3-2 冒険者の男
なるほどこれがギルドか。当然といえば当然だけど体育会系なノリの奴が多いな。魔法使い系の人はおとなしそうだし、それは人それぞれなんだろうけど。俺がギルドに入ったあかつきには、大人しめの奴らと組みたいものだ。
とかそんなことを考えてると俺たちに声をかけてくる人間がいた。
「よう。もしかして君たち、ここの村の人? ちょっとこの村のこと教えてよ。一緒に飯でも食いながらさ」
見れば、男の三人組だった。全員が同じ年頃で、20歳前後だろうか。正確に言えば俺たちに声をかけた、ではなくてリゼとフィアナになんだろう。俺は眼中にないっぽい。リゼは村娘の格好をしているし、フィアナも村で用意してきた狩人装備で旅に出たわけだから、彼らのようにギルドに所属してる冒険者たちとは様子が異なる。旅人ではなくここの村人にみえたのだろう。
で、なんで声をかけてきたのかといえば、要するにこれは。
「えー? もしかしてナンパですかー? やだー。わたしってそんなに可愛く見えへぐっ!?」
「おい。ナンパされてるってわかっててそんなに嬉しそうにするな」
「すいません。わたし達ちょっとやらなきゃいけないことがあるので失礼しますね」
女の子だけで歩いてるのを見ればすぐに声をかけたがる不埒者だ。俺はなぜか嬉しそうなリゼを黙らせ、フィアナは丁重にお断りの返事をしてリゼの手を引っ張り男達の前から立ち去ろうとする。
ところが、奴らはしつこかった。
「そんなこと言わないでさ。ちょっとぐらいいいだろ?」
ひとりがそんなこと言いながら迫ってきて、あとの二人が逃げ道をなくすように回り込む。なんて奴らだ。
「おい。相手する気はないから、さっさとどっか行け」
仕方ない。俺も口を出すことにする。リゼの頭の上に登って男をにらみつける。まあ、ぬいぐるみの体だから迫力なんてないだろうけど。
「なんだぁお前? 妖精かなにかか? お前には用はないんだよ。さっさと妖精の国に帰れ」
そうしたいのは山々だ。ていうか俺って何なんだろうな。リゼが魔女なことを隠してる以上、俺の存在は謎だよな。
そんなことより目の前のナンパだ。俺のことを悪く言われたら、今度はリゼも怒ったようだ。
「ちょっと! コータのこと悪く言わないでもらえるかな!? それにコータは妖精じゃなくてにんげむぐっ」
「余計な事を言うな。それはそうと俺たちもお前には用がないから、さっさと帰ってくれ。邪魔だ」
「邪魔だと? 言ってくれるじゃないか! 俺たちはギルドの冒険者で、困ってるお前たちのためにわざわざここに来てやったんだぜ? それ相応の態度ってのがあるはずだろ?」
「知るか。何しに来たか知らないが仕事だけしてさっさと帰れ。それともなにか? ギルドっていうのは女の子をナンパするのが仕事なのか?」
「なんだとこら! ふざけやがって! やる気か!?」
「やれるもんならやってみろよ!」
言い争いが止まらない。ていうか喧嘩になりそうだ。さすがに店の中でファイヤーボール撃つのはまずいから、戦うのは考え直そうかな、でも向こうは引かないだろうし、あと周りの目が気になってきたというそのタイミングで。
「やめといたほうがいいですよ。冒険者が一般の人間に手を上げたら厳罰です」
声がした。男の声だけど、ナンパ男達とは別の第三者。
そちらを見ると、リゼと同じか若干年上かなという年齢の男がいた。剣を腰に下げた冒険者だ。
その後ろに、フィアナと同い年ぐらいの男の子が立っている。こっちは魔法使いのようなローブで体を包んでいる。小さな体に比べてローブが少し大きい印象。
「なんだぁ、おめえは。お前もやる気か?」
ナンパ男がその冒険者にも突っかかっていく。でかい態度から来る全能感で誰彼構わず喧嘩を売るタイプの人間なんだろう。けれど冒険者の男は涼しい顔だ。
「まさか。冒険者同士の私闘も厳罰ですから。わざわざ罪を犯そうってほど俺はバカじゃないです」
「なんだよお前。ビビってるのかよ?」
ナンパ男が冒険者の目の前まで来て凄むが、相変わらず冒険者は動じた様子を見せない。
「それは、何にビビってるかによって答えが違いますねー。私闘を禁じる規則は怖いですが、あなた達みたいな規則も知らないようなバカは怖くないです」
「おい。今お前、俺をバカって言ったか?」
「あなたを、ではなくあなた達を、です。そこのお友達ふたりを含めてバカと言いました。自分の事しか見えてないあたり、本当にバカなんですねー」
あいつ、喧嘩はまずいと言う割にはとんでもなく煽ってくるな。大丈夫なのか。ナンパ男の仲間ふたりも怒ったのか、冒険者の男の方に向かっていく。
「あの。今のうちに逃げてください」
それから、誰かがリゼの袖を引っ張った。あの冒険者の後ろにいた男の子が、いつの間にかこっちに来ている。
「今なら逃げられます。早く」
「え、でもあの人が」
「カイなら大丈夫。喧嘩にはならないし簡単に逃げられますので。行きましょう」
どうやらあの冒険者、カイと呼ばれた彼は俺たちを逃がすためにあんなことをしてくれたらしい。
幸いにして、この場の注目はカイとナンパ男に集まっている。俺たちが逃げても誰も気づかないだろう。
視線誘導は手品の基本か。なるほど。
ふとカイの方を見ていると、殴りかかってきたナンパ男の一撃をひらりと回避したところだった。
「あー。手を上げて来ちゃったかー。でも、俺は攻撃してないからまだ私闘じゃない! そしてこれ以上こいつと話してるとバカがうつりそうだから、俺は逃げます!」
そんなことを言ってるカイと俺の目が合った。彼はこちらに笑いかけながらウインクした。
酒場の外に出てからしばらく、男の子と一緒に待ってるとカイが戻ってきた。ナンパ男どもは一緒ではない。
「あれからすぐに逃げたよ。店の裏手から出て、走って撒いた。まあここは小さい村だから、また鉢合わせしちゃうこともあるかもだけどね」
カイは笑顔を見せながら説明した。人好きのする、きれいな笑顔だと思う。きっといい人なんだろうな。
「助けてくれて、ありがとうございました」
俺がお礼を言いながら頭を下げると、リゼとフィアナもそれに倣った。カイはそれを見てまた笑顔になる。
「どういたしまして。ほら、ギルドって人を助けるのが仕事だから。助けられる人は助けるべきかなって思うんだ。…………助けられない時は、仕方ないけどね。俺はカイ。こっちの小さいのがユーリだ。よろしく」
「ユーリです」
カイに名前を呼ばれて、男の子の方が短く言った。彼の短い髪は驚くくらいに真っ白で、澄んだ瞳でこっちを見つめながら挨拶をする。
それから、カイが続けて言う。
「君たちは村の人、じゃないよね? そっちの君は魔女っぽいし」