲れないとばかりに強弁な主張をする。まあ気持ちはわかるけど。
「フラウ。それは危険だ。城の兵士はこの家に目をつけている。葉が見つかったらただじゃすまない」
「じゃあ、お父さんは葉っぱを渡してもいいって言うの!? おばあちゃんがそれで苦しんでも!?」
家族を守るためにと、父は諭すように言って聞かせる。けれどフラウはそれに反発した。
父親だって、あの老婆が痛みに苦しむのを良しとしたいわけではないだろう。フラーリがどちらの母なのかはわからないけど、この男にとって守らなきゃいけない家族なのだから。
だからといって、家族全体を危険に晒すわけにはいかない。
「あの。半分だけ、兵士に渡してしまえばいいのではないでしょうか。残りは、おばあさんのためにとっておくのは……」
そんな提案をしたのはディフェリアだった。案としては妥当な物に思えた。
向こうが疑っている以上、現物を出さないとその疑いは晴れないだろう。けれど逆に言えば、現物さえあればそれ以上この家に用はないはず。その量は問わない。向こうの知らない情報だから。
あの兵士達だって、無理に事を荒立てるのは望んでいないように見えた。穏当に問題を解決するなら、これはいい方法に思える。
「そ、そうね。それはいい考えだと思う。うん、そうしましょう……」
フラウも納得した様子を見せる。またもディフェリアに助けられた事に戸惑いを見せている様子だ。きっと、まだ謝れていないことを気にしているのかもな。
他に反対する者もいなかった。とりあえずの方針は決まった。あとは兵士に葉を渡しに行くのは誰にするかとかだけど、それはリゼと俺がいいんじゃないかと思う。
「えー? なんでわたしが?」
「万一兵士達と話しがこじれて、犯罪者として拘束されかかった時に逃げやすいからな」
「そっかそっか。わたしの優秀な力で切り抜けるってことね!」
「それは……まあ、そうかな」
フラウもディフェリアも、リゼは変な奴だけど魔法はすごいって認識を持っているはず。だから、リゼは優秀な奴だってことにしておく必要がある。
「よーし。じゃあみなさん。このリゼちゃんが後は全部なんとかしますから、なんの心配もいらないですからね!」
「あんまり調子に乗るな」
「にひゃー」
うるさいから頬を引っ張って黙らせた。実際に揉め事が起こるなら、対処しなきゃいけないのは俺なのだから。
「……それにしも、本当に城主様は、葉をわたし達には渡さないつもりなのね……」
方針が決まって一息ついて、フラウがふとそんなことを言った。
フラウの説明を聞くに、この都市の城主はそういう事をする人間じゃなさそうだ。先祖代々、民衆と寄り添って生きてきた支配者。民に必要な物を制限して戦争の道具にするとは考えにくい。
たとえ、この都市の存亡がかかった戦争を前にしているとしてもだ。
「それなんだが、獣人勢力が主張しているらしい」
「獣人が?」
フラウの父親が、噂話なんだがと前置きした上で説明した。
ホムバモルの独立運動を支援している獣人組織が、レメアルド王国との戦争に向けての準備を積極的に推し進めている。
ホムバモル政府は、市民に負担をかけてまで戦争の準備を行うのには乗り気ではないらしい。国に目をつけられた今、戦争は避けられないかもしれない。けれど民に被害が及ぶような結果は避けたいと、城主様はそう考えているらしい。この都市が壊滅状態になるなど、もってのほか。
そうなるくらいなら、独立はやめた方がいいという意見も都市の支配者層では多数ある。
しかし独立運動に際して協力をしてきた獣人サイドが、強硬な手段を主張している。彼らは元々この都市の住民ではなく、この都市の性格もよく知らない。
ホムバモル王国の建国と、それによる獣人の政権への関与を目指す獣人達は、そのために全面戦争へ至ることも辞さない構えだった。
独立自体はホムバモル政府も望んでいること。しかしそのための協力者として都市外から連れてきた勢力のおかげで、政府内でも意見がまとまらない状態になっているらしい。
「さっき葉を探してやってきた兵士の中に、鎧を着ていない獣人がいました。それが、都市の外から来た獣人勢力ってことでしょうか」
「そういうことだろうな。まったく……獣人だからというわけじゃないが、外から来た奴らに好き勝手されるとは……」
「獣人勢力っていうのは、獣人解放同盟という組織ではないですか?」
「うん? ああ。そういう名前らしいな。俺もよく知らないが、噂ではそうだ」
フラウの父の回答に、俺はそうですかと返した。
ホムバモルと獣人解放同盟が手を組んでいるのは知っている。奴らの生き残りがここホムバモルで、再起を図っているということだ。
「その同盟の盟主が、最近よその都市で蜂起した結果、全員討ち取られた。残された獣人達が仇を取るためにも、全面戦争を主張してるらしい」
「そうなんだ。恨まれるなら、殺さない方が良かったかもね。その、蜂起された都市の軍隊も」
ユーリが他人事のようにつぶやく。フラウの家族は単に、ヴァラスビアの軍隊への批判として受け取ったようだけど。
でも同盟の盟主三人の内ふたりを殺したのは、他でもないユーリだ。今のは過去の自分への反省なんだろう。
もうひとりを殺したフィアナは、自分はとんでもない事をしてしまったのではと考えているらしく、冷や汗を流している。
まあ、やってしまったのは仕方ない。あの戦いでは討ち取らなきゃいけない敵だったわけだし。後でフォローしてあげるぐらいはするけど。




