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1-2 召喚は失敗

 リゼはしばらくその場に呆然とした様子で突っ立っていたけれど、不意に我に返った。


「いやいやいやいやいや! そんなことはありえない……はず。だって魔導書の通りにやったんだから! ちゃんと妖精の世界から使い魔が来るはず! ちゃんとわたしに仕えてくれるやつ! こんな使えない人間が、しかも精神だけ来るとかありえない!」

「聞こえてるぞ」


使えないとは失礼な。そんな俺の言葉は無視して、リゼは地面に落ちているなにかを拾う。ボロボロになった本に見えた。これが魔導書ってやつなのか。


「召喚失敗なんてありえない。大丈夫、ちゃんと手順は正しいはず。魔法陣も間違ってない。詠唱もちゃんと……あー。ちょっと噛んじゃったかも」

「それが原因じゃないのか? ていうか、その魔導書を使って召喚ってやつはやるのか? そんなにボロボロので大丈夫なのか?」

「ああ。それはいいの。召喚の魔術はこの魔導書一冊使い切ってやるやつだから。使ったらボロボロになるの」


 どうやら召喚の儀式を始める前は、その魔導書は新品の形をしていたらしい。儀式によってなにかが消費されて、こんなにボロボロになったと。


「魔導書に込められた術式と正しい手順と魔法陣。そしてなにより、わたしのような優秀な魔法使いの魔力によって、妖精の世界から使い魔になる妖精を一体連れてくることができるの。ちなみに詠唱は術者の実力によっては省略可」

「リゼは優秀な魔女なのに詠唱しなきゃいけなかったんだな。しかも噛んだ」

「うぐっ! ま、まだ大丈夫。大した問題じゃないから!」


 なんにせよ、俺はこんな所にいたくはない。魔法使い気取りの女と一緒にぬいぐるみの体で過ごすなんて、こんなに特殊すぎる放課後の過ごし方はごめんだ。

 なんとかして戻してもらわないと。そういうわけで、魔導書とにらめっこしながら何が間違っていたのかを考えているリゼを少し見守る。すると突然彼女は膝から崩れ落ちて、地面に座り込んだ。


「あ……やっちゃった……」

「おいどうした」

「魔法陣……思いっきり描き間違えてた……そっかー。ここ星だって思ってたけど違ったかー。うわー。ここも術式思いっきり間違ってた。そっかー」


 俺の下にあった紋様。魔法陣にも正しい描き方があるらしい。当然か。そして間違えれば、正しい召喚なんてできないだろう。


「結局はお前の無能さが原因だったか」

「うー。それは……そうかもしれないけど。でも、惜しいところまでは行ってたんだよね。だから妖精界じゃなくて別の世界にゲートが開いた。コータの世界に。そして、人間であるあなたが連れてこられた。妖精じゃなくてね」


 異世界がなんなのかはわからないが、俺の世界に妖精はいないからな。いやそれよりも重要なのが。


「原因がわかったのはいい。それで俺は帰れるのか? 俺の元いた世界に」

「無理」

「おい!」


 この女口数が多いのに、肝心なところは『無理』の二文字だぞ。ひどくないか? と思ったらそのまま続けてくれた。


「戻す方法を知らない。そんな方法があるのかどうかすら、よくわからない。あるにしても、たぶん同じように専用の魔導書が必要かなー。でもそんなもの、わたしは見たことない」


 つまり戻れない。それは困る。


 別に戻ったところで、大事なことがあるわけじゃない。俺にあるのは平凡な高校生活だけだ。それでも別世界でぬいぐるみやるよりはずっといい。というわけでなんとか帰れないかと、魔法陣の所に走ってみる。けれどこいつは、もはや地面に描かれた模様でしかなくなっていて。

 絶望的な状況じゃないか。夢なら覚めてほしい。


 しかしそんな俺の心中などまったく意に介さず、リゼは話しかけてきた。


「ねえそんなことより。あなた魔法とか使えない? 元いた世界では有名な魔法使いだったりして」

「そんなわけないだろ。俺のいる世界に魔法なんてないぞ。魔法って言葉の意味はわかるが」


 そんなものフィクションの中にしかない。そもそもリゼが魔法使いだの魔女だのを自称していること自体、まだ信じられない。もちろん、俺が学校から森の中なんかに瞬間移動してこんな体になった現状を考えれば、受け入れるしかないだろうけど。


 そんな感じのことを伝えたら、リゼは頭を抱えてしまった。


「そんな…………ううっ。せっかくのわたしの完璧な計画が……優秀な使い魔を連れていくことでわたしも優秀な魔女扱いになってみんなから褒められるし、有名になって歴史にも名を残すっていう、完璧な計画が最初からつまづいてしまうなんて……」

「ずいぶん不純な動機だな」


 ものすごく個人的な欲望のために、俺はこんなことになったのか。頭抱えたいのはこっちだ。というか、どこが完璧な計画だ。



 そうやって、頭を抱えているリゼをしばらく見つめていた。ややあって彼女はゆっくり立ち上がる。


「どうした? 立ち直ったか?」

「旅に出ます。探さないでください……」

「おい! どこ行く!?」


 リゼはフラフラとよろめきながら、茫然自失という様子で歩き始めた。どう見ても目的がある歩き方じゃない。ただ歩くだけ。

 ここは森の中にできた空き地だ。リゼがどこへ歩こうが、木々が鬱蒼と茂る森の奥深くへ入っていくことは確実。


 そんなことになれば、俺は間違いなくリゼを見失う。それはまずい。こんな変な女でも、俺がここで唯一知り合ってる人間だ。それとはぐれたら、俺はぬいぐるみの体でこの世界で生きることになる。そんなのは御免だ。


「おい待て! 止まれ! ああもう!」


 仕方ない。リゼを追いかける。元から足に自信があったわけではないが、ぬいぐるみの短い足では速さが出なくてもどかしい。もっと速く。そう心の中で念じた。すると。


「うわっ!?」


 急に加速が生じた。走っているというか飛んでいる。何かにぶん投げられたような感覚。そのまま俺の体は、リゼの方に飛んでいって。


「ぐえっ」


 いつの間にか立ち止まっていたリゼの背中に激突する。ぬいぐるみの体だから、お互いに痛みはないけど。


「おい。事情はわからないけど俺を置いていくな。こんな体で俺を一人にしないでくれ」

「あわわ……どうしようどうしよう」

「うん?」


 返事をしてくれないのはもう慣れたけど、それでも様子がおかしい。彼女の背中が震えていた。召喚の失敗がよほどショックだったのかと思いながら、背中を登ってリゼの肩に乗る。


 リゼは俺の事にも気付かず、前を見て震えていた。その視線を俺も追う。



 怪物が目の前に立っていた。



 それは、リゼの身長よりも倍ほど高く、太っていてやたらと大柄な体型をしていた。顔は豚のようで肌の色はくすんだ深緑色。清潔感とは程遠い身なりからは異臭が漂う。手には太い棍棒。

 これはそれこそ、ファンタジーに出てきそうな……。


「オークだ。初めて見た……」


 リゼが俺の思っていたことを代わりに口にした。


 そのオークは、一体だけで森の中から出てきた。こちらとの距離は四メートルほどで、向こうもこちらに気づいている。そして目の前の人間をどうしようかと思案している様子。

 どうするって? たぶんオークにとって、リゼみたいな若い女の子は恰好の獲物だ。思案とは他に仲間がいないかとか、どう仕留めようかとかそんな内容のことで、結局のところリゼを襲うことは確定事項らしい。奴は棍棒を振り上げながら、ゆっくりこっちに歩いてくる。



「あわわわわ。どうしよう。逃げ……じゃない。戦わないと。杖……杖?」


 敵意を持っている相手に混乱しながらも、リゼは戦う覚悟を決めたらしい。視線を敵から逸して周りをキョロキョロと見回す。杖と言っているけど、魔法の杖のことだろうか。


「あう…………あんなところに……」


 魔法陣のそばに置いているリゼの鞄。そのすぐ横に、長さ一メートル弱の細長い棒が見える。先端には装飾と宝石のようなものがついたそれが、魔法の杖だとは想像がついた。


 こことは離れた場所にある。もし取りに走れば、オークに背を向けることになって危険。それぐらいはリゼにもわかったらしい。


「わ、我が杖よ! 我のもとに来たれ!」


 オークを睨みながら杖に手のひらを向けそんなことを言う。杖をこちらに呼び寄せる呪文だろうか。

 実際、杖がピクリと動いた。けど、それだけ。リゼの手に来たりはしない。



「あう……………仕方ない杖なしで! えっと、えっと。炎よ集え!」



 今度は両手を広げてオークに向けて詠唱。俺からは手で遮られてよく見えないけど、リゼの手の前にパチパチと火の粉のようなものが出来ては消えてを繰り返している。


 魔法についてはよくわからないけど、戦いのための武器としてはあまりにも頼りなく思えた。


「燃やし、砕け! ファイヤーボール」


 リゼがそう叫ぶと同時に、その火の粉が一箇所に固まってオークの方へと飛んでいく。けれどそれは、オークにぶつかる前にほとんど全部が消えてしまった。

 当然ながら、オークにダメージなど与えられていない。しかしオークは、魔法で攻撃されたということは把握したようだ。


「オオオオオオ!」


 気に障ることだったのか。まあ確かにそうなんだろうけど、突如としてオークは激高。

 歩きだったのが駆け足になり、一気にこちらへ接近してきて、棍棒をリゼ目がけて振り下ろす。


 リゼも咄嗟に後ろにステップを踏んでこれを回避。あの太い棍棒が当たったら、ひとたまりもないだろうからな。回避できたのはいいが、こういう動きに慣れていないのかリゼは思いっきりバランスを崩して転倒してしまった。

 そして俺はというと。


「ぐえっ。ああ。さっきからこんなのばっかり……」


 リゼの肩に乗っていただけの俺は、そのまま地面に投げ出されてしまう。急いで立ち上がってリゼの顔の前まで行く。


「おいリゼ。大丈夫か? 立て。逃げるぞ」


 リゼの戦いを黙って見守っていたが、この状況はよくわかる。リゼに勝ち目はない。

 となれば逃げるしかない。だそう提案したけど、リゼの反応は弱々しいもので。


「できない…………今ので足ひねった……」

「おい、マジかよ」


 リゼは動けない。けれど敵はそんな事情を考えてはくれない。オークは今度こそ獲物を仕留めるべく、再度棍棒を振り上げる。さっきまではリゼの肩の上から見ていたオークは、今の自分の身長で見ると恐ろしいほどの巨人に見えた。


「コータ……あなただけでも逃げて…………」

「っ! それは…………」



 正直な所、それが最善の手だろう。

 目の前のオークに対して、勝つ手段なんて無い。逃げるしかない状態でリゼはそれができない。ならば、こんな変な奴は見捨てて自分だけ逃げればいい。元の世界に戻る前に死ぬなんて御免だし。



 でも。



「できるかそんなこと!」



 気付けば俺は、叫びながらオークの前に出ていた。


 たぶんこの後すぐに、俺は死ぬだろう。そしてすぐにリゼの番が来る。俺のこの行為は、リゼが死ぬ時間を少しだけ延ばしただけに過ぎない。

 それでも女の子を見捨てて一人逃げるなんて、そんな後味の悪いことをする気にはなれなかった。


 馬鹿なことをしていると自分でも思う。でもどうやら俺は、思っていたほど薄情な人間じゃなかったらしい。


 オークがこっちに向けて棍棒を振り下ろしてくる。ああ、今からでもなんとか出来ないかな。生き残る策はあるかな。ないだろうな。

 さっきリゼは何をしてたっけ。手のひらをオークに向けて、それからなんて言ってたっけ。確か、確か――――。


 ――炎よ集え。燃やし、砕け。ファイヤーボール。


 その詠唱を思い出した瞬間、俺の体は吹っ飛んだ。

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