8-11 北の街の現状
俺とリゼが向かったのは、街にいくつかある宿屋に併設された酒場だ。
リゼを酒場に向かわせることの是非は置いといて、人が集まる場所だから情報収集には最適。まだ昼間だし、そんなに酒は飲ませないぞ。
宿屋の酒場ということは、冒険者か旅人が集まる場所。
旅人ならこんな時期にこんな街にわざわざやってくる人間なわけで、その経緯とかから街の状況が読み取れるだろう。冒険者なら荒事の匂いに敏感だろうから、近々戦争が起こるみたいな噂が聞けたりすると思う。
今は昼間で、この時間から飲んでる人はさすがに少ない。ヴァラスビアでやったように、昼間からひとりで飲んでる駄目な大人に話しかけるのが一番かな。
今回は対象が現地民ではない。旅人にしても冒険者にしても、自由に生きてる人間は多い。幸いにして、ひとりで飲んでる冒険者らしき格好の人間は数人いた。
他に酒場の印象としては、獣人が多いってところがあるだろうか。ディフェリアも北部には獣人が多いと言ってた。
理由はなんとなくわかる。毛皮の上に服を着てるような種族だ。人間より寒さに強いんだろう。人が住みにくい場所でも平気で生きていられる。
獣人は固まって生きる傾向にあるということだし、人の数が相対的に少ない場所なら獣人は生きやすいはず。だから獣人は北部を好む。
ひとりで飲んでる獣人の冒険者も目についたけど、そこに話しかけに行く勇気はリゼには無いらしい。人間の冒険者を選んだ。
カウンターに座って飲んでる、大人の女性。二十代半ば頃だろうか。ローブを着てるから、たぶん魔法使い。
「こんにちは、お姉さん。ひとりですか? 実はわたしもなんですよ。一緒に飲みませんか?」
同性で同じ魔法使い。話しかけやすいとリゼは判断したらしい。その女性はリゼの方をちらりと見た。
「こんにちは、かわいい魔女さん。あなたも旅人?」
「えへへ。そんなにかわいいですか?」
「そこじゃない。お世辞を真に受けるな」
ちゃんと質問に答えないと会話にならないだろ。だらしない笑みを浮かべるリゼの肩をバシバシ叩く。
「うー。わかってるってばコータ。えっと。旅人さんですよ。さっきここに来ました。名前はリゼっていいます。ただのリゼです。名門とかそういうの関係ない、ただの旅人です」
「へえ。本当にただの旅人さんかしら」
「ふぇ?」
その女性はリゼを探るような目で見てくる。まさかリゼがいつものように余計なこと言ったから、その正体が察せられたとかだろうか。
リゼが判断に困って固まってる所、その女性はクスリと笑った。
「喋る使い魔を連れているってことは、その歳にして優秀な魔女さんなんでしょうね。なのに旅人として、こんな所に来ている。腕試しとか武功を上げるとか金儲けとかのために、討伐作戦に参加しに来た。そういうところでしょう?」
討伐作戦。何を討伐するのかは明らかだ。この魔女は街の状況に照らし合わせて、リゼの目的を推測した。間違っているけれどそこは指摘しないでおこう。
「え、ええ。そうですよ。優秀な、とても優秀なこのわたしは討伐作戦に参加しますですよ、はい。優秀ですから。そういう噂を聞いてやって来ました、です」
思いっきり変な言葉遣いになりながら、なんとか話を合わせるリゼ。よし、この調子で情報を聞き出していこう。
討伐作戦とは、案の定ホムバモルに対してのもの。国は近々、ホムバモルに軍隊を派遣する。春になったら攻め込むつもり。それは想定してたこと。
そして国は自前の軍隊の他に、冒険者にも協力を依頼するつもりらしい。
ホムバモルは僻地だ。そこまで兵力を移動させる労力はバカにならない。必然的に、動員できる兵力は限られる。兵士を行軍させると当然ながら疲弊するわけだし。
そうでなくても、敵は都市がまるごと一つだ。生半可な兵力で勝てる相手ではない。
現地の戦力を使うというのは、至極まっとうな考え方なんだろう。ある程度の金を出すと言えば、冒険者達は勝手に集まってくる。
もちろん冒険者は訓練を受けた兵士ではない。統率が取れているわけではないし、装備もバラバラ。金で動くから、状況によってはすぐに逃げ出す可能性なんかもある。
それでも便利な戦力として数えられる程度には、頼りにされてるらしい。
「冒険者が戦う理由は、お金だけじゃないわ。討伐作戦なんて言われてるけれど、これは戦争よ。この規模の戦争なんて、もう何十年も起こってないわけだし…………心踊らせる人も多いわね」
女性はカウンターから振り返って、酒場全体を見回す。春まで待てないといった様子の、血気盛んな冒険者が目についた。そして昼間から飲んでいるのは、暴れられないストレスを酔って騒ぐことで発散するためでもあるのかも。
「大きな戦に出たい。そこで大暴れしたい。武功を立てて名を上げたい。そんなことを考える冒険者が大勢集まっている。わたしも、そのひとり」
「なるほど。えっと……お名前なんでしたっけ」
「あ、ごめんなさい。名乗ってなかったわね。わたしはサキナ。あなたと同じ、旅の魔女」
「あ、はい。サキナさん。もう少し詳しく、この街のこと教えてください」
「それから、ホムバモルについての情報も。今はどうなってるのか、わかる範囲でいいので」
「え、ええ。いいわよ。何を知りたいのかしら…………」
リゼと俺とで、気になることは一通り聞き出すことにする。この人は旅人だけど、いろいろ詳しそうだ。
サキナさんは少し引き気味だけど、この際気にするまい。
そして数時間ほど後。俺達は今夜泊まる宿に集まっていた。そしてそれぞれ得た情報をまとめる。
俺達がサキナさんと話している間に、カイはこの街のギルドに顔を出していた。フィアナとユーリは市場へ向かって、人々の噂話に耳を傾けていた。
こうして複数の人間から情報を集めることで、この街の状況を確実に知って今後の動きを決めるというもの。
とりあえず、サキナさんの話は正しいということはわかった。この街では近く戦争が起こる。そしてそれに向けて、冒険者が集められている。
そういう内容の依頼書がギルドに張り付けられていたのを、カイは確認していた。
今集まってきているのは、ここの近隣の都市や街の冒険者。今後も情報が広まっていくにつれ、この都市にやってくる冒険者は増えるだろうとのことだ。
そして訪れる冒険者は、ここで金を落とす。宿屋に泊まるし酒場で飲み食いをする。この街が経済的に潤うことを、住民達は歓迎している様子だった。
市場でも、店主は冒険者を客として取り込もうと工夫を凝らしているらしい。




