8-17 空き家の中
この建物に関しては、中に何者かが潜んでいる可能性が高い。それも高い確率で不穏分子だ。息を潜めて、とりあえず耳をすます。中から特に物音は聞こえない。こんな時間だ。寝ているのだろうか。
扉を開けようとしたところ、鍵がかかっていた。
俺が火球をぶつけたり、ユーリにぶち破ってもらうなりしてもいい。でもそうすれば確実に、中にいる相手に気付かれる。さっきの住居とは勝手が違う。
それにやっぱり、木造建築に火球は火事になりそうで怖いし。
「よーし、コータ。アンロック魔法だよ。使ってみようか」
「そんなのがあるなら最初から…………まあいい。どうやるんだ?」
以前、そういう魔法があるっていうのは聞いていた。ある程度の能力を持つ魔法使いなら、普通にできる魔法らしい。そんな便利な魔法だから、対策を施している錠も多いんだろうけど。
でもこのみすぼらしい建物に、そんなのがあるようには見えなかった。見かけで判断するのは危険とはわかってるけれど。
「錠に触れながら魔力を流し込む。そして、それが開く姿を想像するの。詠唱は"封じられた秘密を暴きたまえ。アンロック"」
リゼは、扉の取っ手に手をかけている。俺はその手に乗って、言われたとおりに魔力を流し詠唱をした。
かちゃりと小さな音がして、錠が開くのがわかった。背後からみんなの、小さな感嘆の声が聞こえた。
解錠の魔法も俺は習得してしまったようだ。悪用はしないように自制しないとな。
「魔法ってそんな事もできるのですか……すごいですね……」
「ふふふ。すごいでしょう。もっと褒めてくれてもいいんですよ!」
お前はそんなに得意になるな。今魔法を使ったのは俺だから。まあディフェリアの目からすると、使い魔が使える魔法なら主人のリゼも使えるって思うのかもしれないけど。
とにかく扉は開いた。俺達はそれぞれ武器を構える。中に何がいるかわからないから。カイは剣を抜いているしフィアナは弓を構えている。ユーリはすぐに狼化できるよう、ローブを脱いでいた。寒そうだな。
片手にライト魔法の光球を浮かべたまま、リゼが取っ手を引く。その肩に乗っている俺は素早く中を確認した。敵がいれば即座に攻撃を叩き込むつもりだったから。
幸いにして人影は見つからなかった。あくまで一見してそうだって事だから、どこかに隠れてるのかもしれないけれど。隠れる場所ならあるみたいだし。
扉が開いた途端に知覚したのは、鼻をくすぐる妙な香りだ。
ツンと鼻を抜けるようなそれは、決していい香りとは言えなかった。にも関わらず、嗅いだ途端になんとも言えない多幸感が体を包んだ。
頭がぼーっとして、まるで浮いたような感覚。けれどそれは心地よかった。
「ハスパレの葉が、大量にある。みんな、あんまり吸わないで。布で、口と鼻を塞いで」
ユーリの声に、俺ははっと我に返った。吸うと痛みが和らぐと共に、精神を高揚させる効果。香りだけでも僅かながらその効果を受けてしまう。
これがハスパレの葉の効果か。大量に葉が置いてある場所に来てしまったから、俺や人間でも影響が出てしまったらしい。
俺はすぐに腕で顔を押さえる。腕もぬいぐるみで布だから、たぶん意味はあるはず。みんなも袖で鼻と口を押さえながら、慎重に建物の中に入っていく。
空き家の中の広い空間に、鞄や袋が大量に積まれていた。
そのなかにひとつ、見覚えのある鞄もあった。ディフェリアが葉を入れて大切に運んでいたものだ。
となれば、他の鞄や袋の中身もおのずと察せられるというものだ。
「この街に住む同盟所属の獣人が、各地からハスパレの葉を入手してここに集めてるってことなんだろうな。そして順次、ホムバモルへまとめて運んでいく」
カイが袋の中を改めながらつぶやいた。なるほど、これが戦争の準備か。
この葉はホムバモルでは栽培できないから、他の地域から調達する必要がある。ここマウグハの街はそのための中継拠点。
戦争をするには十分な数の葉が必要になる。だから必要数が集まるまでは、マウグハに攻め込むことは控えているのが現状。
戦争になれば、この建物が無事かどうかはわからない。比較的門の近くだから、間違いなく戦闘に巻き込まれるだろうし。古い木造建築だから、戦火に焼かれる危険もある。
とはいえ逆に言えば、この葉が送られてしまった時こそが開戦の瞬間とも言える。猶予がないことに代わりはない。
「とりあえずこの現場をギルドに教えるべきだな。その上で対策を仰ごう。俺達だけでなんとかできる問題じゃなさそうだ。ユーリ、ギルドまで走って……」
カイが手早く指示を出そうとユーリの方を振り返る。その途中でなにかを見つけたらしく、動きが固まった。
「誰かいる。影が動いた」
小声で俺達に呼びかけ、武器を構え直す。
俺達も息を潜めて、カイの示す方向に注意を向ける。
鞄や袋の山が俺のライト魔法に照らされて、壁に大きな影を作っていた。その影に、俺達のではない何かの動きが見えたとのこと。
ここは敵の隠れ家。俺達以外に誰かがいるなら、それは敵だろう。
獣人解放同盟のメンバーか、それに協力しているホムバモルの人間か。忍び込んだ俺達に気付いて、こうやって様子を見に来たと。
この場での唯一の照明である光球を、天井近くまで上昇させて部屋全体を照らす。さらに複数の光球を作り出して、同じように天井に持っていった。
これで明るさは十分。周りを見回したが、敵の姿は見えない。おそらくは目の前の、鞄の山の裏側にいるんだろう。
探索魔法を使いたいところだけれど、それをしたら光球が消えて闇夜に逆戻りだ。
「コータ。向こう側攻撃できる?」
「任せろ」
炎系の魔法では葉に引火して、ついでに建物自体を火事にする危険がある。だから俺は風の刃を選んだ。
鞄の山に向かって心中で詠唱。室内に風が起こり、次いで刃が山に向かって飛んでいく。
いくつかの鞄と袋が切り裂かれ、中の葉が飛び散る。そして山自体も向こう側に崩れていった。
やはり敵は、その向こう側に隠れていたらしい。悲鳴が耳にはいる。女の声。それもかなり若い、というか幼い印象を受けた。
すかさずカイとユーリがそっちに走る。ユーリは狼化を始めていた。室内だけど、ユーリが暴れるだけの空間は十分にあった。山を乗り越え敵に襲い掛かる。しかし敵も、されるがままにはならないようだ。
向こう側から何かが飛び出してきた。
ユーリほどではないけど大型の、狼だった。