8-12 行くか退くか
そういえばルファは、この街に武器を売りに行くとも言ってた。盗賊団の拠点でも武器を集めてたし。これも、戦争と関係があるんだろう。
戦うことを生業にする人間が多く集まれば、武器の商品価値も高まる。質の良い武器なら高く売れる。
だからルファは、この街の武器屋に武器を卸すために運んでいたってことだろう。
なるほど、この街の現状はわかってきた。しかしホムバモルについては、いまいちよくわからないらしい。
行き来自体はできるようだ。旅人であれ商人であれ、ホムバモルに用があるなら誰にもそれを止めることはできない。
とはいえ商人の行き来がそこまで多いわけではないから、そういう人から話しを聞くのは難しそう。
ホムバモルのおかげで儲けてる人間が、恩のある街を語るのに脚色して美化した風にしないとも限らないから、正確なことはわからないだろうし。
そもそもホムバモルへ行く商人の数自体、減っているのが現状らしい。旅人に至っては、わざわざそんな場所に行こうとする輩は皆無だった。
わざわざ戦争に巻き込まれに行くみたいなものだから、当然だよな。
春になったら戦争というのは、攻め込む側の都合にすぎない。ホムバモルの側から攻撃を仕掛けてきたとしたら、なし崩し的にその時点から戦争が始まる。
ホムバモル側からすれば、国なりマウグハなりの準備が整う前に動いた方が有利。一気にこの街に攻め込んで占領してしまえば、領土が増えて国力が上がる。敵の討伐作戦も計画が大きく乱れる。
それに寒い季節の方が、ホムバモルにとっては有利だ。首都なり他の都市なりから派遣されてくる国の兵士にとっては、この地方の冬は未経験の過酷な環境になる。
俺の世界でも、天才的な戦術家が冬将軍に負けたという例は存在する。寒さを甘く見てはいけない。
この街もそのことは予測している。だからホムバモルへ続く道の門だけではなく、街と外との境界の警備を全体的に強化している。奴らは冬山を越えて攻めてくる可能性があるから、街の境界の山側には常に兵士が並んで立っていた。
ギルドの冒険者にも戦争に対する依頼以外に、奴らが攻めてきた場合の依頼が来ている。攻めてきた奴らの迎撃に参加して敵を討ち取った冒険者には報酬を出すというものだった。
この街の住民が冒険者達を歓迎しているのは、金を落としてくれることの他にも、守ってくれる戦力と見なしているからなんだろう。
さて、以上のことから何がわかるだろうか。
「あ、そういえばここって寒いよね! でもホムバモルってもっと寒いんだよね! 防寒着用意しなきゃいけないよね。仕方ない、このリゼさんが作ってあげましょう……」
「お前は少し黙れ」
「ううっ……ひどい……」
問題はそこじゃない。いやそれも必要なことだけど。
「敵が、攻めてこない方が、不思議」
自分にとっては一番都合が悪い事実だろうけど、ユーリはそれを口にした。
その通り。ホムバモルがこの街に攻めてこない理由がない。今すぐにでも、軍勢がこっちに押し寄せてくるべきだ。
もちろんそうなった場合、ホムバモルに平和的に入国することは不可能。のこのこ向こうの城門まで歩いていっても、追い返されるか攻撃を受けて殺されるだけ。その状況でホムバモル入りを目指すなら、攻め込むしかない。もちろん、そんな戦争行為に積極的に参加するのは避けたい。
そうなればもう手遅れだ。ユーリが会いたいと思っている同族に会う暇なんてない。戦争中に、そんな悠長なことはできない。
ホムバモルの街が瓦礫の山と化して、ユーリの恩人が高い確率で死んでいるのを待って、会いに行くことになる。
「………………」
ユーリはそれきり黙ってしまった。もちろん、戦争になってから会いに行くのは本意ではないだろう。だったら急いでホムバモルに向かうべきだけど、向こうに滞在中に戦争が始まるのは、もっと避けなければならないこと。
一番簡単なのは諦めることだ。そして触らぬ神に祟りなしと街を離れるのが、確実に安全なやり方。
でもその方法を取った結果、結局開戦が長引いて会いに行く余裕はありましたとなったら、悔やんでも悔やみきれない。
どうすればいいのか、判断がつかない。俺達全員が迷ってる様子だった。
「……今日や、それこそ昨日にでも攻めてきてもおかしくなかったのに、まだ攻めてきてないってことは、何か理由があるはずなんだ。それを探ることができたら、判断の材料にできる……はず……」
カイがあんまり自信なさそうに言った。
当然だな。なんで奴らが攻めてこないのかなんて、奴らにしかわからない。そして奴らにしかわからないことなら、それを探るにはホムバモルへ行くしかない。
いやまあ、行った所でわかるって話でもないだろうけど。とにかく行った時点で戦争に巻き込まれてそれまでっていう可能性が高い現状なわけだ。
結局、話は堂々巡り。結論は出そうにない。
その時、リゼのお腹がぐーっと鳴った。さっき昼間から酒に付き合ってた所だろとか言いたい気持ちはあるけど、とりあえずそろそろ夕食の時間だ。
ルファとの約束もある。俺達は指定されていた酒場に向かった。
「いやー。皆さんお待ちしていました! なんでも食べていいですよ! 奢りますので!」
ルファは先程よりも更に上機嫌な様子だった。本来の取引がうまく行ったばかりでなく、一緒に運んでいた武器の買い取り手も見つかったらしい。それもなかなかの好条件で。
その裏には戦争の影がちらついているのを、ルファも知ってはいるんだろう。それでも需要があれば、それで稼ごうとするのが商人というものだ。
エミナルカみたいな、犯罪行為をしてるわけじゃない。
「これも皆さんのおかげです。それでですね。できれば今後も、わたしの護衛として働いてくれたら嬉しいなーと。そう思いまして」
「えっと…………」
そのまま俺達をスカウトしようと試みてきた。まあ自分で言うのも何だけど、いい戦いぶりは見せてこられたとは思う。
とはいえ俺達にも、この街でやるべきことがある。
答えを保留しておきつつ、その夕食は始終和やかな雰囲気で終わった。
そして、それは突然駆け込んできた。
「あのっ! 皆さん! 大変なことになりましたっ!」
突然、ディフェリアが酒場に駆け込んできた。そして俺達のテーブルに駆け寄る。
どこかから必死に走ってきたのだろう。肩で息をしているディフェリアは、驚いている俺達にこう伝えた。
ハスパレの葉がホムバモルへ運ばれる、と。