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8-16 もぬけの空

 なんにしても、ギルドから許可を取ることは成功した。できるだけ目立たない調査をしてくれって内容だから、組織としての協力を得られわけではないけれど。

 仕方ない。大義名分があるだけで大違いだ。俺達の力で事態に対処するのは、初めてのことじゃないし。



 最初は何から始めるべきか。手がかりはあまりないから、あまり考える必要もない。ディフェリアの友人とやらの住処だな。

 ディフェリアが言うには、その友人とは同じ狼獣人の女とのこと。年齢はディフェリアよりも少し上。元はヴァラスビアに住んでいたけど、獣人の仲間を求めて北国へと移り住んだらしい。今から数年前のことだ。その移住先がここで、数年の間に同盟の一員になったんだろう。

 普段は、別の獣人が経営している食堂で従業員として働いているとのこと。その食堂では他にも獣人が多く働いているらしいけれど、彼らが同盟に関係しているかはわからない。


 獣人が経営して従業員も獣人が多い食堂なんて、それこそ「獣人が経営している宿屋」並に怪しいと思えるな。余裕があればこれも調べるべきか。


 ディフェリアの案内で、友人とやらの住まいにはすぐに到着する。街に定住している者のうち、そこまで高所得なわけではない住民が暮らすような集合住宅。その中の一室。

 木造でできたその建物は清掃こそ行き届いているが、そこまでしっかりした作りというわけではない。アパートという言葉はこの世界にはないらしいけど、意味する所は同じだ。


 ここに関しては、獣人ばかりが集まって暮らしているわけではないらしい。人間も獣人も、あと少数ながらも他の種族が混在している。

 当然、獣人同士の近所付き合いはあるんだろう。そこに同盟の勧誘が入り込む余地は十分にある。


 深夜帯だから、住民はみんな寝静まっている頃。物音を立てないように集合住宅の中を歩き、目的の部屋の前に到達する。

 控えめなノックをしてみたけど、返事はなかった。よし押し入ろう。


「ふふふ。これくらいのドア、わたしのファイヤーボールで一発で壊してあげるんだから!」

「やめとけ。騒ぎになる」


 つまり俺にやれっていうことで。こんなところで火球を撃てば一発で火事だ。


 ドアはそんなに頑丈ではなく、鍵も簡素な作り。可能な限り音を立てないよう用心しつつも、簡単に破壊できた。そして遠慮なく部屋の中に入る。この部屋の主が既に身を隠していることは、すでに予想していた。案の定部屋は無人。


 ライト魔法で照らしながら、罠が仕掛けられてないかだけ確認しつつ室内を探索。特にそんなものを用意する暇もなく、この部屋の住人は隠れたらしい。

 ギルドの男の言葉通りだな。疑われたと思ったらすぐに姿を消す。ディフェリアが警戒してるのを見て、誰かに話される前に逃げたんだろう。

 ディフェリアが昼にここを訪れた時には普通に暮らしていた様子らしかったから、実に素早い行動と言える。



「手がかりになりそうな物、あるか?」


 部屋の中を物色するリゼに声をかける。リゼは無言で首を振るだけ。


 あまり物を持つタイプの獣人ではないらしい。部屋自体もそこまで広いものじゃないから、この人数で捜索すればすぐに調べ終わってしまう。


「わかったことは、ある。この部屋には、ハスパレの葉が、大量にあった。ディフェリアが持ってきた量より、ずっと多い」


 床に這いつくばって匂いを嗅ぎながら、ユーリがそう言った。さすが鼻がいい。

 推測通り友人さんは、複数の知り合いに手紙を出してハスパレの葉を集めていたらしい。そして葉の現物は、既にここにはない。本人と一緒に姿を隠した。


「ディフェリアさんが昼にここに来た時は、葉っぱはあったんですか?」

「えっと……はい。見たわけじゃありませんが、匂いが強かったので。たくさんあったんだと思います。今も残り香がありますが……」


 リゼに尋ねられ、ディフェリアは記憶を辿る様子を見せながら答えた。この人も狼獣人だから、ワーウルフや野生の狼と同じく鼻が利くんだろう。


「じゃあ、足取りを追える?」


 ユーリが勝手にクローゼットと思しき棚を開けて、中の衣服を漁りながら尋ねた。


 意図していることはわかるから別にいいんだけどさ。匂いが強くついているって判断で、その女性の下着を選んで匂いを嗅ぐ少年の姿は、少々背徳的な感じがした。


 ほら、みんなちょっと引いてる。特にフィアナとディフェリアが。

 この住人の匂いとハスパレの葉の香りから足取りを追うつもりなのは、ふたりともわかっている。だからちょっと引くだけで、これを咎めたりはしなかった。


 ユーリは特に気にする様子も見せず、別の下着をディフェリアの方に投げる。狼獣人の鼻で協力しろってことだ。仲間として認めているからこその要請だろう。でもディフェリアはだいぶ戸惑い気味に、友人の下着に鼻をつけた。

 その様子を始終冷淡な目で見つめるユーリは、もしかしてこれは高度な嫌がらせをしているのではという疑念を持たせてくる。




 なんにしても、追跡開始だ。

 消えた友人さんの匂いだけだと、足取りは追えない。その獣人が日常的に暮らしていた街だし、強い匂いがそこら中についているはずだから。


 しかし彼女はハスパレの葉を大量に運んでいたはずだ。それは今日の昼にしかやっていないこと。だから葉の匂いも同時に辿れば、行き先は辿れるはず。


 ユーリとディフェリアは揃って地面に這いつくばり、匂いを追っていく。

 アパートを出て、街の中心からは離れた場所へ。方角的には北のようだ。彼女が普段務めている食堂とは逆方向。そしてこの方向には、ホムバモルへ続く門と道がある。


 しばらくは、その門への道をまっすぐ辿っていた。門から街の中心へと続くメインストリートだけど、途中で匂いはそこから脇道へと逸れる。

 つまり彼女は、まっすぐ門からホムバモルへ逃げたというわけではないらしい。途中でどこかに立ち寄った。


 匂いを追いかけて、ユーリとディフェリアはどんどん横道に逸れていった。

 街の柵の内側だから、基本的には田舎というか、建物が極端に少ない閑散とした場所っていうのはない。それでも大通りに比べれば、建物の規模や佇まいには差が出るものだ。

 たぶんここらは、昼間でもそんなに人通りがない場所なんだと思う。


 匂いは、ある建物の扉の前で途切れていた。つまり、この建物の中に入っていったということだ。

 ライト魔法で照らして、その建物を観察する。木造の古い建物。見たところ、空き家になってる一軒家という感じだ。


 街の中心からは外れているし、古いしきれいな建物ってわけでもない。その割には二階建てでそれなりに大きいから、値段としては安くはない。だからなかなか買い手がつかず、放置されている。


 表に出たくない何者かが潜伏するには、ちょうどいい建物だと思う。

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