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8-28 北の街の中

 翌朝。狼からの夜襲は無く、俺は清々しい朝を迎えることができた。

 見張りはいつの間にかフィアナに交代されてたみたいで、彼女から挨拶されて俺もおはようと返す。リゼは俺を抱いたまま眠っている。本当に気持ち良さそうに寝るな、こいつ。


 簡易的な朝食もそこそこに、ホムバモルへの行軍を再開する。昨日に比べれば楽な行程だった。狼からの襲撃はあったけど昨日ほどではない。俺が炎の矢を撃てばそれで壊滅する程度の群れが、散発的にやってきたぐらいだ。


 ホムバモルに近づくごとに狼の数は減っていった。やがて山を抜け、人が普段から使っているらしい平坦な道に出た。

 そこに至れば、もう人の領域だ。狼は人を恐れてここまではやって来ない。俺達が運んでいる葉の匂いに釣られる可能性はあるけど、幸いにしてそれも起こらなかった。


 長年使用されてきたその道は、雪が積もっているものの広く平坦だ。しかし周りを見ても、俺達以外に人間は見当たらない。なるほど旅人も商人もあまり訪れない街か。


 そのまましばらく進むと、城壁が見えてきた。ヴァラスビアのそれと構造的には変らないはずだけど、雪化粧のおかげで印象はずいぶん違って見える。

 それから門も。この城塞都市に陸路で入るための唯一の門。これ以外にホムバモルに入る方法として海路があるけど、この時期は港が凍るから入れない。門には当然、門番が立っている。両脇にふたり。ひとりは人間でひとりは獣人だ。


 門番ってことはこの都市の城主に仕える兵士だ。そして、都市の入り口を守る重要な仕事だ。その片方が獣人。

 この都市ではそれだけ獣人が信頼されている。こんな仕事に就ける程度には、そして人間と組んで仕事する程度には差別意識が薄い。



 さて、そんな真面目な門番さんに身分証を見せて入城させてもらう。よその都市に戦争を仕掛けるかという情勢だけど、旅人が訪れること自体は規制されていない。だから、特に怪しまれること無くホムバモル入りを果たせた。


 獣人の門番は、ハスパレの葉が入った鞄には気付かなかったようだ。

 他の荷物の下に隠しておいたからかな。フラウが、門番と知り合いだったというのも大きかったかも。ワーウルフの一家は、この都市ではそれなりに名が知られているらしい。そんなフラウの知り合いならば、別に怪しくないかということか。

 それか、その獣人はあまり鼻が良くない種類の獣だったからかも。犬でも狼でもなかったから。


 城塞都市ホムバモル。ヴァラスビアよりは規模の小さい都市。気温が低いのもあって、人々は屋内にこもる傾向にあるのだろうか。通りの人の数は、ヴァラスビアと比べると少ない気がした。

 それでも都市は都市だ。店はそれなりに賑わっているし、人々の話し声もそこかしこから聞こえてくる。


 雪が降り積もっていることと、獣人が多く目につく事が特徴か。毛に覆われた体にさらに厚着をして、暖かそうな格好の獣人がたくさんいる。なるほど、北国ほど獣人が多い。


「早いところ、家に行きましょう。おばあちゃんに葉を渡さないと」


 都市入りの際に人間の姿に戻ったフラウが急ぐように言う。厚手のコート羽織っているけど、それ以外は裸だ。さすがに寒いのか、すぐに狼の姿に戻る。毛皮の分こっちの方が暖かいんだろうな。

 ユーリもまた、お世話になった人に早く会いたいのだろう。いつもより少し浮かれ気味の足取りで、フラウのあとをついていく。


 街の中心からは少し外れたところにある一軒家。それがフラウの家だ。それほど大きい建物ではないけれど、古いとかボロいとかそんな印象は受けない。よく手入れの行き届いた、良い家だ。


「おばあちゃん! お父さんお母さんただいま! ハスパレの葉、持ってきたよ!」


 人間態に戻り、コートを急いで羽織りながらフラウは家に駆け込む。放っておかれた俺達はどうするべきか、顔を見合わせた。


「中に入ろう。寒いし。お邪魔します。お久しぶりです。ユーリです」


 フラウと同じくコート一枚のユーリが、あんまり遠慮することなく入っていく。勝手知ったる他人の家。

 家の中では、フラウが母親らしき女性に抱きしめられていた。フラウにどことなく顔つきが似ている。髪色は美しい黒でフラウと同じだ。脱ぎやすいコートとかではなく、普通の服を着ているけれど、この人もワーウルフなんだろう。

 無理に変身する必要がないなら、普通の服を着るものなんだな。そりゃそうか。



「本当にこの子は……心配したんだから。急に家を飛び出して…………!」

「ごめんなさい! でも、どうしても葉っぱが欲しかったの! それにユーリにも会えたんだよ!」

「まあ! ユーリに?」


 どうやらフラウは、両親にちゃんとした許可を取ることなくマウグハの街まで来てたらしい。なかなかの行動力というか、無茶というか。当然両親は心配するだろう。

 こらそこ。リゼ。気持ちはわかるみたいな顔しない。お前も家出仲間だけど、全然違うからな。


 それからフラウの言葉によって、ご両親もようやくこっちの存在に気付いた。先頭に立つユーリがおずおずと会釈する。それに合わせて俺達も頭を下げる。


「久しぶりね、ユーリくん。大きくなって……後ろの方達は?」

「お久しぶり、です。この人達は、旅の仲間です」


 旅の仲間。相変わらず口数の少ないユーリは、それだけで紹介を終えてしまった。仕方がないから、俺達が順番に自己紹介しようとした。

 けれど、そこにフラウが割り込んできた。


「お母さん! それより葉っぱ! 早くおばあちゃんにあげなきゃ!」

「そ、そうね。せっかく取ってきたなら……お湯を沸かしてちょうだい」


 あの葉は煎じて飲むもの。そのためだろう。フラウは袋を持ったまま、キッチンの方へと駆けていく。



「あの。フラーリが病気だって、聞きました。今、会ってもいいですか?」

「ええ。もちろん。寝室にいるわ」


 ユーリが遠慮がちに尋ねて、フラウの母親が微笑みながら許可する。するとすぐに、急ぎ足で寝室へと向かっていった。俺達もあとを追いかける。



 ベッドの上で、老婆が眠っていた。今でこそ歳を取っているものの、若い頃はさぞ美人だったのだろう。老いてなお品の良さを保ち続けているという印象。髪には白髪が目立つけど、元はフラウやその母親と同じくきれいな黒髪だったのだろう。


 ごく浅い眠りだったのか、ユーリがそっと床を歩く音だけで老婆は目覚めたようだ。そしてユーリの姿に気付いて、にっこりと微笑んだ。


「お……お久しぶりです。フラーリ。ユーリ、です」

「あらまあ。懐かしい。あの坊やが立派になって……」


 きっと、老婆にとっても感慨深い再会なのだろうな。

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