3-2 大きな依頼
魔女っぽい。カイはリゼの方を向きながらはっきりそう言った。
「なななな! なにを言ってるのかな!? わたしはただの町娘のリゼだよ? リーゼロッテなんていう魔女とは名前が似てるだけのただの別じにゃひんっ!?」
今リゼの尻を叩いて黙らせたのは俺ではなくフィアナだ。この子もだんだん、リゼのことがわかってきたようだ。俺は嬉しいぞ。
「隠してたならごめん。事情があるなら別に話さなくてもいい。でも、君は使い魔だよね? だったら近くに魔法使いがいるはず。君だよね?」
「あー。うー。そうです。はい。わたしは優秀な魔女のリゼです。ただのリゼ」
「お前はもう黙ってろ。すいません。ちょっと訳あって魔女であることは隠してて……俺が使い魔だってやっぱりバレちゃいますか?」
「まあ、他に可能性ってあんまりないからね。しゃべる小さい人形なんて。言葉を話せる使い魔ってのも珍しいけれど、いないわけじゃない。俺も初めて見たけどね。つまり妖精の国から来た、そういう使い魔ってわけだ」
「なるほど……」
となると、リゼを魔法使いだとわからせない格好をさせている間は俺も動いたり喋ったりしない方がいいということか。よし、今後は気をつけよう。
カイはこういう情報に詳しいらしい。魔法使いがどういうもので使い魔がどういうものか。俺は妖精なんかじゃなくて違う世界から連れてこられた人間だってのは説明したら長くなるから黙っておくことにした。詮索はしないってカイ本人も言ってるし。
それより、カイが事情に詳しいならこちらからも聞きたいことがある。
「この村にギルドの人間が大勢来ているらしいんですけれど、なんでなんですか?」
宿屋に泊まれないぐらいの大勢の冒険者。宿屋も満員だし、今も建物の外にも同じような冒険者らしい人間が何人も見える。フィアナの村とは明らかに違った光景だ。
「知らなかったの? 君たちもしかしてギルドの人間じゃない?」
「え、ええまあ。ただの旅人です。……西の方から来ました」
「そっか。なら知らないか。彼らはワケアの街から来た冒険者だ。ここから東にある、小さな街だよ……俺はワケアの住民ってわけじゃなくて、街にしばらく滞在してるただの旅人なんだけど、便乗してついてきたんだ」
「領主様がいる街ですね」
フィアナがリゼと俺にだけ聞こえるように小さく言った。なるほど。俺たちがとりあえず目指している場所か。
「数日前、ワケアのギルドにこの村から依頼が舞い込んできた。依頼主は村長。つまり、村全体としての依頼だ。村の近くにオークが大量に居着いているから、退治してほしいと。しかもとんでもない数らしい。群れというよりは、ひとつの集落のレベルらしい。このあたりはオークの生息地じゃないから、おかしなことなんだけど」
そんな風に、カイは事情を話し始めた。
「そうなのか? オークってこのあたりにいないのか?」
「わたしに聞かないでよ。オークの生息地とかわたし知らないし」
「でもわたしの村でも、オークの被害が昔あったってことは聞いたことないですよ」
「じゃあ、やっぱり生息地とは外れてるんだ。けっこうどこでも出てくるって聞いてるけど。あ、でもわたし達オークと戦ったじゃん」
「この村の集落から追い出された、はぐれオークじゃないのか?」
「ああ、なるほど。森をさまよってて偶然わたし達に会ってしまったと」
「そういうことだろうな。よしカイさん。続きをお願いします」
「う、うん。わかった……」
俺たちだけで内緒話してる間、喋らないで待っててくれるこの人はやっぱりいい人なんだと思う。
「とにかく、村はかなり困ってるらしい。当然だな。もしオークが近くにあるこの村に一斉に襲いかかってきたらひとたまりもない。そして奴らは間違いなくこの村を認識して、ちょっかいをかけていたようだ。目撃情報に家畜への被害。何事か確認しに行った村の男たちの半数は帰ってこなくて、もう半数はボロボロで死にかけの状態でなんとか戻ってきた。だからこそ、この村はギルドに依頼を出せたんだけどな」
かくして、依頼は無事にギルドに届けられた。村中の金をかき集めたのか、出せる報酬はそれなりの額になった。討伐対象であるオークの数を考えれば一体あたりは確かに少額にはなるが、それでも大きい仕事には変わりない。その報酬が目的だったり、大量のオークを討ち果たして名を上げようとしてる冒険者たちが大挙してこの村に押し寄せてきているという。
もともと街にいた冒険者だけでなく、噂を聞きつけた近隣の街の人間や、これを機にギルドに入った街の力自慢なんかも少なからず混ざっている。
かくして、小さな村の宿では溢れてしまうほどの冒険者が来たわけだ。
「なるほど……そんなことが」
「大変な時に来ちゃったね」
「ギルドに登録した後に来れたら稼げたかもしてませんけど。機会をのがしちゃいましたね」
「まあ仕方がない。とりあえず冒険者たちの戦いぶりを見学しよう。今後の参考になる」
ギルドに登録するとは決めたけれど、どんなものかというのを俺たちはよく知らない。近くでどういうものか見させてもらうことは重要だろう。
「カイ。もうひとつ教えてくれますか……俺たち、今日はどこに泊まればいいんだろう」
「あー。それな……」
俺たちにとって切実なこの問題は、カイたちにとっても解決が難しいようだ。
「もしかしたら、そこいらの民家にお願いしたら泊めてくれるかもしれない。でも金は取られるだろうな。村の人間たちも必死なんだ。ギルドへの依頼で払った金を少しでも取り返そうとしている」
「あー……」
金ならある。けれど無限にではない。今後なにがあるかもわからないし、節約はしたほうがいいだろう。
「あと、村の真ん中にちょっとした広場があって、そこで野宿するとかもありかな」
「野宿かー。うー。村の中で野宿かー……」
頭を抱えながら悩むリゼだけど、選択肢はあまりない。お金がかかるか、かからないかだ。民家に泊まるといっても宿泊施設として建てられたものじゃないし、ここは。
「野宿だな」
「野宿ですね」
「やだー! ベッドで寝たい! 野宿やだー!」
多数決で野宿に決まった。
村の広場といっても、建物がない少し広い空間というだけで立派なものではない。地面も当然土だ。まあ、それについては初めてじゃないからいいとしよう。カイも野宿を選んだし、同じ選択をした冒険者が既に何人も集まっていた。そのうちの誰かが大きめの焚き火を起こしてくれたようで、それを囲む輪の一角に座る。カイの話しによれば、朝になるのを待って冒険者たちはこの周囲の森を捜索。オークの集落を探してこれを討つとのこと。じゃあ、朝までは寝ておかなきゃな。ああでもその前に飯を食わないと。俺は大丈夫だがリゼがきっとうるさくなるし。さっき酒場ではナンパ男のせいで食いそびれたしな。
酒場に戻るか、それとも店でなにか買うかと提案しようとしたその時、周囲が少しざわつき始めたのを感じる。なにかあったのかと周囲を見回して、周りの冒険者たちの視線が一方向に向き始めてるのに気づいて俺たちもそちらを見る。
焚き火を挟んで俺たちの向こう側。さっきのナンパ男がフラフラとこちらに歩いてくるのが見えた。彼ひとりだけのようだ。その表情には血の気がない。
ふと、気がついた。血の匂いがする。それはどこから漂うのだろうか。血の気を失った彼の表情が連想される。どこかに怪我を負っているのか。嫌いなやつだが、死にかけてるとすれば助けてやらなきゃいけないだろうかと考えながら彼をよく見る。
右手がなくなっていた。肘から先が無くて、そこから血が流れていた。他の冒険者たちもそれに気づいて、なにがあったと訪ねようと立ち上がって近付こうとする。
「お……お…………」
そして、男は自分の周りに集まってくる冒険者たちに対して声をあげた。その声は小さくあまり聞こえなかったから、俺は耳をすませる。
「お…………オークが……オークが…………」
体力の限界に至ったらしく、男はどさりと前のめりに倒れる。その背中に、剣が刺さっているのが見えた。
「オークが……来る……ぞ……」
最後の力を振り絞って男はこう言った。
直後、地響きのような音量の、幾多の唸り声が聞こえてきた。




