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8-30 看取る人

 その声は、か細い女性のものという印象。敵意の類は感じられない。フラウの家族からしても、不審なものではないようだ。というか知り合いのものらしい。特に警戒することなく、フラウの母親が立って対応にあたる。そのやり取りを俺達は聞いていた。


 扉の向こうに立っていたのは、犬の獣人の女性。声の印象と違わない、人の良さそうな見た目だ。申し訳なさそうに、ハスパレの葉について切り出している。ということはこの女性、ここに葉があることを知っているのか。

 フラウが葉を求めていることをこの御婦人は知っていて、そして戻ってきたのを誰かが見た。会話に聞き耳を立てるに、そういうことらしい。


「ご近所さんよ。先週、旦那さんが腕を折る怪我をして、まだ痛むらしいの」


 フラウが小声で俺達に教えてくれる。なるほど、本当に知っている人物なのか。そして、ハスパレの葉が必要な人間。

 ご近所さんなら、この家がワーウルフの一家というのも当然知っているだろう。けれどあの犬獣人とフラウの母は、ごく普通にやり取りをしている。ここには本当に、種族間対立はないらしい。


 フラウは少しだけ考えた後、葉が入った袋を開ける。中から葉の束を数本取り出して、訪問者に手渡した。

 訪問者の獣人はたいそう喜び、フラウの頭を撫でて何度もお礼を言ってから去っていった。葉を必要としている、彼女の夫が待つ家に。


「いいの? 簡単にあげちゃって」

「いいの。葉はたくさんあるし、おばあちゃんもこうすることを望むはずだから」


 はっきりと言い切ったフラウだけど、その言葉の裏にはどこか寂しげな雰囲気が感じられた。なんとなく事情は察せられる。


「…………フラーリ、もう長くないの?」


 遠慮がちにユーリは尋ねた。本当はもっと遠慮して聞かないべきなのかもしれないけれど、はっきりさせたかったのだろう。フラウはゆっくり頷く。


「お医者様の見立てでは、あと数日ほどでしょうって……」



 この世界の医学は、まだまだ未発達だ。病気になってもその原因がわからないし、治療法も確立していない。そうでなくても、ここは厳しい環境の場所。食料は限られ栄養事情も厳しい。人であれ獣人であれ、長生きするのは難しい場所。一度病気にかかったら、それが命の危機に直結する世界。


 あの老婆もそうなんだろう。俺も専門家ではないから何の病気かはわからないけど、相当悪いように見える。医者には手の施しようが無く、経験から判断して残りの命の長さを伝えることしかできない。あとは、この世界にある素朴な薬を与えるくらいか。それも、この街だと得られる薬も限られる。

 フラウがハスパレの葉をなんとしても手に入れて、この街まで早く持って帰ろうとしたのはそういう理由。残り少ない祖母の命を、せめて安らかなものにしたい。


 そして祖母がこれ以上長くは生きられないなら、あの袋に詰まった葉のほとんどは余る。

 葉を管理しているホムバモル政府に代わって、必要としている市民に分け与えるというやり方は理にかなっていると言える。



 そして、その祖母自体もこれを望んでいるはず。フラウはまた語り始めた。


「おばあちゃんはさ。この街に移り住んだ時からずっと、病気や怪我で亡くなる人達に寄り添うように生きてきた。死ぬ間際の人間や獣人を近くで見守って、死の恐怖をやわらげるのが生きがいって。そう言ってた」


 それは、あの老婆の人柄によるものか。あるいは、ワーウルフという異分子がこの都市で馴染むための努力なのかもしれない。

 厳しい環境のこの都市で、フラーリは住民と積極的に交流を重ねてきた。特に自分と同年代。働き盛りを過ぎて、人生の終焉が見えてきた者達と。結果として必然的に、今生の別れの場に立ち会うことも多くなる。そして彼女は、死にゆく者のそばにいる過ごし方を好むようになった。


 誰であっても孤独には死なせない。そんな優しい心遣いは、この街の中で評判になっていく。


 偏屈だった爺さんが最後に笑顔を見せて死んでいった。孤独な老人が、フラーリを通して最後は多くの者に看取られて旅立った。恐ろしい病で絶望していた若い娘が、最期の数日は元気を取り戻していた。

 そんな事が起こるにつれて、フラーリは多くの感謝を集めていった。いつしか、彼女に看取られると安らかに死ねるという噂をすら立つようになった。



 そして今度は、彼女が看取られる番。フラーリが病に倒れたと聞いて、毎日数人の知り合いが彼女を訪れているらしい。

 今日はまだ誰も来てないようだけれど、夕方から夜にかけて来るだろうとのこと。


 とにかく、フラーリはそんな人だ。だからこそハスパレの葉はこの街の、それを必要としている市民にもたらされるべき。そうなることを望むだろう。



「ぐすっ……いい話だね……いい人なんだね、フラーリさんは……」


 リゼは涙ながらにその話しを聞き入っていた。こういういい話を、普通以上に真に受けてしまうタイプだな。知ってた。

 別に悪いことじゃないと思うし、フラーリの話は普通に感動して良いものだとは思うけど。


「わかったよフラウちゃん! この街にはまだまだ、あの葉っぱが必要な人がいるってことだよね! じゃあさ! その人達に配っていこうよ!」


 そしてリゼは、勢い込んでフラウの手を握ってそんな事を言う。うん、こうなることも予測できていた。何度か見た光景だ。


「リゼさん……いいんですか? お客さんにそこまでご迷惑をかけるわけには……」

「いいっていいって! べつにわたし達、お客さんじゃないし! ねえ! みんな手伝ってくれるよね!?」


 そう、俺達に尋ねる。

 お客さんじゃあないのはいい。俺達は俺達の目的でここまで来たんだから。成り行きでここまで来たって感じも強いけど、当初の目的も忘れてないぞ。このフラウ達の家族を戦火から遠ざけるためだ。

 そのために、この家と仲良くするのは大事だと言える。なかなか戦争のことを切り出せないから、まずは外堀を埋めていこう。


 だから俺は、リゼの案には別に反対しない。そもそもリゼがやると決めたら、使い魔の俺は逆らえないだろう。ユーリも手伝ってくれると思う。フラウやフラーリのやりたい事だからな。

 フィアナは…………ああ。迷ってる。フラウは恋敵。でもやろうとしている事は、純粋なる善行。ユーリと意見を異にすることも嫌っぽい。素直な女の子と見せかけて、意外に難儀な考えをしている。それから…………。


「いいわ。やりましょう。あなたのしたいこと、わたしも手伝います」


 ディフェリアが、穏やかな笑顔でそう言った。

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