8-7 新たな同行者
リゼが捕まった獣人を助けている間に、カイとルファはアジト内の物色をしていた。
「お金は……さすがにあんまり持ってなさそうですねー。持ってたら、こんな暮らしはしないですよねー。武器類は結構あるけど、高く売れそうなのは無し。あとは…………お、この剣は売れるかもしれません」
そんな感じで、ルファは金目の物を漁っていた。商品価値のあるものを多少は手に入れたようだ。今更だけど、そうやった拾った物って好きにしていいのかな。この世界の法でどうなってるかは知らない。
それからルファは、転がっている遺体に目を向けた。ここからも物色したいと考えてるのだろうか。常識人みたいにな顔して過激なこと考えてるな。いや、葛藤しているだけ善人と言えるのかも。
たぶん死体のうちのいくつかは、助けた獣人の女性の仲間だ。よく見れば毛むくじゃらの獣人の死体も複数含まれてるし。
だから、ここで死体あさりはやめたほうがいい。そうやって手に入れたものは、女性に返してあげなきゃいけないし。
「あ、あの…………」
ふと、その狼獣人の女が遠慮がちに声をかけてきた。なんでしょうとリゼが返事をする。
「わたしの仲間は……一緒にいた彼らはどうなりましたか?」
「あー…………」
そこに転がっている遺体がそれ。この狼獣人もそれは理解しているのだろう。ただ、一縷の望みとかそういう感情。
辛すぎる目に遭った女性に、さらなる事実を伝えていいものか。
けれどリゼが返答に困った様子を見て、彼女は悟ったようだ。ああと嘆きの声と共に大粒の涙を流し始めた。落ち着くまでは、そっとしておいた方がいいだろう。
ルファもさすがに、宝探しの手を止めていた。
しばらく気まずい時間が流れた。しかしその女性はやがて落ち着きを取り戻し、俺達に丁寧な礼を言った。
「助けてくださり、ありがとうございます。わたしの名前はディフェリア。見ての通りの狼獣人です。歳は二十二。ヴァラスビアで働いておりましたが、獣人への風当たりが強くなったのを感じましたので。……仲間と共に北部へ移住をと考えていました」
そして旅に出て、盗賊に襲われた。彼女もまた、あの不穏分子が起こした事件の被害者。
「それはお気の毒に。ええっと、ディフェリアさん。とりあえず、近くの村までお送りします」
ルファの提案。そうするのが一番だな。ここで放っておくわけにもいかないから。村の宿屋に入れて、しばらくそこで療養してもらおう。その程度の路銀は持っている様子だし。
ディフェリアもそれに納得した様子だ。しかし。
「はい、ありがとうございます…………あの。失礼ですが、あなた様達は旅商人でいらっしゃいますよね?」
「え、ええ。そうですけれど」
「差し支えなければ教えてもらえませんか? 行き先はどこでしょうか?」
「マウグハの街、ですけれど……」
「あのっ! そこまで、わたしを送っていっては貰えないでしょうか!?」
マウグハの街。その地名を聞いた途端、ディフェリアの目に光が宿ったように見えた。そして勢い込んで同行を依頼してきた。突然のことで返答に迷うルファに、ディフェリアは続けた。
「どうしてもマウグハまで届けなければならない荷物があるんです! お礼はしますから! お願いいたします!」
「待ってください。とりあえずおちついて」
詳しくはわからないけど、ディフェリアには事情があるらしい。それも急ぎの。
街に居辛くなってヴァラスビアを出た以外にも、旅の理由があるってことなのだろうか。獣人も大変だな。
どうしたものかは、俺達にはどうも言えない。こういう事の決定権はルファにあるわけで。
「お礼も貰えるのですか!? いえその、困っている人を見て放っておくのは、わたしの良心が許しません! お礼も貰えるのですし!」
決まりだな。ルファの欲望がだだ漏れだけど。正直で大変よろしい。やっぱりこの人、リゼと似たタイプなんだと思う。
ディフェリアの届けたい荷物というのも、この盗賊の拠点の中に転がっていて、すぐに見つかった。
革製の肩下げ鞄。中身がぎっしり入っているのは外からでもわかるけど、それが何なのかはわからない。
彼女の言うお礼とは、彼女の死んだ仲間の路銀と装備品とのことだ。
死んだ以上は使われることのない物。そしてこの場合は、所有権はディフェリアにあるのだろう。それを報酬としてくれるなら、仕事をする価値があるとルファは判断した。装備品に関しても、それなりに上等な武器なんかがあった。というわけでルファは上機嫌である。
だったら、俺達が口を出すことではない。
その後、ディフェリアの仲間達を簡単に埋葬してから馬車に戻る。
「はじめまして。フィアナといいます。よろしくお願いします」
「……僕は、ユーリ。ワーウルフの、ユーリ」
旅の仲間として新たに加わった狼獣人の女に、馬車で待機していたふたりが自己紹介。
フィアナはともかくとして、ユーリはディフェリア対して少し不審な目を向けていた。
ディフェリアがどうと言うよりは、獣人そのものに対する感情なんだろう。こいつ、獣人が好きじゃないんだよな。似てるけど異なる種族同士の軋轢みたいなのは、どうしてもあるらしい。
ディフェリアもまた、ワーウルフを名乗ったユーリに対して、微かに警戒する仕草を見せた。大事な荷物をぎゅっと抱きしめるような動きもする。
大丈夫だろうか。問題とか起こさないといいけれど。
ユーリはこれでも分別のある性格をしてるし、ディフェリアもたぶん礼儀はわきまえた獣人のはず。何も起こることはないと思いたい。
「よろしくお願いいたします。フィアナさん、ユーリさん」
ディフェリアは自分の半分ぐらいの年齢のふたりにも、丁寧に挨拶をする。ワーウルフと狼獣人の間に、今のところは大したわだかまりはない。種族の違い以外に、対立する理由もない。
「さあさあ! とりあえず出発しましょうか! 親交を深めるのは馬車の中でも、宿の酒場でもできますからね! 皆さんも早いところマウグハまで行きたいでしょうし!」
ふたりの間の微妙な空気をわかっているのかいないのか。ルファはいつもの通りの元気さでそう言った。
思わぬ収入が入って、上機嫌になっている。
人と荷物が増えたために、さらに狭くなった荷台に俺達は乗り込む。とりあえず目指すは今夜の宿。近くにある小さな村だ。




